第6話 転機

「行きたくないなぁ。本当、行きたくない」


 気付けば、愚痴をこぼしていた。


「そんなに嫌なら、行かなければいいんじゃないの?」

「ん~? そうだけどな。そういう訳にもいかないっぽいんだよ」

「自分の事なのに、他人事のようだね」


 あはは、と笑う俺の話し相手。

 他人事だと思って笑いやがって。いや、実際こいつには関係ない話だけどさ。

 それでも何となく、人の不幸を笑うそいつに恨めしい目を向けつつ、手元にある酒をちびちびと飲んだ。


 今、俺はとある街の酒場にいる。

 気分転換に一人で飲んでいたはずなのだが、いつの間にか話し相手ができていた。

 知らない奴だが、特に気にはしない。こういった酒場なんかでは、珍しいことでもないからだ。

 年齢は、俺より下だろう。長くも短くもない髪は、綺麗な銀色だ。

 そこまでは特に何も言うことはないが、そいつは非常に中性的な顔をしていた。男なのか、女なのか。

 一緒に酒を飲む相手。個人的には、女であってほしいと思う。


 再度様子を伺うと、まだ少し笑っていた。何がそんなに面白いのか。

 文句でも言ってやろうかと思ったが、楽しそうに笑うその表情が子供の様で、俺は口を噤む。どこか憎めない笑顔。


「ごめんごめん。事情は知らないけどさ、その、かわってくれる人とかいないの?」

「あまり他人に頼めないというか、頼みにくいことなんだよ」


 そりゃあ、頼めることなら頼みたい。だが、内容を知ったら誰もが首を横に振るだろう頼み事。

 結婚したての熱々な新婚夫婦でも、その場で解散だ。

 死んでこい、と言うようなものだからな。

 頼めるとは思っていないが、話の流れで聞いてみる。


「どうだろう。お前、俺の代わりにやってみる?」

「僕にできることであれば、やってあげたいとは思うけどね」


 ま、頼み事を聞く前ならそう言えるよな。


「それで何を? まずは聞いてみないとね」

「魔王討伐」

「え?」

「魔王討伐」

「あはは、僕には無理かな。ごめん」


 ニコリ。俺は微笑む。


「いやいや! 本当はやってくれるんだろ? みたいな顔されても!」


 シュン。今度はうなだれる。


「いやいや! 何で引き受けることが当たり前だった、みたいな顔なの!」

「これが、スピード離婚ってやつか……」

「僕達、結婚どころか今日会ったよね。そもそも、男同士だし」

「そんな! あの時の約束は嘘だったのね!」

「そんな約束、した覚えはない! あの時ってどの時だよ!」


 必死に、ツッコミを入れる奴がいた。――あれ? 今、男同士って言った?


「くく。嘘嘘、冗談だよ」

「あはは、そりゃそうだろうね」

「誰かに頼めるとは思ってないよ」


 そこで銀髪男は、笑うのをやめて真剣な顔になった。

 グラスを傾けていた俺の顔を、隣から覗き込んでくる。


「魔王討伐ってのは、本気なんだね?」

「まあな。とは言っても、俺には魔王と戦う力なんてない。ただの荷物持ち。近い内死ぬかもな」


 これ、笑い話だぜ? という雰囲気で話すも、銀髪男は笑わなかった。


「逃げないの? いや、逃げたくはないの?」

「逃げたいよ、もちろん。ここまでもったのが不思議なくらいだ。大人のしがらみってやつだな」


 俺は逃げる。間違いなく。

 ロイヤル勇者共や、その勇者に協力している人達からは追われる立場となるかもしれない。が、いざとなれば命には替えられない。


「逃げて、その後はどうするの? 逃げて逃げて……その後はどうなるの?」

「お前」


 それは、俺への質問なのか?

 何故かこいつが、いつかの自分と重なって見えた。お前も、何かを抱えているのだろうか。


「この後どうなるのかなんて、俺には分からない」

「……そうだよ、ね」

「でも、死ぬのなら。死にたいくらいの何かがあるのなら、逃げればいい。何もかもから逃げればいい。逃げて誰かに迷惑を掛ける? 逃げればもっとつらくなる? はっ、知るかよ。それすらからも逃げればいい。どうせそのままだと苦しい、いや、死ぬかもしれないんだろ? なら俺は、自分の体が、もしくは心が、ギリギリ耐えられるところまでいって、そして逃げる。逃げた先で死んだとしても、それはそれだろ。まず逃げてみなければ、その前に死んでしまうのだから」


 これは気付きだ。俺個人の考えだ。

 いくら人から伝えられても、本当のところには届かない。自分で見つけなければ意味はない。

 ただほんの少しでも、それをつかまえる手助けになれば。


「それすらからも逃げる、か」


 会ったばかりの俺の言葉に、神妙な顔で呟く銀髪男。

 ちょっと、余計な事まで言い過ぎだな。

 でも、伝わっただろうか。こいつの求める答えに、俺は少しでも応えられていたのだろうか。


 銀髪男は黙り、何かをずっと考えているようだった。

 そして、何かを決めたような顔をして、こちらを向く。


「まず、聞いていいかい? この街にいるってことは、あの砦を攻めるってことでしょう?」

「ああ、そうなる。つまり明日には、俺は死んでるかもな」


 こいつの言う砦とは、魔族領に入る唯一の道に建てられた、難攻不落の砦のこと。

 難攻不落と言うが、実際それは正しくない。そう言われるようになったのは、魔王の右手と恐れられる魔族の幹部が居座るようになってからだ。

 そのような場所へ乗り込もうとしている勇者達と荷物持ち。

 今までなあなあとやってきたものの、ここらが潮時なのかもしれない。


「勇者の荷物持ちを代わることは、僕にはできない。でも、逃げる手伝いをすることなら、できるかもしれない」

「ああいや、逃げるくらいなら一人でもできる。それに、代わる代わらないの話は冗談だって言っただろ?」


 別に、常日頃から勇者達に監禁されている訳でも、監視されているわけでもない。

 今だって、一人で酒を飲みに来ているしな。


「違う。そうじゃないな、ごめん。それは、僕のやりたい事でもあるんだ。言い方を変えよう。僕と協力しないか?」

「協力? お前は一体……」


 誰なんだ? 何がしたいんだ? そう問おうとした俺に、銀髪男は言った。


「僕は魔族なんだ。あの砦を守る、君達の敵さ」


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