第9話 始まりの村

 フェニクス、魔法って何だろうな――


 勇者達や、魔王の息子ルーツと別れてから一週間が経ち、俺とフェニクスは、とある村に来ていた。

 目的地もないまま、とりあえずは遠くへ行こうと思い、いい加減に進んできたのだが、世界はそんなに甘くなく、とうとう金がなくなった。

 そして、食料もなくなろうかという頃、その村を見つけた。


 食料だけでも分けて貰おうと思い村に入ったのだが、そこで魔物が現れた。

 現れたというよりは、村の中をのしのしと歩いていた。

 何だあれ? ペットか? 等と思いつつも眺めていると、あろうことかその熊のような形をした魔物は、目の前で村人を襲い始めたのだ。


「おい。嘘だろ?」


 俺は、魔法を詠唱しつつ走る。

 熊の魔物に引き裂かれたのだろう、逃げようとした男の背中から血が吹き出し、悲鳴が響く。


「フェニクス。先に行け!」

「おう!」


 熊の魔物が男にとどめを刺そうとするが、フェニクスが何とか間に合った。

 男の肩を足で掴み、近くの家の屋根の上まで運んでいく。

 少しの間自分の腕を見つめていた熊の魔物は、空振りした事に気付いたのか、男を助けたフェニクスに向かって吠えていた。


「背中から、失礼します!」


 人語を理解出来ない魔物に対して、本当に失礼な背中からの攻撃。

 吠える熊の魔物に対して、俺の魔法ファイアストームが炸裂する。

 念の為にと、もう一発撃つ準備をしたが、熊の魔物は燃え上がりそのまま息絶えた。


「おお! あの魔物を一撃とは!」


 息を整えていると、まだ近くにいた村人が集まってくる。

 熊の魔物に引き裂かれた男は、フェニクスが地上に降ろし、手当を受けていた。


「どこの誰かは知らないけど、助かったよ。丁度、この村で戦える奴は皆出払っていてね。本当、助かった」


 髭面の大男が俺の手を握り、強い力でぶんぶんと振ってくる。――ちょ、取れる取れる。お前は絶対、戦える奴だろ?


 そんな事があり、俺は出払っている人達が戻ってくるまで、この村に住む事になった。

 護衛として金も貰えるということだったので、二つ返事で了承した。

 ちなみに、助けたのはこの村の村長だったのだが、あの後えらく気に入られ、娘をやるとまで言われた。丁重にお断りした。

 そして今、村の隅の原っぱに寝転んだ俺は、フェニクスに問いかけていた。


「フェニクス、魔法って何だろうな?」

「あ?」


 面倒臭そうな表情をしながら、フェニクスがこちらを向く。

 何を訳の分からない事を、と言いたげだ。


「魔法は、魔法だろ」

「そうなんだけどな」

「あん?」


 魔法の目を貰ってからずっと、考えている事があった。

 勇者として連れて来られたというのに何も特殊な力のなかった俺が、初めて得ることのできた、特殊なのだ。

 何か、使い道はないかと。


「ふん。魔法力たったの五か。フェニクスめ」

「何言ってんだ、お前――」


 何も思いつかないまま、ただ時は流れていく。

 そんなある日、事件が起きた。事件が起きたのは、その場の流れと財政状況から、村の護衛を務めるようになって一日、二日が経った頃。

 その日も俺は、日課である村周辺の見回りをしていた。

 初日の熊さん以来、大きな魔物が村に現れることはなく、現れたとしても人を見れば逃げていくような小物ばかり。

 よし、今日も平和だな。と、いつものように村に戻ると、純白のパンツが目の前で踊っていたのだ。


「こらぁ! あなた達~!」


 パンツを踊らせていたのは、村長の娘であるイオだった。

 正確には違う。イオのパンツは踊らされていたのだ。他ならぬ、村の子供達のスカートめくりによって。

 俺は、思った。どこの世界でも、やっていることは同じだなと。

 この青い空がどこまでも繋がっているように。


「なるほどな」


 うんうんと頷いていると、イオが俺の方に近づいてくる。


「エンジさん、見た?」

「何を?」

「私の……パンツ」


 イオは顔を赤くして、もじもじとしていた。そんなに恥ずかしがるのなら、言わなければいいのに。

 紳士である俺は、見なかったことにしようと決める。


「見てない。俺が見たのは、世界の真理だ」

「世界の、真理? もう! そんなはぐらかすようなこと言って! 見たんでしょう?」

「いや、君が何を言っているのか分からないが、世界は繋がっている。この青い空のように」

「繋がっている? あなたには、何が見えているの?」

「パンツが。あ!」

「やっぱり見たんじゃない!」


 俺は殴られた。あんまりだ。中々に狡猾な誘導尋問だったと言っておこう。

 というより、見たのは偶然だ。偶然だとしても、知らない振りをしようとした俺は、本来褒められるべきなのだ。


「変な言い訳するからよ!」


 どうやら、それが駄目だったらしい。ままならんね。

 その後話を聞くと、イオは村の子供たちに魔法を教えていたところだったらしい。

 だが、俺が村に帰ってくるのを見た子供がイタズラに、という訳だった。


「もう、あなた達! 次、こんな事やったら許さないんだからね!」


 はーい、と声を揃えて言った子供達の中で、一人がニヤリと笑ったのが見えた。

 そして、ぷんぷんと怒るイオが、子供達に後ろを見せたその瞬間。


「おりゃー! イオ姉ちゃんのパンツは、二度舞う!」


 何やら必殺技のようなせりふを言いながら、少年がイオのスカートをめくりあげる。

 フワッと、スカートが元の位置に戻るまで口を開けていたイオ。プツンと切れたのが分かった。


「こらガキー! 消し炭にしてやるわー!」

「へーん。姉ちゃんの魔法なんて当たらないよ~」


 少年が言うように、イオの魔法は詠唱に発動、全てが遅い。

 それに本当に消し炭にするつもりはないのだろう。威力もまた弱かったが、それはその時の俺にはどうでも良かった。

 イオの魔法を見ていて、ある事に気付く。閃き、というほど大したものでもないが、思いついてしまった。――これは、もしかすると。


「イオ! 俺に、俺にもう一回見せてくれー!」


 駆け寄る俺を見たイオは、ぎょっとした顔をする。

 なぜかまた、俺は殴られていた。


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