ITエンジニアの異世界デバッグ

第3話 エンジ

　おお、これは何とも――

　誰が言った言葉だったか。

　誰が？　と問われれば、誰でも言いそうな言葉だし、言われそうな言葉ではある。

　ああ……思い出した。そもそも、それは誰かに向けて言った言葉ではない。俺の手がけたソフトウェアに対する評価だ。

　言ったのは取引先の課長で、良いものを作った時も、悪いものを作った時も同じだった。今にして思えば、口癖だったのだろう。

　そんな言葉は今、俺に対して向けられていた。

「そうだ！　大事なことを聞き忘れていたわ！　あなた、――なの？」

　俺は答えていた。それはもう、答えていた。何に？　答えるっていったら質問にだ。

　地球より召喚され、勇者として生きていくことを決めた俺に待っていたのは、王女による質問の嵐。

　俺とおっさんの話を黙って聞いていた時は、お淑やかなタイプだなと思っていたが、どうやら違う。

　家族構成から始まり、趣味に特技、果てには交際遍歴まで。

　怒涛のような質問に、俺は堪えていた。――王女様、あと何回聞き忘れそうですか？

「エンジ……ニア、です？」

「そう、エンジ・ニアっていうのね。エンジって呼ばせてもらうわ」

　職業ではなく名前を聞かれていた。もう、何でもいいや。偶然日本人っぽい名前だしな。

　成り行きで、エンジと名乗ることにした。

「エンジと言うのか。それではエンジ、お主の力を確認させてもらう。勇者としての、その力を」

　俺の力ね。正直、地球にいた頃と何も変わった感じはしない。

　大丈夫だよな？　今でこそこんな扱いだが、何の力もなくて見捨てられたりしないよな？

　いや、異世界で自由に過ごすって意味では、それもありなだと思うのだが。

　先程は魔法だとか言っていたし、そんなファンタジーな世界で力はあるに越したことはない。

「大丈夫、ちくっとするだけじゃ。さきっぽだけじゃからな」

　何をするつもりなんだ、このおっさん！？　俺は逃げる用意をする。

「血を、少し抜くだけじゃ。そんなに怖がらなくても大丈夫じゃ。なーに、ワシに任せておけ」

「おっさん……！」

　おっさんの優しくも心強い声に、俺はほいほいと手を差し出す。そして、人差し指にぷすっと刺される針。――おい……深くね？

「あ、失敗した」

　痛えぇぇぇ。あ、じゃねーんだよ！　痛いに決まってるだろ、こんなもん！　もっと斜めから刺すとかしろよ！

　下に置いてあった鑑定紙と呼ばれる紙に、無駄に多くの血が滴る。

　淡い光の後、何も書かれていなかった紙に文字と数字が浮かび上がった。

「ん～？」

　王女が興味深そうに鑑定紙を眺める。

　一瞬ではあったが悲しそうな顔をしたように見えた。

「どうじゃった？」

「身体能力はそこそこ。魔力量もそこそこ。特殊なスキルは言語理解くらいだけど、これは召喚された者だったら皆持ってたっていうし……」

「つまり？」

「微妙、かな。体を鍛えて魔法を覚えていけば、国の将軍クラスにはなれるかもね。頑張れば」

　本当に俺、勇者？　しかも頑張ればって何？　努力が不要だとか言うつもりはないけれども。

　もう、帰っていいですか？　魔力なるものが、俺にもあることが分かったのは良かったが、これだと世界救う前に死んじゃうよ？

「おお、これは何とも……」

　課長、今回は悪い意味ですね？

　将軍クラスって多分、普通に考えたら凄いけど、俺は勇者らしいので！

「短い間だったが、世話になった。んじゃ、俺はこれでな」

　そう言って、俺は立ち去る。もう用はなくなったはずだ。

　俺がこの世界で平和に暮らすためにも、新しい奴でも呼んでおいてくれ。