第10話『知りたいこと』

「せっかくこうして会ったわけだから、何か俺と話したいことってあるか? まあ、何か訊きたいことでもいいけれど」

「そ、そうですね……」

 まずは杏奈のペースで話をしていくことにする。

 俺から話題を提供するというのも1つの手段だけど、杏奈とは少しではあるけども打ち解けてきている。それなら、杏奈の話したいことを自ら発信してもらった方が良いんじゃないかと判断した。

 杏奈は右手の人差し指を唇に当てながら、一生懸命考えている。

「大輔さんって、読書はお好きですか?」

「ああ、結構好きだ」

 何せ、1人でいる時間が多いからな。色々とやらないといけないことはあるけれども、自由な時間には読書をすることが多い。

「どのようなジャンルをよく読むんですか?」

「ジャンル、か。……そういえば、あんまり拘って読んでない気がする。流行りの作品も読むし、ライトノベルも読むし。でも、推理系か歴史系が多いかもしれない。安定して面白い作品が多いし、特に推理系は作家の色も現れるジャンルだから読み比べるのも楽しいし。杏奈も読書は好きなのか?」

「は、はい。私の場合は漫画ばかりなんですけど」

 本棚を見てみると、確かに漫画が多いな。少女漫画が多いけど、俺でも知っている有名な作品が多い。あと、ライトノベルもそれなりにある。

「お母さんが幼い頃から漫画が好きで、私も幼い頃から一緒にアニメを見ていました」

「へえ、そうなのか」

 往年のアニメのファン層は幅広いし、何年経っても根強い人気を誇る作品も多い。大人の場合はその作品を見て懐かしみ、童心に帰れるものだし。

「最近のアニメもお母さんとよく見るんですよ。そうしたら、私よりもお母さんの方がはまってしまって、去年の夏にはコスプレもしちゃいました。恥ずかしかったですけど」

「コ、コスプレ? アニメや漫画に出てくるキャラの衣装を着るあれのことか?」

「はい。夏休みのお盆の時期に東京の方でやっているイベントで」

 それはどこかで聞いたことがあるぞ。

 確か、年に2回、東京の有明で同人誌即売会をやっているんだよな。イベント名は忘れたけれど、そこには全国から多くの参加者が集まるらしい。その系統のイベントでは世界最大級だと小耳に挟んだことがある。

「お母さんはとあるアニメに出てくる高校の制服で、私はメイド服姿で。お母さんと一緒にたくさん写真を撮られちゃいました」

「そんなに人が来たのか?」

「はい。私とお母さんの写真を撮るのを待つ行列ができていて、1時間ほど炎天下の中で並んだという人もいました」

「凄いなそれって」

 写真撮影って1分もしないうちに終わるもんだろ? 普通は。

 でも、杏奈と香織さんならそれも頷ける話だ。2人とも、一般人離れしている魅力を持っている人だし。特に杏奈は。

 しかし、香織さんが高校の制服を着るとは。あの人の場合はその姿でも全く違和感がなさそう。コスプレしたアニメのことを知らなければ、通っている学校の制服を着てイベントに来たと勘違いされそうである。あくまでも、俺の想像だけど。

「杏奈のメイド服姿か。どれだけ似合っているのか、一度見てみたいかも」

「ふぇっ、メイド服姿をですか……?」

 やばい、また変なことを言ってしまった。杏奈が再び頬を赤くしている。

「いやいや、冗談だって。恥ずかしかったことを俺だけのためにさせられねえよ」

「そ、そうですか……」

 何故、そこで露骨にがっかりするんだ。まさか、俺にメイド服姿を見せたかった……なんてことはあり得ない、か。

 でも、これで1つ杏奈の好きなことを見つけられた。俺も読書は好きだし、共通の趣味みたいなものがあるというのは今後、プラスの方に働くだろう。

「でも、大輔さんと同じ趣味があると分かって嬉しいです」

「そうか。杏奈さえ良ければ何か薦めたいものがあったら今度教えてくれ」

「は、はいっ。分かりました」

「じゃあ、他に何か訊きたいことはあるか? 何か分からないことでもいいぞ。杏奈よりも年上な訳だし、教えられることはあるかもしれない」

 一応、家庭教師という名目でここに来ているわけだからな。勉強のことでなくても何か一つでも教えてやれたらと思う。

 杏奈の唇が少し動いているあたり何か訊きたいことがありそうだ。しかも、少し顔が赤くなっているので、今さら訊けないようなことなのだろうか。

「遠慮しなくていい。何でも言ってみ」

 そっと、杏奈に助け船を出した。

 すると、杏奈は小さく頷き、よしっ、と呟いたところで俺の方を見る。


「こ、子供はどうやって作ればできるんですかっ!」


 杏奈は精一杯の声量で言った。

 とりあえず、俺は驚いた。ただし、心の中で。

 まずは今までの会話からは考えられないくらいの声の大きさだったこと。少し翻ったこともあってか、危うく鼓膜が破れるほどだった。これについては冷静になって考えることができる。

 しかし、本当に驚いた部分は杏奈の声量ではなく今の質問の内容。


「……こ、子供の作り方、だと?」


 思わず訊き返してしまった。俺の耳がおかしくなければ、確かに杏奈はそのようなことを言ってきたはずなのだ。

 もちろん、俺の耳も杏奈の質問もおかしいわけがなく、杏奈はこくりを頷いた。

「杏奈は君のお母さんである香織さんから生まれてきたんだろ? だったら、俺よりも香織さんに訊いた方が正確に教えてくれるんじゃないか?」

「お母さんは私の分からないことを何でも一生懸命教えようとしてくれるんです。でも、子供の作り方だけはどうしても教えてくれなくて。顔を真っ赤にするんです」

「そ、そうなのか」

 確かに、保健科目の教えるべき内容として入っているわけだけど、教養としては1, 2を争うデリケートなことを杏奈は訊いている。香織さんがどうしても教えず、顔を真っ赤にするというのは分かる気がする。

 そもそも、思春期の女の子って、そういうことに興味でもあるのか? 明日香はそういうことに興味を持っていそうではないけれど。

「それで、俺だったら教えてくれると思ったのか?」

「……はい。遠慮をしなくてもいいと言ってくれたので」

「……言ったなぁ」

 完全に墓穴を掘ってしまったようだ。

 しかし、何でも訊けと言ってしまった以上、どうにかしてこの難問に答えないといけない。でも、内容が内容だけにどう答えれば良いのかが分からない。教え方を間違えれば杏奈の今後の人生にも影響してくるし。

 俺、いつ習ったんだっけ。確か、中学1年か2年の保健の授業だったはず。いずれ習うからとでも言えば杏奈は納得してくれそうだけど、それも後味が悪い。

「あ、あの……答えにくい内容でしたら申し訳ありません。今すぐに知りたいわけでもありませんし、これは大輔さんのお言葉に甘えて言ったまでで……」

「い、いいんだ。母親が答えてくれないことを訊きたがる気持ちは俺にも分かる。でも、明日で良いか? 答えを言うのが難しいし。すぐに纏まらなくて」

「全然構いません。答えてくれるのなら」

「すまないな」

 ある意味で一番情けない展開だが、こればかりはよく考えて答えないといけない。

 最初にして、家庭教師として一番手腕が問われる課題を抱えてしまった。明日にでも、彼女に相談してみることするか。

 もう既に日が暮れていたので、この後すぐに俺は間宮家を後にした。

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