第12話 強敵

 火に包まれつつあった森から逃げようとしていた俺達を、呼び止める声。


「また、こういうパターンか。誰だよ!」

「おい。もう無視して逃げようぜ」

「確かにそうだ。どこの誰だか知らんが、またな」


 無視をして逃げようとした俺達。

 しかし、正面に回り込まれてしまっていた。大きく舌打ちをする。


「つれないですね~。ちょっとは遊んでくださいよ~」

「……やべえな」


 女が立っていた。

 髪は長くウェーブのかかった赤色で、先程倒した男と同じ魔族のような特徴が。角が片方折れてはいたが、そんな細かい事はどうでもいい。

 その女魔族には、先程の男とは比べものにならない程の魔力が渦巻いていた。


「あなたが、あの男を倒したのでしょう?」


 黒く焦げ、地面に伏している男に視線を飛ばし、女は言う。


「いや、違う。俺が来た時にはもう……。助けてやりたかったがこんな状況でな」


 正直、魔力が心もとない。というよりも、全開でも危なそうな相手だ。しらを切る。

 だが、それを聞いた女はくすくすと笑う。


「嘘ばっかり~。私、見てましたよ~? さっきの戦闘」


 性格の悪い奴だ。

 あれで、見逃してくれるとは思っていなかったが。


「誰だお前?」

「私はクリム。クリム・ペスカトールと申します。先程、あなたが倒した男の上司ってところですね~」


 やはり、敵。やるしかないのか?

 待て。ルーツのような例外もいるのだ。もう少し、確認してみよう。


「何しに来たんだ? あの男と同じ、人間の恐怖を~ってやつか?」

「あはは。全然違いますよ~。むしろ、逆ですね~」

「逆?」


 話を聞くとどうやら、先走った男を殺しに来たらしい。

 上司と言っていたはずだが、怖い組織もあったものだ。日々、俺を罵っていた上司の方がいくらかマシだな。


「そうか。俺が代わりにやっておいた。もう帰っていいぞ」

「そう……思っていたのですがね~。何だか面白そうな人を見つけちゃいまして~。誰だと思います?」

「知らん。俺は、変な鳥を飼ってはいるが一般人だ。ちょっとばかし、森の開拓でもしようと思ってやってきたのだが、火事になったんで帰りまーす」

「もう! 分かってるくせに~。何だか私、イライラしてきちゃいました~」

「うお!」


 言った途端、仕掛けてくる女。

 冗談の通じない女だ! と、言える余裕もなかったが、何とか躱す。


「んふふ~? 一般人なら、今のでバラバラになっちゃいますよ~?」

「足を滑らせただけだ」


 まずいな。何とか初撃を躱す事はできたが、女の動きについていけそうにない。今のが全力ってこともないだろう。

 頼みの綱の魔法も、残りの魔力量を考えるとあと少ししか使えないし……仕方ない。

 ぶっつけ本番だが、ここは。


「フェニクス! 少しの間、時間を稼いでくれ!」

「仕方ねえな。五分だ! 後でとびっきりのメス鳥、用意しろよ!」


 俺はフェニクスに女魔族を任せ、後方にさがる。

 大丈夫。フェニクスはそれなりにやれる。気を引いて逃げるだけなら、そのくらいは――


「おら! 燃えろや、嬢ちゃん!」

「あら~。この鳥、魔法が使えるのですね~。しかも喋ってるしぃ」


 ファイアウォール、コンパイル。

 俺は、扱いが難しい上級魔法のコンパイルを始める。

 扱いが難しいということは、その魔法が出来上がるまでの過程が複雑だということ。

 だがまあ、上級の中でもこれは簡単な方。おそらく問題ない。あとは、どうやってあいつを……。


「――珍しい鳥を見ることはできましたが、もう飽きましたね~。これで終わり~っと」


 焦る俺の目の前、ついにフェニクスの翼へ女魔族の放った炎の槍が突き刺さる。


「フェニクス!」

「いてぇぇ! ああぁぁ!」


 うめき声をあげながら墜落するフェニクス。

 良かった。生きてはいるようだ。

 俺の魔法は、もうちょっと……よし!


「あら? や~っと出てきてくれましたね~。さあ、あの男に使っていた魔法、見せていただきますね~」


 チャンスは一度だ。


「RUN」


 放ったいくつかのファイアボールは、難なく全てを躱される。

 やはりこの女、並の魔族ではない。先程戦った男とは、身体能力から魔力量までが桁違い。


「これは……。やっぱり、詠唱していないようですね~。ま、ファイアボールくらいなら、私でもできますが!」


 女魔族が無詠唱でファイアボールを返してきた。

 少々ダメージを負うが、ここは突っ込む。

 圧倒的な実力差。油断している今しか、おそらくもう。


「ぐっ。RUN」


 女魔族の放ったファイアボールを正面から抜ける。

 頭を守るように顔の前で腕を交差させていたため、腕が焼けているのが分かった。

 痛いというレベルではなかったが、女魔族を射程圏に入れた俺は、そのままファイアストームを展開する。


「中級魔法? こんな魔法も無詠唱で? でも!」


 女魔族は、足元から出たファイアストームに対して、体全体を覆う水の盾のようなものを作り防ぐ。

 無詠唱ほどではないにしろ、こいつの魔法展開速度は相当なものだ。

 しかし、俺もそんな簡単に決められるとは思っていない。それは、足止めだ。


「ファイアウォール RUN」


 ファイアウォールとは、壁のような炎を出すことで盾になったり、視界を防いだりすることのできる魔法だ。

 一つだけだとそうだが、俺が一息に展開したのは四つ。


「まさかこの魔法は。いえ、それよりも!」

「ああ。お前は今、そこから動けないだろ? とどめだ! ファイアボール五十連、RUN!」


 名付けて、ファイアボール流星群! 口にだすのは恥ずかしいので、心の中だけに留めておく。

 すぐ目の前、上空から炎の壁の中に向かって大量の火の玉が降り注ぐ。――これなら。


「あはは! あはははは~!」


 女魔族の甲高い悲鳴と共に、森が炎に包まれていく。早く、逃げないとな。


「フェニクス?」


 落ちていたフェニクスを回収し、俺は歩きだす。

 すでに体力が限界だ。体に、ガタがきているのが分かる。

 まあ、倒せてよかったが――

 安心して、油断した瞬間だった。


「うぐっ!」


 俺の腹に、炎の槍が突き刺さっていた。――あれで、死なないのかよ。

 舌打ちをし、とっさに背後に向けてファイアボールを撃つ。が、当てることはできず、女魔族の顔の横を通り抜けていった。


「ざ~んねん。あははは~! 思っていたよりも、ずっと楽しめましたよ~? あなたの無詠唱魔法、残り少ないと思っていた魔力量からの、あの攻撃。……うん。気になることはありますが、あなたには死んでもらう事にしました~!」


 ゲホゲホと、俺は咳き込む。咳にまじり、血が地面に落ちた。


「き、気になるのなら、後で教えてやるからさ。これ、抜けよ。あと、優しく治療もしてくれ」

「んふふ~。ちょっと遊んでやろう、くらいの気持ちだったんですがね。あなたを生かしておくと、後々厄介なことになりそうです~」


 ああ、そうかい。もう何も言い返せない俺の体は、力が抜け始める。

 異世界に来て、約二年ってところか。もうちょっと生きても……面白そうだったかな?

 俺はそこで、意識を失った。


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