第5話 ニ年が経ち
「あの、メス共がぁ!」
俺が勇者として召喚されてから、二年が経っていた。
今、隣で憤っているのは相棒の鳥フェニクス。この二年で、手乗りサイズから馬鹿でかいサイズへと成長した。
見た目はカラスに似ているが、羽も体毛も赤茶色。頭の毛は逆立っていて、なんだかモヒカンのようになっている。
身に付けている衣服を除き、異世界に唯一持ってこられたものが卵だった。値段で言えば、三十円くらい。
召喚された時に何かしらの影響を受けたのか、その卵から産まれたフェニクス。
魔力も持っているし、喋ることができる。生まれたばかりの頃は、自分のことを人間と勘違いしていたくらいだ。
俺が持ってきた卵は鶏の卵だったはずだが、そんな要素は一つもない。頭の毛で作られたあれが、トサカの名残かもしれないが。
名前は不死鳥から取った。フェニックスでもフェニクスでも同じ意味らしいが、呼びやすい方にした。
フェニックスだと長ったらしい気がしたのだ。同じ理由で、サンジュウエンという名前もやめておいた。
ちなみに、雛のときに不死鳥の話を聞かせてやってから、こいつは自分が将来、不死鳥になると思っている。
哀れな鳥だ。精々頑張ってくれ。
「まあまあ、いつものことだろ? 俺はもう、慣れた」
俺達は今、勇者御一行様の荷物番をしていた。この二年に一体何が? と思うだろうが、今回は触りだけ。
勇者として召喚された後、あまりの勇者らしくもない才能に、俺は城を去ろうとした。
だが、そんな微妙と評価された俺なんかを、呼び止めた奴がいたのだ。
「ちょっと待って!」
「ん?」
呼び止めたのは、俺を微妙と評価した本人、王女のメルトだった。
「あ、あの! 私が勇者として旅立つことにします! 付いてきていただけませんか?」
何で? それに旅立つことにしますって何だよ……ああ、俺が期待外れだったもんね。ごめんね。
しかし、俺の力じゃついて行けないのは間違い無さそうなんだが。何だ? 一目惚れってやつか? そういうことなら早く言ってくれよ。
自惚れやすい奴がいた。そう、俺だ。
「力になれないと思っていらっしゃるなら、間違いです! エンジ様の能力は決して低くはありません。まだ、何もかも経験不足なのです。私と一緒に魔法の腕を磨けば、一流の魔術師になれるはずです!」
「そう……かな? まあうん、そうだな!」
すぐに乗せられる奴がいた。それも、俺だ。
「飛び抜けた力はなくとも、私をフォローできるような存在になると信じております。でしょう? お父様?」
「う、うむ! ワシとしても、将来は将軍クラスになると言われた男が、娘の側にいるのは心強いぞ!」
じゃあ将軍連れていけよ、と思ったのは俺だけではないはず。が、そのことを言うと、あなたがいいのです! と、きたもんだ。――おいおい、仕方ねえな。
そんなこんなで調子に乗った俺は、勇者旅へ付いて行くことになった。右も左も分からない世界、俺も不安だったのだ。
最初の頃は良かった。メルトは宣言通り俺に魔法を教えてくれたり、一緒に魔物を倒したり。異世界で戸惑う俺に、親身にしてくれた。
魔力を感じるとかなんとかで食べずにいた、卵から孵ったフェニクスを、二人で大事に育てたこともあった。
だが、変化は新たな仲間が加わったことで起こった。それは俺が、一通りの魔法の基礎を使えるようになったあたり。
メルトの父親であるバルムクーヘン王が統治していた国を合わせて、三つの大きな国が魔王討伐のために同盟を結び、各国から一人ずつ勇者として選出される。
元々、そういう話にはなっていたらしい。
選出されたのは、なぜか全員王女だった。どうなってんだ? この世界の王族。
とにもかくにも二人の新しい仲間が合流し、ロイヤルなパーティが完成した。
しかし、さあ新たな冒険に旅立とう! と、意気込む俺へ向けられた言葉がこれだった。
「ねえ、何でこんな弱っちい男が、私達と一緒にいるのかしら?」
