第5話 笑顔
ウィーン
仕事を終えたカレンが、何やら疲弊した様子で溜息をつきながら、サニー社の自動ドアから出てくる。
鳥型ゾームの討伐を終えたカレンは、サニー社までの道のりでウィンのご飯の誘いをひたすら断り、つい先程も仕事を終えてしつこく言い寄ってくるウィンを巻いて出てきたため、何故だか精神的に疲れていたのだ。
俯き気味にとぼとぼと歩くカレンは次の瞬間、思わぬ人物との遭遇に更に深い溜息をつくこととなる。
「お、白パンじゃねーの」
この感情のこもらない眠そうな声、
やはりその声の先にいたのは、ボサボサの頭をかくジークであった。
「だからその呼び方やめろっつーのこの変態!!」
先程まで元気のなかったカレンは反射的に声を張り上げる。
どうやらカレンはジークの前だとムキになってしまうらしい。
「……なんでこんなとこいんのよ」
「んー?バイトクビになって途方に暮れてた」
こともなげに淡々と言う。
その態度を見るに恐らくジークにとってその事態は、日常茶飯事に過ぎないのであろう。
もっともどんな災難が降りかかれば、この男は焦り落胆するのか、さっぱり想像もつかないのだが。
例え今日人類が滅亡すると告げられても、ぼけーっと眠そうにボサボサの頭をかいている気がする。
──どうやらバイトをクビになった理由を端的に述べると、
ラーメンに髪の毛が入っていたとしつこくクレームをつけてくる客の顔面にラーメンをぶちまけた
ということらしい。
……あほすぎる。呆れてものも言えないとは正にこのことであろう。
「そういえばあんた、さっき鳥型ゾームの発生地点にいた?」
「ああ、いたぜ。お前もあの天パの兄ちゃんも中々やるな〜」
「やっぱり……」
カレンは何故か安堵のため息を漏らす。それと同時に見られていたことになんとなくいらついてきた。
「それじゃ」
カレンは腕時計を見るなり唐突に別れを告げると、足早に歩き始める。
「ん?これから用事でもあんのか?」
「別に用事って訳じゃないけど…」
時刻が18時を周り、辺りは薄暗くなり始めていた
カレンが向かった先は、開けた中心地から少し離れた、町というよりは村といった規模の住宅地だった。
周りは自然で囲まれており、一言で言うなれば
田舎 と言ったところであろう。
住宅等の建物も、中心地はレンガや石造りで強度が重視されているが、ここでは災害が来たら簡単に崩れてしまいそうな簡易的な木造りである。
「こんなとこきて何すんだ?謎だな〜」
「あんたがついてきてる方がよっぽど謎だけどね」
ちゃっかり後をついてきたジークにカレンは諦めの含んだため息を落とし、村へと歩いていく。
すると住宅の中から6歳ほどの子供たちが飛び出し、カレンの元へと駆け寄ってきた。
「お姉ちゃん久しぶり〜!」
「久しぶり〜!」
兄妹と見られる子供たちがカレンの胸元へと飛び込んでくる。
「久しぶり、リノ、ケイト。いつもお出迎えしてくれてありがとね」
カレンは2人の頭を撫でて笑顔でいう。
「うん! だってお姉ちゃんはリノの憧れのヒーローだもん!」
無邪気に笑うリノに、カレンの口元が綻んだ。
その光景を斜め後ろでまゆを潜めて眺めるジークが口を開く
「……隠し子か?」
「違うわ!」
カレンは反射的にツッコミを入れた。
「この人お姉ちゃんの彼氏〜?」
「違うわ!」
ジークを指さすリノにカレンはチョップしながらつっこむ。
どうやらカレンはジークといるとキャラが崩壊するらしい。
すると、子供たちの後から出てきた少し歳のいっている1人の女性がカレンに話しかける。
「いつもありがとうねカレンちゃん」
「ピートさん、いえ、私が勝手にやってることなので。
それじゃあ今日も見させてもらいますね」
そんな会話を交わすと、カレンはメモ帳を手にし、住宅を隅から隅まで見てまわり始めた。
そのかれんの姿をジークはぼけーっと見つめていると、ピートが声をかけてくる。
「あなたは……カレンちゃんの知り合いの方?」
「んーまあそんなとこです」
ぽりぽりと頭を掻きながらジークは答えた。
「ところであいつは何を?」
ジークは熱心に住宅を見て回るカレンに目線を移して問う。ピートは1度思いにふけるように下を向くと、説明を始めた。
「カレンちゃんはね、ゾームの対策工事が行き届いてないこの田舎町の様子を、定期的に見に来てくれてるの」
