第7話 ヒーロー

あれ、私どうなったんだろう


死んだのかな、でも、何も痛みを感じない


カレンは目をつぶった闇の中で、不思議な感覚に襲われていた。確実に迫っていた斬撃の衝撃が、なぜかこない。


一瞬で死んじゃうと、何も感じないのかな



その時──


かれんの目の前に広がる闇に、一筋の声が通る



「もう大丈夫だ」



かけられたその言葉に、カレンは反射的に目を開く。


眼前に飛び込んできたのは、15年前、そこにいることのなかった大きな背中。


15年間カレンが憧れ、負い続けたヒーローの姿


そしてそれは同時に、カレンのよく知る人物の後ろ姿でもある。


カレンの身長ほどはあろうかという図太い大剣を軽々と肩に担ぐ筋肉質な肉体に、ぼさぼさの髪が夜風でなびく。


そこに立っていたのは──


「……ジーク? ……」


やっとの思いで紡がれたその言葉は、驚きか喜びか、それとも安堵か、カレンは目を細め、その口元はこころなしか綻んで見える



ようやく状況を呑み込み、周りが見えてくると、ゾームの腕が再生を始めているのが分かった。

恐らく目の前に仁王立ちする大男が、手に持つ大剣でぶった斬ったのであろう。


「援護頼むぞ」


ジークからかけられた予想外の言葉に、思わずカレンは目を見開く。


てっきり、さがってろ などと言われるのかと思っていた。


そんなカレンの感情を読み取ったようにジークが続ける。


「なーにぼけっとしてんだ、お前も自分の意志で立ち上がった、ヒーローだろうが」


その言葉に、カレンは全てを受け止め覚悟を決める。そして手に持った銃を、もう一度強く握りしめた。


それを合図に、ジークはゾームを目掛けて勢いよく駆け出し、大剣片手に飛び上がる。


その跳躍力は戦闘服を着ていないにも関わらず、常人の域を遥かに超えていた


ジークは頭上で大剣を両手に握りしめると、ゾームの胸元へと勢いよく振りかざした。


その斬撃は正に空気をも切り裂く圧倒的破壊力で、ゾームにダメージを与える。しかしその皮膚瞬く間に再生し、元の姿に戻っていく。


ジークは攻撃の手を休めることなく、重量感ある大剣を軽々と振り回してゾームにダメージを与え続ける。


その身体能力は、戦闘服を着たどのS級ヒーローを持も遥かに凌駕し、レベル10のゾームまでをも手玉にとっている。


繰り返される圧倒的な斬撃に、カレンが援護する必要は全くと言っていいほどなかった。それどころか、この闘いを楽しんでいるようにすら見える。


──これが四神 これが本物のヒーロー ──


その光景を目の当たりにし、カレンはそんなことを考えていた。



ダイヤが見つかるのも時間の問題。この場にいる誰もが安心感を抱き、ジークの勝利を確信していただろう



しかし────



ジークの斬撃が中央の頭を貫こうとした時、ゾームは不可解な行動を見せる。



後ろに飛ぶようにして、その攻撃を避けたのだ。


「何!?」


思わず1度攻撃の手を休めるジーク。


ゾームの巨体に似合わず身軽な動き。そんなことに驚いているのではない。


「……避けた?……」


その光景を見つめていたカレンは言葉を漏らす。


そう、ゾームは確かにジークの攻撃を避けたのだ


それは従来のゾームではありえないことである。

それが起こったとあれば、絶望どころの事態ではない


なぜならゾームは知能を持たないとされてきた。ただ暴れるだけで、こちらの攻撃に何か対策を講じてくることは無い。


だからこそ人々は今まで、圧倒的力を持つゾームに対抗することができたのだ。


しかし今、ゾームは確かに自らの意思でジークの斬撃を避けた。


それはつまり、唯一人類が勝っていた知能をゾームが持ったということ、人類が対抗する術であったゾームの唯一の弱点が、消えたということになる。


「……そん……な……」


恐ろしい事態を危惧し、無意識にカレンの体は小刻みに震え出す。


「ちっ!」


ジークは再び大剣を握りしめ、果敢にゾームへ飛び込んでいった。しかし、まるでジークの斬撃を見切ったかのように、視界の端でジークを捉えると、軽々地面へと叩き落とした。


