第7話 協力

 僕は、魔族なんだ――


 銀髪の男はそう言った。もしそうであれば、こいつの言う通り俺の倒すべき敵のはずだ。でも。


「へえ、それは驚いた」


 俺の口から出てきたのは、こんな言葉だった。自分でも驚いている。

 何を考えているのか、なぜ人側の酒場にいたのか。聞きたいことはあったがそれよりも、こいつの言った協力という言葉に興味を惹かれていた。


「あはは、あまり驚いているようには見えないね。でも、本当のことさ。僕は魔族で、魔王の息子で、あの砦を守る指揮官だ。名前は、ルーツ・エビルドリーム」


 お前がそうなのかよ。息子なのかよ。本当に驚いたわ。


「ふぅん。で、協力ってのは?」

「ここまで正体を明かしても、そんな反応をされるとは思ってもみなかったよ」


 驚いているぞ。びびっているぞ。膝をよく見てみろ。笑っているだろ?

 しかし、何でだろうな。これから、何か起きる。いや、変わる予感がしていたのかもしれない。


「まず、名前を聞かせてもらってもいいかい?」

「エンジだ」

「じゃあエンジさん。協力ってのはね、僕と一緒に……死んでくれないか?」


 ……。


「この砦、何だかおかしいですね」

「ええ、何で誰もいないの?」


 魔王の息子と名乗る男と出会った次の日、勇者御一行様は、砦に乗り込んでいた。

 ルーツの言ったことについては信用と疑いが半分ずつくらいだったが、この状況に心当たりのある俺は、一人考え込む。――まさか、本当に? そうだとすると。

 先の事を思い浮かべ、自然と笑顔になる。


「はは」

「何、この男。気が狂ってしまったの? こうなってはもう、私達の盾として使うくらいしか、使い道はないわね」

「エンジは盾にするよりも、荷物持ちが合っていると思うわ」

「叩けば元通り?」


 俺は昔のテレビかよ。三者三様、いつも通りだな。

 だが、今日の俺は一味違う。何を言われようと動じはしない。


「大丈夫、大丈夫。いざとなれば囮にでも、盾にでも。何でも好きに使ってくれ。お前達の代わりは効かないからな」


 普段ではあり得ないような事を言う、俺がいた。


「あら、殊勝な心がけね。やっと自分の立場が分かってきたのかしら」

「エンジ、駄目だよ。そんなことをして、荷物持ちはこれから誰がするの?」

「ATフィー○ド」


 そんなやり取りがありながらも、俺達は砦の最奥に到着する。そこではルーツが一人、椅子に座りこちらを見ていた。

 相当、抑えていたのだろう。昨日とは違い、威圧感が桁違いだ。


「何、あいつ。なんなの……」

「エンジは足手纏いになるわ! 隅の方でおとなしくしておいて!」

「ん」


 勇者達が、いつになく緊張しているのが伝わってくる。

 いつもは、眠そうな目をしてぼーっとしているレティでさえ、目を見開き前を見据えていた。

 言われた通り、俺は少しさがる。


「よく来たね」

「あなた一人? 他の兵はどこに行ったの?」

「僕一人さ。皆には、砦を離れてもらった。君達と戦って、無駄に戦力を削られたくはないからね」

「それって、どういう――」

「僕一人で、十分だって事さ!」


 理解が追いついていなかった勇者たちに、ルーツが襲いかかる。

 何とか対応し始めた勇者たちだが、力の桁が一つ違った。

 前線で切りかかっているスピシーは、ルーツの体に一つの傷をつけることもできず、自身の傷だけが増えていく。

 バルムクーヘン王国最強と言われたメルトの魔法も、大したダメージを与えられない。

 レティの回復魔法のおかげで、何とか致命傷を避け戦えてはいるが、それももう長くはないだろう。


「何だ? こんなものかい、勇者っていうのは! 一息に終わらせてあげるよ!」

「あっ」


 ついに膝をついてしまったスピシーに対して、ルーツが特大の魔法を放つ。

 避けることは難しいと判断したのだろう。自身の顔前で腕を交差させ、目をぎゅっと瞑るスピシー。

 一瞬の静寂。その時、飛び出した影があった。


「ぐ、くそ……」


 俺だった。スピシーの前に飛び出した俺は、先の宣言通り盾になっていた。

 思っていたより、ずっとまずい。体中の痛みに加え、ポタポタと床に落ちる血。

 それに何より、右目はすでに何も映してはいなかった。


「どうだ。いい、盾だろ? これっきり、使えそうにないが」

「あ、あなた。どうして――」

「エンジ!」

「お兄さん!」


 スピシーが俺の姿を見て、動揺しているのが分かる。――へ、ちょっと良い気分だ。

 薄く笑い、目の前に立つルーツを見ると、ルーツは目を見開き狼狽していた。

 悪い。こんな予定じゃ、なかったよな? 俺も理由なんか分からない。体が動いてしまったんだ。


 決して良い扱いとは言えなかったけど、短くない時間を一緒に過ごしたのだ。もしかしたら、情にでも流されたのかもしれない。

 俺らしくないな。と、頭の隅で理由を考えながらも、ルーツに視線を投げる。

 予定とは少し違うが、ここからは俺に合わせてくれ。


