第6話 葛藤

部屋の後方の1面がガラス張りとなり、町が一望できる一室で、黒いイスに偉そうにふんぞり返りながら煙草をふかす強面な男。


するとその部屋のドアが勢いよく開かれる


バンッ


「社長!!」


息を切らしたカレンは、社長の元へと駆け寄る。


「なぜエントリーしないんですか!!」


「なぜ? 今更すぎる質問だな、カレン=ベルトルト」


社長はゆっくりとイスを回転させ、こちらを振り返る。


「発生地点に1番近いのはうちの会社です!」


「簡単な話だ、今回の討伐には大手もエントリーしている。うちのヒーローが向かったところで漁夫の利を食らうだけだろう」


カレンとは打って変わって落ち着いた様子でタバコをふかす社長に、カレンの熱は増していく。


「時間稼ぎにはなります!! 発生地点の町にはゾームの対策工事が行き届いていません!他会社の到着を待っていては町は壊滅、住民の命も危険に晒されます!うちがいち早く発生地点に向かってゾームを──」

「そんなことしてなんになる?」


身振り手振りで必死にことの重大さを訴えるカレンの言葉を、社長の無機質な声が遮った。


「……え?」


社長はたばこをふかしながら席を立ち上がる。


そしてカレンの耳元へ近寄ると、あまりにも冷徹な声音で、言葉が告げられた。


「利益も出ねぇのに命救って、なんになる?」



失望、落胆、悔しさ、諦め、愕然、驚愕、様々な感情が渦となってカレンの脳内を駆け巡り、体が小刻みに震え出す



カレンはその場にただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。





ウィーン


サニー社の入り口から出てきたカレンの顔は、明らかに青ざめている。俯き気味に歩くカレンはふと足を止めた。その拳は未だに震えている。



わかっていた。いつかこうなることは


命よりも利益を優先することなんて、とうの昔にわかっていたことである


これが今の世の中


これが今のヒーロー


だから仕方ない


必死に、自分自身にそう言い聞かせても、震えが止まることは無い。


世間への怒りか。自分への怒りか。



ふと、ケイトとリノの笑顔が、町の人たちのお礼の声が、カレンの頭を過ぎる。


その刹那、生温い何かが頬を伝うのを感じた。


何一つ守れないで、何が正義だ。何がヒーローだ。


胸が締め付けられ、水滴が頬を伝って次々と零れていく。 いくら我慢しても、溢れ出す。



「レベル10だってなー」


唐突にかけられた聞き覚えのある眠そうな声、やはりその主はジークである。


カレンは俯いたまま、顔をあげようとはしない。

ジークは構わず脈絡のない話を続ける


「発生地点、確かさっきの田舎町だよな」

「……」



「あの建物じゃひとたまりもねぇだろうなー」

「…………さぃ」



「町の人も全滅だなこりゃ」

「…………うるさい」



「もしかしたら今頃はもう──」

「うるさい!!」



ジークの言葉を遮り、声を張り上げたカレンの瞳は、大量の涙で溢れていた。


「あんたに何が分かんのよ!!」


感情を全てさらけ出したその叫びは、暗闇へ溶けた静謐な町に津々とこだまする。


「私だって頑張った……けどだめだった……! 仕方ないじゃない……会社は動かない! レベル10相手に私1人で闘ってもかないっこない! 結局町のみんなは守れないの!無意味なのよ!」


「……無意味……ね」


カレンの悲痛な叫びの余韻が響きしばしの沈黙のあと、ジークが口を開く。


「じゃあ聞くが、お前があの町に対して取っている行動は無意味、自己満足だと分かっているのに、それでも続けるのはなんでだ?」


「それは……」


カレンは再び俯き言葉に詰まる。


「その行動で勇気づけられる、笑顔になる奴がいたからじゃねぇのか?」


核心をつくその言葉に、カレンは拳を強く握り黙り込んだ。


「カレン」


初めてその男から呼ばれた名前に、思わずカレンは顔をあげる。


「お前の憧れたヒーローは、そんな面してたのか?」


その言葉がカレンを貫くと共に、リノの言葉が脳内を駆け巡った。


──お姉ちゃんはリノの憧れのヒーローだもん!



その瞬間、涙を拭い、何かを決心したカレンの足は動き出していた。


ジークの横を駆け抜け、田舎町へ向かって、勢いよく走り去っていく。


「やればできんじゃねぇか」


闇へ消えていくカレンの背中を見届けるジークは、それだけ呟くと、カレンとは別の方向へと去っていった。





ヴォオオオオオオオオオオオオオオオ


一際気高い雄叫びをあげる怪物。その風貌は正にゴジラを彷彿とさせ、更にその頭は三つ存在する。その姿は一目見ただけでトラウマになるほどの恐怖と迫力を帯びていた。



「大丈夫、大丈夫よ」


家の中では、恐怖に怯えるリノとケイトをピートが抱き抱え、必死に声をかけていた。


リノとケイトは恐怖のあまり体が震え、涙すら出ない。



バキバキバキバキ


その時、不吉な破壊音と共に、ゾームの振るった一撃がピート達の避難する家の屋根を無残にも吹き飛ばした


3人で身を寄せ合うピート達の姿が露になる。


その戦慄に腰が抜け、動くことすらままならない。


ゾームが3人を標的に捉えた。


──もうだめだ


ピートはわが子を強く抱き締め、目をつぶる。



──その時


パァンパァン


銃声と共に弾丸がゾームの顔面を直撃し、ゾームの動きが止まった。そしてその銃撃の先へと体を向ける


そこには銃を構えたカレンの姿があった。


ゾームと目が合う


その瞬間、カレンが感じたもの、それは……



────絶望



無理だ。勝てない。死んだ。



自分を目掛けて振りかざされるゾームの図太い腕に、カレンは1歩も動こうとしない。


その光景を第3者として見ているように、何故か落ち着いている。


圧倒的な恐怖、圧倒的な力量差は、逃げるという感情すら奪うのだ。


──私は最後に……ヒーローになれたかな……


その腕が徐々に自分へと近付いてくるのを視界に捉え、カレンは口元を綻ばせながら、ゆっくりとその目を閉じた。











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