それは凄まじい威力で、ジークは勢いよく地面に叩きつけられた。


「ジーク!!」


ジークは何とか立ち上がるものの、今の一撃で既に満身創痍、いや、ジークでなければ確実に死んでいただろう。


今までのジークがゾームを圧倒的に翻弄していた状況、それはあくまでジークの攻撃に対しゾームが反撃をしないという大前提の元で成り立っていたのだ。


しかし目の前のゾームは、攻撃を避ける。それどころか、こちらの攻撃パターンを見切り、反撃すらしてくる。


もうだめだ。この怪物を、誰も止めることは出来ない


カレンは呆然とその場に立ち尽くしていると、ぼろぼろの体のジークが再びゾームへと向かっていく。


そして同じように叩き落とされた。


それでも立ち上がるジークに、ゾームの足が迫る。


かろうじてジークはその大剣で、ゾームの足を止めたが、巨体が乗っかった踏みつけはさすがのジークであってもそうはもたない。筋肉質な肉体は悲鳴を上げ、徐々に押され始めていた。


「ジーク!!」


カレンは叫ぶが、その場から動けない。


援護をしようにも、恐怖で体が固まってしまったのだ。


カレンは悔しさで俯き顔を滲ませる。圧倒的な実力差に打ちひしがれ、絶望をみる表情だ。目の前の光景から、目を背けたくなる。


── その時、極限の状態であるはずのジークの口元が僅かに緩んだ。



「ヒーローがそんな面してんじゃねぇよ」


飛び込んできたその言葉に、カレンが顔をあげる。


「いいか、ヒーローは何があっても俯くな……ピンチの時ほど笑え……何度でも立ち上がって、常に毅然と平然に、ただ命を懸けて……周りの人達を守れ」


ゾームの全体重を支え限界の迫った状況でも、ジークは声を震わせながらはっきりと言葉を紡いでいく。そしてはっきりと笑みを浮かべ、最後にこう言い放った。



「その姿を人は ヒーローと呼ぶんだ」



その言葉がカレンの脳内を駆け巡ると共に、15年前の記憶が蘇る。



──ヒーロー


それは何処からともなく颯爽と現れ、命懸けで人々を守り、名も名乗らずに去っていく


強くて かっこよくて 誰もが憧れる正義の味方


それが ────



「ヒーロー……」


カレンは口の中でその言葉を転がしてみる。


目の前には、今までカレンが憧れ、思い描いてきたヒーローの姿があった。


もう、俯かない。もう二度と、逃げない──


そう思った時、カレンは銃を握りしめゾームへと向けて構えていた。


カレンは目を閉じ、思考をフル回転させる


──大丈夫、落ち着いて考えれば何かが見えてくるはず


目の前のゾームは知能を持っている


じゃあ何で今まで避け無かったジークの攻撃を、あの時だけ避けた?


それは、避ける必要があったから。避けなければいけない理由があったから。


ジークの攻撃が強いと判断したから?いや、違う。


その場所を攻撃されたくなかった。なぜならそこにはダイヤがあったから


そしてその場所は────



──────中央の頭!!



その思考へ辿り着いた瞬間、カレンは銃の引き金へと指を置く。


確実に一発でゾームを怯ませ、ジークにダイヤの場所を知らせる。そのためには寸分の狂いも許されない。


── 大丈夫。今まで何万発と撃ってきた。自分を信じろ


引き金が引かれ、銃声と共に飛び出した弾丸は、空を切り裂き一直線に、中央の頭目掛けて突き進んでいく


そして、1ミリたりともずれることなく狙い通りの場所へと、弾丸が直撃する。


その瞬間、ゾームが怯み足が緩んだのをジークは見逃さなかった。


ダイヤの位置を一瞥し、すかさず足を跳ね返すと、ゾームの体をかけ登って瞬く間に頭上へと姿を現す。

そして大剣を構えた。



「あばよ」



ジークは、ゾームが避ける暇を与えない電光石火の斬撃で、中央の頭を叩き斬る。


ザンッッッッッッッッッッ



そしてはっきりと露になったダイヤを取り出した。

その瞬間、ゾームは活動を停止する


地面へと着地したジークは、肩に大剣を担ぎ、片手にダイヤをもって、いつもの眠そうな表情でカレンの元へと歩いていく。


そしてカレンにダイヤを手渡すと、いつもの淡々とした口調で言った。


「じゃあ俺、他のヒーロー来る前に消えるわ。そんじゃ」

「えっちょっと……!」


そんなカレンの言葉など聞かず、ジークは歩き出す。


そして振り返ることなく片手をあげ、こんなことを言い放った。



「じゃあな、ヒーロー」




カレンは口元を綻ばせ、去っていくその大きな背中を、

いつまでも見つめていた












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ヒーロー @ryuking

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