俺だって、そんなこと分かっている。でも、いつか追いつく。
この時の俺は、追いつけないまでも力になれるくらいには、等と考えていた。
「う~ん。確かに、エンジはもう戦わなくてもいいかもね」
メルトの言葉を疑った。付いてきて欲しいと言ったのはメルトだ。
俺を庇ってくれると思っていた。一緒に過ごした数ヶ月で、多少なりとも理解はしてくれていると思っていた。
続いた言葉は。
「うん。私達勇者三人が揃えば負け無しだよ! エンジも、もう痛い目に合わずに済むし、それがいいかも。良かったね!」
何だよ、それ――
はぁ、俺はお役御免って訳だ。
気楽に考えればいい。元々、俺には勇者としての力なんてないのだし、この旅だってメルトが付いて来てって言うから付いていっただけだ。
この世界で生きていく上での常識や、基本的な魔法は学んだ。足手まといになるのも何だし、ここらが潮時なのだろう。
「世話になった。行くぞ、フェニクス」
「あ、え? エンジ?」
なぜか困惑している様子のメルトを一瞥する。――やはりこいつは。
別れの挨拶をし、立ち去ろうとした時だった。
「ん~。少し考えたのだけど、やっぱり付いてきてもらいましょうか。私達は全員女性ですし、荷物持ちは必要でしょう? いざって時の、壁になるかもしれませんしね」
「断る」
何で俺が、そんなことしなけりゃならんのだ。
「あら、断れると思ってるのかしら。勇者、それも私に逆らうということは、ここら一帯の街を敵に回す。そういうことで解釈しますわよ?」
何だこいつ……。
荷物持ちを言い出した女の、雰囲気が変わっていた。
――この性悪が! いいぜ、こいよ。街でも国でも、いつでも相手になってやる!
妄想の中では、口達者な俺。力のない俺では何も言うことができなかった。
最後にもう一度、メルトを見た。
メルトは、何も言わなかった。
……。
そして、今に至る。
「エンジよぉ、たまにはビシっと言ってくれよ」
「ん~? しょうがねえだろ。変に逆らうと、また魔法をブチ込まれるからな。こう考えろ。あいつらは子供。はいはい命令を聞いておけば、それだけで機嫌がよくなる、な。そう思えば、可愛く見えてくるだろ?」
そろそろ何とかしないとまずいのは間違いない。
俺自身もそこそこ強くなったとはいえ、勇者達の成長は早く、それに合わせるかのように敵も強くなってきた。
このままでは、本当に盾にされ死んでしまうことだってあり得る。
「ま、そこらへんにしておけ。姫さんのお帰りだぞ」
フェニクスと話していると、水浴びに行っていた三人が帰ってくる。
「ちゃんと見ていたのかしら、この犬は」
「エンジは、犬よりは余程優秀よ。大丈夫でしょう」
「ちんちん」
遅くなったが、俺のイカれたメンバーを紹介するぜ!
発言した上から順に、剣士スピシー・モンブラット。今の状況を作り出した元凶だ。
一見、淑やかな雰囲気を醸し出してはいるがその実、腹の中は真っ黒で性格は悪い。こいつは人を見下す事しかしない。唯我独尊、暗黒姫。
二番目は、魔術師メルト・バルムクーヘン。悪気があるのかないのか、本人は分かっているのだろうか? こいつの事は、もう信用していない。
そして今では当たり前のように、俺を荷物持ちとして扱っている。無邪気な有害姫。
最後の奴は、治療魔法に特化した魔術師レティ・ミルフェール。こいつについては、俺もよく分からん。
先の発言の字面だけを見て、言う人が言えば馬鹿にしているように感じるだろうがどうもな。
ま、何かを命令してくるときがあるとは言え、このメンバーでは一番ましだ。不思議寡黙姫。
改めて考えると、まともに会話できる奴がいない。くっくと俺は笑う。
「やだ、この男。犬って呼ばれて喜んでいるのかしら。気持ち悪い」
「私も、これからは犬って呼ぼうかな?」
「ちんちん」
この、メス共がぁ!
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