第10話 エンジニアの魔法1

「ごめんごめん。魔法の事だと思わなかったの。許してよ」


 俺は、殴った本人であるイオから治療を受ける。


「普通、いきなり殴るか?」

「ごめんって。あなたが余りにも必死な顔だったから、つい。それで、何だっけ? 私の魔法を見たいんだっけ?」


 まだ、言いたいことはあったがまあいい。この二年間を思えば、何でもないことのように思える。

 それよりもそう、魔法だ。


「ああ、頼む」

「種類は何でもいいのね? じゃあいくわよ」


 そう言い、イオは詠唱を始める。


「おい……。なぜ掌をこちらに向けているんだ?」

「え、ああ。何かに当てなくてもいいのね。ごめんごめん」


 失敗、失敗と可愛く舌を出しているが、おかしいだろ。

 何かに当てる必要があるとして、何で俺に当てようとする。


「じゃあ、いくね」


 再度、イオが魔法の詠唱を始めたのを見て、俺は魔法の目に魔力を通す。

 詠唱と共に、イオの掌辺りに魔力が集まり、色をつけ始める。そして、詠唱が完成した瞬間、色の付いた魔力が形をなし、前方に飛んでいく火の玉。

 今のは、初級魔法のファイアボールか。やはりこれは……。


 そんな魔法を俺に当てるつもりだったのかと、頭の隅で思いつつも、簡単な魔法なら他にもいくつか使えるよと言うイオに、別の魔法もいくつか見せてもらう。

 多分に漏れず、どの魔法も詠唱から展開までが遅かった為、しっかりと見ることができ、俺は満足する。

 今回の、スカートめくり・パンツがひらり事件は、間違いなく、俺にとって収穫のあるものだったのだ。

 いや、変な意味ではなく。


 ……。


 それからさらに数日が経ったある日、にわかに村の入口が騒がしくなった。

 魔物が村を襲ってきたとか、そういう類の雰囲気ではない。――何事だ?

 俺は、その騒ぎの中心に向かってみることにした。


「おい、大丈夫か! しっかりしろ」

「一人か? 皆はどうした?」


 俺がその場に到着すると、体中傷だらけの若い男が一人、村の皆に迎えられているところだった。

 傷だらけの男は、村長と何かを話しているようだが、距離があるためよく聞こえない。

 村長との会話が終わると同時に、若い男は意識を失っていた。


「何だ? 何が起こっているんだ?」

「あいつは確か、森の開拓のために魔物を倒しに行った奴だよな。なぜ一人なんだ?」

「用があって、一度戻って来たとか?」

「でも、只事ではない様子だったぞ」


 近くで見ていた村人達も口々に話し始める。

 聞いた限りでは、俺がこの村の護衛を務める理由にもなった出払っている人達というのは、近くの森の開拓をするために、魔物討伐に行っていたらしい。

 しかし、あの様子だと。

 気付けば、その若い男と話していた村長が、こちらへ向かって歩いて来るところだった。――こりゃあ、俺の仕事っぽいな。


「エンジ殿、少し厄介な事が起きたかもしれん。話を聞いてはくれんか?」

「ああ、何が起きた?」

「さっきの男は、近くの森を開拓しに行った者の一人でな。あいつが言うには、森に膨大な数の魔物が出たらしい」


 魔物か。膨大な数というが、そもそもの目的を考えるに、森へ向かった奴らはある程度の戦う力を持っていたはずだよな。

 表情に出ていたのか、村長が続けて言う。


「森に向かったのは帰ってきた彼を含め、狩りのうまい者や、魔物を狩るのを仕事としているような者達だ。君が倒した熊の魔物だって、一撃とはいかないが倒せる者達。だが……」

「思っていたよりも強力な魔物が、大量に現れた?」

「そのようだ。流石に一度引こうとはしたらしいのだが、それも上手くはいかなかったようで、皆散り散りになってしまったらしい。今のところ、帰ってきたのは彼だけだ」


 さらに話を聞くと、あの森には今まで、そこまで強力な魔物はいなかったらしい。

 いたとしても、それこそ俺が倒した熊の魔物くらいが関の山。

 それでこの際、村の規模を大きくする為、森の開拓に乗り出したのだそうだが。


 想像以上にまずい事態。俺に頼みたいのは、引き続き村の護衛ということだが、あの熊の魔物より強い奴が数匹、いや、数十匹は出たと思っておいてよさそうだ。

 そんなのが一斉に村を襲ったらと思うと、正直俺の手にも余る仕事だが。


「頼む。こんな事態になってしまったが、やってくれないか? 俺達が村を捨て、逃げる準備をする間だけでもいいのだ」

「村を捨てて逃げるのは、正しい判断だと思う。でも、三日……いや、二日待ってはくれないか? もちろん、その間の村の護衛は俺がする」

「ああ。準備をするのにも時間がかかるのでそれは構わないが、どうするんだ?」

「森の魔物を、倒してみる」

「森の魔物を? それができるならありがたいが……なんだ!」


 近くで悲鳴が上がる。悲鳴を上げた女の視線を追うと、森の方から走ってくる狼の魔物が数匹。数は七。

 走る途中でまとまっていた陣形を変え、正面から三匹、左右から二匹ずつが、村の方へ迫ってきていた。


「さっきの男の血でも追われたか?」

「エンジ殿! 俺と一緒に正面の奴らを頼む。おーい! 戦える者は武器を持て! 半分ずつ別れて、左右の奴らを!」


 村長が、きびきびと号令を出す。村人達はそれを聞き、青ざめつつも戦う準備を始めていた。

 慌ただしく動く村人を避け、俺は一番に外へ出る。


「フェニクス、ここは俺一人でいい。他にも魔物がいないか周囲を見てこい」

「エンジ、やるのか?」

「ああ」


 フェニクスを索敵に出し、俺は一人魔物の正面に出た。

 形は、すでにできているのだ。後は実践のみ。


 ――マジック・マクロ、ファイアボール。


「RUN」


 初級魔法のファイアボールを放った。距離は、まだそこそこある。

 狼の魔物は、放たれたそれを見て難なく躱す。が、俺の魔法はこれで終わりじゃない。


「RUN RUN RUN」


 俺の掌からファイアボールがいくつも放たれる。

 狼の魔物共は逃げ場を失い、正面にいた三匹は火に包まれ絶命した。

 動かなくなったのを見届けると、そのままその場からファイアボールを左右に向けて何発かずつ放ち、七匹全てを倒す事に成功する。


「やっぱ、かなり使えるなこれ」

「エンジ殿、今のは?」

「中々だっただろ?」


 俺が一息で全ての魔物を倒してしまったのを見て、ぽかんと口を開けた村長が話しかけていた。


「エンジ殿! 中々なんてものではありません! 今の魔法! 詠唱してなかったように見えましたが?」

「ああ、そうね」


 鼻息が荒い。まあ、気持ちは分かる。自分でもこれが完成した時は、飛び上がるほど喜んだ。

 その勢いのまま、歩いていたイオのスカートをぺろんとめくったくらいだ。


「おーい! エンジー!」


 興奮覚めやらぬ村長を抑えていると、フェニクスが戻ってくる。


「上手くいったようだな」

「おう。そっちはどうだった?」

「この辺りは、もう大丈夫だ。で、ついでに森をちょっと見てきたが、ありゃ何だろう? 何だか、異常な雰囲気だったな」

「そうか」


 急がないとな。

 今回の魔法が成功したということは、もう一つのあれも上手くいくはず。それはこの先、俺にとって絶対に必要になるもののはずだ。

 自分で言い出した納期は、およそ二日。それまでに完成させてみせる。


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