第二章 神の住む街と白い少女
第13話 犯罪者と勇者
「俺様は、やはり不死鳥だったらしい」
「ああ、そう思う。俺もどうやら、人を超越した存在となった」
「と、いうことはだ。俺様達は世界最強と言っても過言ではないな?」
「ああ、そう思う。いっその事、神とか名乗ろうか」
森で、凶悪な魔族と戦った俺とフェニクス。
体には穴を開けられ、さらに周囲は火の海。
そんな絶望的な状況から生還していた俺は今、知らない部屋、馴染みのないベッドに横になっていた。
目を覚ましたのは俺が先。あれ? と、しばらくの間混乱していると、隣で寝ていたフェニクスも起きた。
大きな欠伸をした後ずっと、アホ面で天井を見ていたフェニクスだが、自身が死んでいないことに気付いたこいつが言った第一声がそれだった。
調子に乗り過ぎだって? いやだって、何で生きているんだ。
あの状況では、もう無理だろ。詰みだよ詰み。逆転も何も、最後に気を失った気がするしな。
それとも、勇者の隠れた力なんていうのが目覚めたのか? もう一人の僕が戦ってくれたの?
ありがとう、俺の秘めたる力。次は、記憶が残るようにやってくれ。
現実逃避にも似たような事を考えていると、部屋のドアが開く。
「よう、イオ。どうやったかは分からないが、助けてくれてありがとな。おかげで命拾いしたよ」
「あたし、イオじゃないけど」
見切り発車だったようだ。
お約束展開では、近くの村や街のベッドに運ばれているはずだが、誰これ。何処ここ。
「すまん。寝ぼけていたようだ。改めて挨拶しよう。俺はエンジ、横の鳥はフェニクス。危ないところを助けてくれてありがとう」
寝起き一発目は、何を言っても許される。
誰の言葉だって? 俺の言葉だ。
「丁寧な自己紹介ありがとう。あたしはサラ。でもあたし、あなた達を助けてもいないし、この部屋に連れてきた覚えもないのだけど?」
あん? 何だ、この状況。
「俺達を、どうするつもりだ?」
俺はぶるぶると震えだす。
「いや、あたしの方が身の危険を感じてるし、聞きたい事もたくさんあるのだけど……とりあえず、街の衛兵さんの所に連れていくね」
「エイヘイ、さん? 嫌な響きだ。その人は優しくない気がする」
「やっぱり、何か犯罪をおかしているのね。何をしたの?」
「失敬な。森を焼き払ったくらいで、後は何も」
「思いっきり犯罪じゃないの? それ……」
うーん。どうするか。
俺は決して犯罪者ではないのだが、すでにこの状況が犯罪のような気がしてきた。
リスポーン位置、悪すぎだろ。
「こ、ここはどこ? 私は誰? 何だこのでかい鳥!?」
「うわお! 俺様の隣にいる、冴えない男はどこのどいつだ? 確か昨日は、可愛いメス鳥ちゃん達と一緒に――」
「今更、何言ってるの? さっきまでペラペラ話してたじゃない。……鳥まで、ぺらぺら喋っているのはおかしいけど」
くそ、仕方ない。
「フェニクス。窓を破れ!」
「よしきた! オラァ!」
パリーン、と音を立て豪快に割れる窓。
こうして俺は、犯罪――いや、これは決して犯罪ではなく緊急措置的なもの――を一つ増やし、サラの家から脱出した。
「あ! ちょっと!」
まずは、確認だな。
俺達に何が起こったのか、この街は一体どこなのか。
エイヘイさんに会うのは、まだ早い。
=====
目の前で、エンジがいなくなった。
結果だけを見れば、誇っていいくらいだ。魔王の右手と恐れられる男を倒し、難攻不落と言われた砦を落とした。
皆は仕方ないと言うだろう。必要な犠牲だったと。
それほど、強大な敵だった。正直、今の私達では手も足も出なかったのだ。
でも、エンジが消えた。目の前で、あっさりと。
一片のカケラも残さず、私の前からいなくなってしまった。
「私……私のせい?」
私の前には、スピシーが床に座っていた。
この娘のこんな姿は見たことがない。常に自信満々で、自分が世界の中心だと言わんばかりで。
いつもいつも、エンジに何かの命令をして、脅迫して、物みたいに扱っていたこの娘が、こんなに動揺するなんて。
視線を移動させると、レティが何かを探しているようだった。
大切な物を落とした時のような素振りで、今までに見せたことのないような焦った顔で。
エンジの消えた辺り、今はエンジの血だけがべっとりとこびりついた床の辺りで、何かを探している。
その光景を見て、やっと実感する。エンジは、死んだんだ。もう、会えないんだ。
自然と涙が出てきた。こんなつもりではなかったのに。こんなことをさせる為に、一緒にいた訳じゃないのに。
今までだって、あんな……あんな風に扱うつもりなんてなかった。
でも、あのままではエンジがどこかに行ってしまいそうで。もう、私とは会ってくれなさそうで。
ただ、ただ私は。一緒にいてくれるだけでよかった――
楽しい事や嬉しい事、悲しい事。
一緒に旅をして、全部一緒に経験していきたかった。分かち合いたかった。
例えエンジがどんな立場でも、私は一緒にいてくれるだけで満足だった。
文句を言いつつも、ずっと付いてきてくれていたエンジに、どこかで私と同じ気持ちなのでは? と思ったこともあった。
でも、それは私の身勝手。私の傲慢。あんな扱いをされていたエンジが、同じ気持ちなはず、なかったのに。
エンジの顔が、声が、仕草が、溢れては消えていく。
失ってから気付いた。気付いてしまった。
そうだ。私は、一緒に過ごしていくうちに、いえ、本当は初めて会った時から。
エンジの事が好きだった――
勇者達を乗せた馬車が凱旋する。砦を落とした事が伝わり、人々は明るい表情を見せていた。
勇者達も合わせ、手を振り笑う。だが、勇者達の笑みには、どこか影のようなものがさしていた。
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