第14話 就職

 冒険王に俺はなる――


 冒険者ギルドの入口に立っていた。

 あの後、自分達に何が起きたのかを調べることにした俺とフェニクス。

 街をぶらぶらと周り、行き交う人に色々と聞いてはみたが、結果から言うと何も分からなかった。

 分かったのは、俺達が今いるこの街のことだけ。

 街の名前は、アドバンチェル。各地より多くの冒険者が集う、非常に大きな規模の街。

 俺達が世話になっていたあの開拓村とは、そこそこの距離があるらしいのだが、一体何が起こってこんな所に。


 少なくとも、勇者達のいる国からそこそこ距離のある街だということも分かり、一先ずは安心した俺達。

 しばらくの間はこの街を拠点にすることに決め、まずは宿でもとろうかなと思い至ったのだが、気付いた。

 金がない。森での戦闘の際、落としてしまったのだろうか。


 このままでは宿に泊まるどころか、まともな飯すら食えない。

 そこで俺は、冒険者になることにしたのだ。

 今の俺なら、モンスター退治もお手の物。冒険者の収入がどれほどのものなのか、詳しくは知らないが、高給取りにだってなれるのではないかと、期待を込めて。

 ちなみにフェニクスは、俺が金を持っていないと知るやいなや、俺様の好みのメスが、とか何とか言ってどこかへ飛び去っていった。


 まあ、あの鳥のことはいい。俺は冒険者となるべく、冒険者ギルドに足を踏み入れる。

 昼飯時なのか、中にいる人はそれほど多くない。

 ラッキーだなと小さな幸せを感じつつ、目の前にいた受付嬢にとびきりの笑顔で話しかけた。


「あの~、冒険者登録をしたいのですが」

「はいはい~。少々お待ちくださいね~。って、あぁー!?」


 何だ? 受付嬢が俺を指差し、驚いた顔をする。――しまった! 朝食べた時の青のりが歯に!? あ、朝も何も食べてないじゃん。

 受付に座っていたのはサラだった。おいおい、運命感じちゃうな。

 人は何でもないことに、運命を感じてしまう生き物なのだ。こじつけとも言う。


「失敬。公共トイレと間違えた。俺はこれで」


 じゃあと手をあげ、ギルドから去ろうと背を向けた俺の肩に、小さな手がのっていた。


「待ちなさい。こんな立派なトイレがあるはずないでしょう。それより、あなたを逃がす訳にはいかないわ」

「馴れ馴れしいんだよ! 誰だお前!」


 肩にのっていたサラの手を振りほどき、他人のふりをする。


「ちょっと! あたしの部屋に上がり込んでおいて、忘れたとは言わせないわよ!」


 サラの大きな声に、周囲がざわついた。


「サラさんの部屋に、だと?」

「おい、あいつ何なんだ! 俺は許さんぞ!」

「サラさん……。僕の初恋」


 周囲のそんな声を聞き、サラが慌てだす。

 お? 面白いことになったぞ。もっと騒げ。もっと混乱しろ。

 俺を犯罪者扱いしたことは、忘れていない。

 自分のやったことは棚にあげて、サラを追い詰めることにした。


「サラ……君のベッド、とても柔らかかったよ」


 サラの肩に手を置き、意味不明な事を言う。だがそれでも、周囲はどんどんと盛り上がっていく。

 こういうのはそれらしい事を言っておけば、勝手に想像して、解釈するものだからな。

 どうだ、サラ。楽しんでいるか?


「ちょ、ちが……もう! とりあえず、あなたはこっちに来なさい!」


 場を荒らすだけ荒らして、俺はギルドの奥にあった部屋に連行されていった。


「もう! どういうつもり!」


 部屋の中には、対になったソファに四角いテーブル。客をもてなすための部屋のようだ。

 俺はお客様のはずなので、どっかりとソファに腰を降ろした後、扉を閉めたサラがつかつかと近寄って来るのを眺める。

 その顔は、どう見ても怒っていた。


「冒険者登録を、したいのですが」

「違う! それも後で聞くけど、さっきの事よ! 何であんな、皆を勘違いさせるような真似を!」


 そっちか。でもあれは、お前が最初に自爆したのだが。


「さかむけってあるだろ? ほら、指と爪の間とかにさ。これを取ると、身が裂けちゃうんだろうな。でも、取りたいな~。ええい! 取っちゃえ! ……みたいな?」

「意味分からないわよ! 何!? よく分からないけど、ノリと勢いでやったってことなのね?」


 分からないと言いつつ、めちゃくちゃ理解されていた。

 何だよ、俺が意味もなく遠回りして言ってやったのに、意味ないじゃん。


「そんなところだ。お前にも、さかむけを取りたいときだってあるだろう?」

「ないわよ! あたし、手には気を使っているんだから!」


 どれどれ、と俺が見てみると、確かに綺麗なお手てをしていた。

 あら~、やっぱり女の子なのね~。と、サラの手を取りまじまじと見ていた俺に、サラは勢い良く手を引っ込めたあと、平手打ちをする。――何で?


「もう! よくないけど、それはこの際もういいわ! あなたのような犯罪者が、冒険者になって何をするつもりなの?」

「冒険王に――」

「ちゃんと答えなさい!」


 ふざけたことを言おうとしたのを察したのか、先回りして怒られてしまった。

 何というか、イオもそうだったが、最近は気の強い女にしか会っていないな。決して、怒らせているのは俺のせいではないと言うのに。


 でも、そうだな。冒険者になろうとしたのは、金がないという大した理由ではないのだが、このままでは職につけそうにない。

 いい機会だと、今までの経緯をサラに話すことにした。


「そう、それで森を……。ちょっと、確認してくるわ」


 意外にもサラは、俺の言ったことを信じてくれているようだった。

 まあ、俺はイケてるメンズの一人。イケメンの言うことは、何でも正しくなるからな。

 自称イケメンの俺がニヒルに笑っていると、そこにサラが戻ってくる。


「何、気味の悪い顔をしているのかしら……。確認してきたわ。今日、情報が届いたばかりだけど、確かにあの森で戦闘があったみたいね。近くの村の住人が、魔物を倒すために旅人を雇ったと言っていたらしいし。それが、あなたなのね? 信じられないけど、村人の方からあなたの捜索依頼も出ていたわ」


 信じられないけどってなんだよ。そんなに俺、悪いことしましたか?

 でも、そうか。あの森には魔族が残っていたはずだが、村が無事で良かった。

 機会があれば、また立ち寄ろう。


「俺の犯罪とやらは、綺麗さっぱりなくなったな。今までの非礼を詫び、その後で冒険者登録をしてもらおうか」


 ふふん、と俺は立ち上がり、心なしサラを威圧する。


「仕方ないわね。でも、窓の修理費と、あなたが寝たベッドを買い換えるから、それは借金ね。払わないなら、トイチで増えていくから」

「あん?」


 なんて女だ。俺は一応、あの村を救った英雄みたいなもんだろ? だと言うのに、この仕打ち。

 大体なんだ。ベッドを替えるって。傷つくわ!


「ようこそ、アドバンチェル冒険者ギルドへ。お先真っ暗な新人さん」


 こうして俺は、借金を抱えつつも、何とか冒険者という職についたのである。


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