第11話 エンジニアの魔法2
狼の魔物の襲撃から二日が経った頃、俺とフェニクスは森へ入っていた。
「ファイアストーム RUN」
高さ二メートル程、中規模の炎が迫りくる魔物をまとめて焼き尽くす。
ここいらで、休憩しておくべきだろうか? 大きな森ではないと聞いている。おそらく、そろそろ森の最奥だ。
何が起こっているのかは知らないが、体力は温存しておきたい。
「エンジ! また来たぞ」
「あー、くそっ」
魔物の量が多いと聞いてはいたが、予想以上だった。
勇者との旅の時もこういった事は多かったが、あの時はあいつらがほとんど倒していた。
フェニクスも頑張ってくれてはいるが、正直しんどい。
再度見えている魔物を全て倒しきり、休憩していると、いつの間にか陽が沈み始めていた。
光の届かない森。これ以上は、進めないか? でも、こんな所で野宿するっていうのも。
そう思っていると、暗がりの中から声がした。
「あれ? まだ生き残りがいたのか」
姿を見た瞬間、ピンときた。
「お前……魔族か」
「あれ? よく分かったね。僕と会った事ある?」
「いや、誰でも分かるだろ」
音も立てず現れた魔族の男は、木にもたれかかった体勢で、俺の方を見ていた。
頭には二本の曲がった角、背中からはコウモリのような小さな羽が生えており、誰にでも分かる魔族の見本のような男。
ルーツは、ほとんど人間と変わらない見た目をしていたように思うが。
「ふうん。まあいいや。君が、これをやったのかい?」
辺りを見渡すようなしぐさで、魔族の男が問いかけてくる。
周囲には、俺とフェニクスが倒した魔物の死体が散乱していた。
「まあな。お前は、こんな所で何をしていたんだ?」
「僕はね、人の恐怖に引きつった顔が好きなんだ。だから、この森を足がかりにして人の村や街を攻めてやろうとしていたのだけど……あーあ。君のせいで、あの方に頂いた強い魔物が全部死んじゃったよ」
素直に答えてくれて、ありがとさん。分かりやすい理由で何よりだよ。
あの方ってのが気になるが、こいつを倒せば、森の異変ってのも解決しそうだな。
「僕今ね、結構むかついてるんだけど、分かるかな? 君には死んでもらうよ!」
「大丈夫。俺も似たような意見だ!」
魔族の男が臨戦態勢に入ったのを見て、俺も魔法を撃ち始める。
中々の速さだが、勇者達や魔王の息子程ではない。
ま、魔法の目でこいつを見た時から、そのあたりは何となく分かっていたが。
「RUN RUN RUN」
一つのファイアストームを避けて油断したのか、続けて撃ったファイアストームが両方当たる。
「ぐおぉ! お前! お前のその魔法……なぜ、そこまで早く撃てる?」
「コンピュータって、知ってるか?」
「コンピュ……? あ!?」
コンピュータの動く仕組みを知っているだろうか。大きく別れて、演算・制御装置であるCPU、記憶装置であるメモリ、キーボード等の入力・出力装置の三つである。
これだけでは何も分からないと思うので、もう少し。
よく、0と1で全てが表現出来るって言うだろ? コンピュータの内部では、全ての情報が二進数と呼ばれる数値で取り扱われている。
二進数は、0と1だけを使って表す方法で、二進数の00、01、10、11、100が、日常で扱っているような、0、1、2、3、4という数値に当たる。
では、なぜ0と1だけを使用するのか? それは、電気信号が0と1でしか入出力できないからだ。
そもそも、この0と1というのは人間向けに抽象化された表現なので、正確には電圧の高低差なんかで0と1、違う言い方をすれば、ONとOFFを認識している。
例を出せば、電圧5VならON、0VならOFFといったように。
極端な例えだが、0を白、1を黒として、それを画面に並べると、白黒でも絵が完成する。これらの割当てを増やしていくと色になる。
ここからは相当省略するが、アプリのアイコンをクリックすると、そのアプリが起動するのは分かると思う。
この時に、起動するということそれそのものや、その他諸々のプログラムがメモリに読み込まれる。
プログラムの命令をCPUが読み取って、順に処理していくのだ。
これらは全て、0と1という単純なものを組み合わせていった結果で、本当はそれ自体ですら、膨大な処理があるのだが。
俺が何を言いたかったのかというと、そう。村長の娘、イオとのやり取りだ。
きっかけは、詠唱も、発動も何もかも全てが遅い、イオの魔法を見た時。しかし、それが良かった。
俺の魔法の目には、魔力の流れ、各種属性への変換を始めとする一つの魔法が作られるまでの過程が見えた。
そして、異なる種類の魔法、異なる属性の魔法を見せてもらい思ったのだ。
――魔法とは、魔力とは何なのだ?