「来るな! こいつは、俺が倒す!」


 後ろで座り込んでいたスピシー以外の二人が、少し離れた位置から近寄って来るのを視界の端に捉え、制す。


「エンジ? 駄目よ、あなたは……」

「ごめんメルト。俺、隠してたんだ。あの鑑定紙に出なかった、勇者としての特別な力」

「え?」

「それはな、こうするんだよ!」


 逃さないとばかりにルーツの体に抱きついた俺は、全魔力を開放した。自爆に見えるような、ただの派手な魔法。

 それを見たルーツは微笑み、何らかの魔法を展開する。

 轟音と大爆発を残して、俺とルーツは跡形もなく砦から消え去った。


 ……。


「大成功だな」


 砦から最も近い位置にある街の外れ。

 両手を腰に当て清々しい顔をしていた俺は言う。


「どこが大成功? 僕、あんなの聞いてないよ!」


 目の前には、おろおろとしている情けない奴が一人。

 今のこいつからは、先程の強者の片鱗は一切感じられない。

 俺達は、これで死んだことになったはずだ。そういう協定を結んでいた。

 こいつに何の目的があるかは知らないが、これでお互い自由の身になったという訳だ。大成功だろ。


「予定とは少し違ったが、上手くはいったんだ。いいじゃねえか」

「よくないよ! エンジさんは一度、自分の姿を見た方がいい。とんでもないことになってるよ」


 マジで? 結構痛かったが、そんなに?

 でも俺、普通に立てているじゃん。目だって……魔法で何とかなるんだろ。なるよね?


「おーい! エンジィィ!」


 フェニクスが合流する。作戦が上手くいったことが分かり、飛んできたのだろう。

 フェニクスには、魔王の息子だっていうルーツの話が嘘だった時の逃げる手段の確保のため、砦の外で待機してもらっていたのだ。

 しかし、ルーツの力は予想以上だった。今回、何も知らずに敵対していたならば、逃げる暇さえ与えられることなく俺達は……。


「よお」

「おわ! 誰だ、この血まみれの男は! エンジはどこに行った?」


 え、血まみれ? どうなってんだ、本当。

 きょろきょろと辺りを見回すフェニクスに向かって、俺は口を開く。


「俺がエンジだ。ちょっとした、イメージチェンジをした」

「あん? エンジ? お前、イメージチェンジっていうか見た目魔物だぞ。アンデッド系ので、こんなのいた気がする」


 おそらく見た目だけだとは思っているが、あまりにも酷く言われているので、ルーツに回復魔法を使ってもらった。

 体の痛みはさっぱり消えたが、目は治らないらしい。


「ごめん、僕そんなつもりじゃ……」

「あれは俺が飛び出したせいだ、気にするな。ま、片目見えるなら何とでもなる」

「エンジ、俺様がお前の目だ。お前のこれからは、俺様が代わりに見てやる」


 俺のせいだと言っているはずだというのに、ルーツは自分を許せないのか、潤んだ目で見てくる。

 男だと言っていたはずだが、可愛いなこいつ。俺にそんな趣味はないが。

 あとフェニクス、片目は見えてるからな? お前は、格好いいセリフが言いたかっただけだろ。


「僕、あそこまでするつもりじゃなかったんだ」


 魔法の威力をみるに、殺す気まではなかったはず。昨日、俺の話を聞いたことで感情移入でもしてしまったのだろうか。


「おかげで、あの女の動揺する顔を見れた。俺自身は、割りとそれで満足している」

「そうだ! 僕の目と、エンジさんの目を交換しよう!」

「あ? いいって」


 ルーツが突然、怖いことを言い出した。こんなこと、日本で聞けば大事件だ。


「やらせてくれ。僕はエンジさんに感謝しているんだ。多分、エンジさんが思うより、ずっとね」

「いや、俺は普通に交換するってことが怖いんだが。それに、仮にそんな事できたとして、今度はお前の目が見えなくなるんじゃないか?」

「大丈夫! 僕はこう見えても、高位の魔族だからね。しばらくは見えないかもしれないけど、少しずつ僕の体が修復してくれるはずだよ。それに、交換は僕が魔法でやるから痛くもないし、何も心配することないよ! やらせてよ!」


 こいつの顔で、やらせてやらせてと言われると何かこう。でも、う~ん……。

 アホな事を考えていた俺は、近づいてくるそいつに無警戒だった。


「ありがとう、僕に任せて。エンジさんは何もしなくていいからね。すぐに終わらせるから」


 そんな言葉が耳に届いた瞬間、体は魔法で拘束されていた。

 何もしなくていいっていうか、何もできない。それに、何でこれ喋れないんだ? 口まで塞ぐ必要あるか?

 あと、ありがとうって何? 俺は一度も同意していないぞ。


 そこからは、早かった。

 ポコっと出て、フワッと浮き、ポスっとルーツの手に落ちる。

 その後、ルーツの右目も同じ手順で取り出され、交換し、俺の目にはルーツの目が入れられた。

 じんわりと温かい感覚がしたかと思うと、俺の目は光を取り戻した。


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