第8話 魔法の目
「エンジ君、手術は無事終わったよ」
「フェニクス先生……俺の目は、どうなりましたか?」
「うむ。成功だ。ゆっくりと開けてみなさい」
俺はゆっくりと目を開ける。
俺の知らない世界を見てきた目で、これからの俺の世界を見ていく。喜び、悲しみ、怒り。様々な感情がうずまくこの世界を見ていこう。
どうか、残酷な世界ではありませんように。
「って、なんじゃこりゃあ!」
ルーツ君から頂いた目は、普通ではなかった。先程までは何もなかった視界に、色々と何かが見える。
それは主に、フェニクス達から見えてはいるのだが、空気中にも薄く霧のように漂っていた。
新たな世界は、残酷だった。
「どうしたのかね!? エンジ君!」
かけてもいないメガネを翼で直す仕草で、フェニクスが聞いてくる。
いや、それはもういいから。構ってやる余裕なんて、今の俺にはないから。
唖然としながら周囲の景色を眺めていると、ルーツがふふっと笑った。
「てめ、何笑ってんだ。俺に何をしやがった!」
「ごめんごめん。僕や、こっちの鳥君から溢れているものが、うっすらと見えているんだよね? それは、魔力。僕がいつも見ている世界だよ」
魔力だと。これが? すると、空気中に散っている同じ色のこれも魔力か?
地球にはこれがないのだろうか。というよりも、それ以外にも色々と見えている気がするのだが、そのあたりどうなの。
「この、魔力以外のは何だ?」
「ああ、それは僕にもよく分からないんだよね。ただ魔力よりもさらに薄いし、気にはならないので大丈夫だよ」
いや、気になるだろ。こいつが知らないということは、地球で言う酸素であるとか、窒素であるとかそういうの?
仮にそんなものが見えているとするなら、邪魔すぎるだろ。
消せないのこれ。何かないの? お前を消す方法。
頭の中に出てきた、電子世界を泳ぐあいつに向かって呼びかけていると、察したルーツが説明をしてくれた。
「魔力を見えないようにすることは、不可能だ。これは、僕の生まれ持った特殊スキルの一つ、『魔法の目』だからね。でも他のものは、目に魔力を注がなければ見えなくなるよ」
言われて気付く。目を開けたときから俺は、右目に大量の魔力を通していた。
慣れていないので、無意識にやってしまっていたのだろう。
魔力を通すのをやめると、見えるのは魔力だけになった。
「これ、見えると何か得すんの?」
「魔力の高い、怖そうな人から逃げられるね」
「それだけ?」
「うん」
今、思いついたのがそれだけってことだよな。こんな……もっと何かあるはずだよな? え、これいる?
しばらく考えてはみたものの、特に有効な使い道は思いつかなかった。
いいじゃないか。魔法でドンパチするような野蛮な世界で、危険な奴から逃げられる。うん。とても素晴らしい。
強引に納得し、立ち上がる。
「んじゃ、そろそろ行くわ。今回のことは、正直助かったよ。目も……まあ、ありがとな」
「エンジさんの目、ずっと大事にするからね」
それは決して、同意して渡した訳ではない。もし、また会うような機会があれば返してくれ。
俺も、この変な目を返すから。
「あ。エンジさん達は、これからどこに行くつもりなの?」
「ん~。とりあえず、この辺りからは離れるつもりだ。死んだ事にしたとはいえ、あいつらに直接見つかるのはまずいしな」
遠くの街を目指すのは確定として、他は何も決めていなかったが、さてどうするか。
せっかくの異世界、魔法をもう少し勉強するのもいいかもしれないな。
「お前は、どうするんだ?」
「僕は、とにかく色々な体験をしようと思ってるんだ。今までできなかった事を、一つずつやっていきたい」
「そうか」
今までできなかった、か。こいつにも色々とあるのだろうが、これ以上は俺が関わるべきではないな。
こいつは今、自分の足で歩いていこうとしているのだから。――あ、そうだ。
「ルーツ、最後に聞いておきたいことがあるんだ」
「何?」
ルーツ自身がああは言っていたが、気になったので確認しておくことにする。
「お前って、男でいいんだよな?」
「うん、そうだよ」
確かめる? なんて言いながら、間髪入れず、俺の手を自分の股間に持っていった。
手に広がる、ぐにゅっとした感覚。
「魔王の息子って言ったよね? 僕。あったでしょ?」
「……そうだな」
あの、ちょっと。やめてくれない?
軽い気持ちで聞いただけで、返事だけで良かったのだけど。
男が他人の股間を触るのは、ふざけあっていられるガキの時くらいだぞ?
若干嫌な気分になってしまったところで、別れの挨拶をする。
「じゃあ……達者でな」
「エンジさんもね。また、どこかで会えるといいね!」
こうして、俺の新たな異世界生活が始まった。
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