まず、この世界に魔法というものが存在することは否定出来ないし、それはそういうものだ。気にしても仕方がない。
地球にはなかった魔力というものが存在するので、魔法というものができたのだろう。
それは地球でいう、科学に当たるのかもしれない。
そこで俺が気になったのは、魔法を使用するための詠唱だ。
この世界で魔力を持つ者は、詠唱をすることで魔法を使える。当たり前のことだな。
詠唱というのは、魔力をある程度持った者ならコツさえ掴めば誰でも扱えるよう体系化したもの。
おそらく、初めに魔法の詠唱を作り出した人なんかは、詠唱なしでも魔法が使えたと考えるべきだ。
熟練の魔術師は、簡単な魔法なら詠唱なしでも使えると聞く。
それは、何度も何度も使用して、体でその過程を覚えたということだろう。いつの間にか、キーボードを見なくても文字を打つことができるように。
だが、俺には経験も足りないしセンスもない。勇者のメルトでさえ、強力な魔法を扱えるものの、詠唱はしていた。
じゃあ、どうしたか? 魔法を、バラした。何度も何度も使用した。詠唱しながら、同じところをゆっくりと。
それを、魔法の目で見続けた。各属性への変換、タイミング、形、何もかもを。
ある程度の、だが膨大な法則を一つ一つ分けていったのだ。
しかし、そこで一度行き詰った。これら意味の分からない魔力の羅列を、どうやってまとめようかと。
ここで出てくるのが、俺の唯一の勇者スキル、言語理解だった。
異世界の言葉を、俺の知っている言葉に翻訳する的なあれだ。
魔力。それはもちろん、地球にはない異世界のもの。やってみると、できた。
つまりこの場合、言語理解というスキルが俺にとってのCPUになった。
そして、魔力のデータを分かりやすいようにまとめていった。簡単な例えを言うと、火属性が00とするなら、水属性が01といった具合に。
最後に、できあがった法則をマクロ化したのが俺のスキル、マジック・マクロだ。
マクロとは、操作の手順をあらかじめ登録しておき、必要なときに簡単に実行させる機能のこと。
一つの魔法をマクロ化するのには時間と集中力が必要だが、一度作ったものに対してコンパイル――翻訳という意味なのだが――をしておけば、後は実行するだけでいい。無詠唱で使用できるというわけだ。
だが、魔法についての経験と知識が共に少ない俺。
現在マクロ化できているのは、初級魔法のファイアボールと中級魔法のファイアストームだけである。
時間もなかったしな。――まあでも、今回は。
「コンピュータ。知らないよな? RUN」
「ぐおおぉ!」
魔族の男が、新たに放った三つのファイアストームに焼かれ、息絶えた。
「……これは、一件落着というやつでは? フェニクス君」
「うむ。よくやったぞ、エンジ君。しかし一つ、言っておきたいことがある」
「なんだね? 今の私は気分がいい。何でも聞いてやるぞ」
俺の試みはうまくいき、魔族でさえもすんなりと倒すことができた。
調子にのっていた俺に、側にいたフェニクスがもったいぶりつつも言う。
「森が、燃えてるぞー!」
そこで、俺も気づく。調子に乗って撃ちすぎた! しっかりと、燃えてますやん!
「何もったいぶってんだ! 早く言えよ!」
「普通、気づくだろ」
この火を消せそうな魔法を、俺は持ち合わせてはいない。魔力もない。
先に開拓しておいてやったぞ、と言い訳を考えつつも、急いでその場を離れようとした俺達。
どこからか、声がした。
「あれ~? もう帰っちゃうのですか~?」
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