「ほぇ〜あいつがそんなことを」
「私にはこれくらいしかできないんでってカレンちゃんはいつも言ってるけど、その笑顔がどれだけみんなの支えになってる事か。あの子のおかげで、この町は救われてるわ」
カレンの行為がどれだけ町の人を勇気づけているか、それがピートの笑顔からひしひしと伝わってきた。
薄暗い闇に包まれながら、懐中電灯を片手に真剣な眼差しで調査を続けるカレンの姿を、ジークはただ黙って見つめていた。
「一応終わりました。またこの調査を元に報告書作って、工事の申請願い出してみます」
一時間近くの調査を終えたカレンの顔は泥や土で薄汚れていたが、その表情は晴れ晴れとしていた。
「本当にありがとうね」
ピートの言葉を合図に、総出で見送りに来ていた町の住人が頭を下げる。
「お姉ちゃんまたね〜!」
「またね〜!」
リノとケイトが元気よく満面の笑みで手を振った。カレンは笑顔で手を振り返す。泥だらけの顔をしたジークが、その後ろで眠そうに頭をかいている。
2人は町の住人たちに別れを告げ、町をあとにした。
「お前、こんなことしてたのな」
帰り道、ジークから唐突にそんな言葉が向けられる。
ピートの話によると、カレンは他にも似た境遇の田舎町で、同じことをしているらしい。
「何よ、笑えば?」
「はっはっは」
「ばかにしてんの!?」
声を張り上げていたカレンは、突然悲しそうな顔を浮かべ、俯く。そして小声で言葉が紡がれた。
「……私がいくら報告書出したって、申請してくれるとは限らない。私がやってることは自己満足かもね。
こんな世の中で正義感振りまいて、自分だけは正義でいたい、結局は自分のためにやってるのかもしれない」
消え入りそうな声で呟かれるそれは、紛れもなくカレンの本音だった。
「いいんじゃねーの」
「……え?」
反応してくるとは思わず、咄嗟にカレンはジークの方を向く。
「自分のためだろうがなんだろうが、誰かが笑顔になってる、それでいいんじゃねーのか?」
ジークはこちらを向かず、淡々と述べる。その意外すぎた言葉にカレンはしばらく呆気に取られていたが、暫くすると口元を綻ばせた。
「……何かあんたに言われるとむかつくわね」
「なんだとこら」
「あははっじゃあね」
2人はいつの間にか中心地へと戻ってきていた。珍しく無邪気に笑うと、カレンはジークに別れを告げて去っていく。
気づけばすっかり日は沈み、建物の明かりで町は煌びやかに輝いていた。カレンはどこか満足気な面持ちで、
家路へとつく
────その時
突如静寂に満ちた町中にサイレンが鳴り響いた
ウゥーーーーーーーーーーーーーーーー
《4ー6地点でレベル10の哺乳型ゾーム発生》
それは近年稀に見るレベル10。最強レベルのゾーム発生を告げるアナウンス。
しかしカレンがすぐさま反応した理由はそこではない。
「……4ー6……?」
その数字が示す地点、それは正に先程カレンが訪れた田舎町の地点と合致していた。
そしてその地点から最も近いヒーロー会社、それはカレンたちのサニー者である。
カレンは腰元の銃を握りしめた。勿論いけと言われれば準備はできている。カレンは無線で社長の支持を待った。
──しかし
「……え?」
入った連絡、それは、サニー社はこの討伐にエントリーしないというものだった
これがほかの地点であれば、そこまで危惧することではない。
しかし、今回の討伐はだめなのだ。最も近いサニー社がエントリーしなければいけないのだ。
なぜなら、ゾームが発生した地点にある田舎町は、建物の対策工事が行き届いていない。
ただでさえ中心地から離れた場所に位置するため、サニー社意外のヒーローが駆けつけるには時間を擁する。
ましてやレベル10とあっては、ヒーロー到着を待たずして町は壊滅するだろう。
だからと言って、会社の指示なしにゾーム討伐を行うことは会社への謀反行為とみなされ、確実にクビがとぶ
「っ……!」
激しい葛藤が繰り広げられる。カレンの頭には、リノとケイトの笑顔が蘇った。
──お姉ちゃんまたね〜!
──またね〜!
その瞬間、カレンはサニー社へと走り出していた。
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