第3話 鍛治職人の女

カレンが向かったのは、街の中心地に広がる広場だった。ヨーロッパを模したような街並みが広がり、中央には噴水が吹き出ている。

その噴水の手前に置かれた強固な長方形のガラス。その中には四つの仮面が並べられていた。


その仮面はかつて四神たちがつけていたものである。今は亡き四神達への弔い、そしてこの星の平和の象徴として、中心地に置かれているのだ。


その仮面の前で、カレンは目をつぶり、祈るように手を合わせる。まるで過去に思いを馳せるかのように。


──時刻は16時半


カレンの街がゾームに襲われ、そして四神に助けれた時刻である。カレンは毎日この時間に、四神への感謝を捧げることに決めていた。


「あなた方は本当に、お亡くなりになられてしまったのですか……」

目を閉じたまま、消え入りそうな声でそう呟く。


しかしその答えが返ってくるはずもない


辺りは徐々に薄暗くなり、静かに日が沈もうとしていた




──翌日

「いやーいい天気だな〜」

太陽の下で、ケビンが思いっきり伸びをする。ケビンは見た目は秀才であるが、中身は中々活発なやんちゃ坊主である。

「3人の休日が被るのは久々だね」

おしとやかな雰囲気を漂わせるサラがニコリと笑った。その服装は麦わら帽子にワンピースと、どこかのお嬢様を匂わせる。その隣ではカレンが何故かクールを気取っていた。

「私は別に休日なんかいらないけどね」

「もー私たちの前でくらいクールでいなくていいのに、高校からの同級生なんだから」

サラはムスッと頬を膨らませる。

「そうだぞカレン、無理すんなって」

「なっ!別に無理してなんか……!」

やはりそう言い返すカレンの頬は赤く染まっていた。

「なあそれより早くいこーぜ、俺の新しいパートナー探し!」

そう言って無邪気に駆け出すケビンの後を、2人は顔を見合わせ微笑を浮かべ、追いかけていった。


──ヒーローにも不定期ではあるが、休日というものが存在する。流石に全員が一斉に休日を取ることは不可能なため、会社内でローテーションで休日をとっていくのだ。

ヒーローの仕事はゾーム討伐だけではない。当然ではあるが、年がら年中ゾームが発生する訳では無いため、大半は武術、武器の鍛錬や強化、ゾームの生態調査、解析、街の見回りなどを行う。そこにゾームが発生した際は討伐が組み込まれるという仕組みなのだ。

しかし休日とは言っても、いつゾームが発生するかは分からない。基本は休日のヒーローを討伐に向かわせることはないのだが、緊急事態に備え、常に装備を怠ってはならないのだ。3人が休日なのに武器を装備しているのはそういった理由である。



3人が向かったのは鍛冶屋だった。鍛冶屋とは、ゾーム本体の素材を使って鍛治職人によって作られた武器が立ち並ぶ店のことを指し、ヒーローにしばしば利用される。


ヒーローには、武器を一つ持つことが認められている。

その武器のタイプは大きく分けて四種類存在し、

超近距離型の大剣 中近距離型の細剣

中距離型の鞭 遠距離型の銃

となっている。

これらは、かつて四神が使用した武器に因んでいるのだ

勿論どの武器を使うにしても、全ては日頃の鍛錬あってのものではあるのだが、デザインや攻撃力、研磨度や強度などが鍛治職人の腕や使われたゾームの素材によって微妙に異なってくるため、武器選びと言うのは非常に重要性を帯びてくる。


ちなみにカレンは銃、サラは細剣、ケビンは大剣である。


そして街にはいくつかの鍛冶屋が存在する。マルチで売られている店、大剣専門、鞭専門など様々なのだが、どの店でも武器購入にはヒーローライセンスを擁する。武器の所持はヒーローにしか許されていないため、その他の人々への流通を防ぐことが目的である。


3人が入っていったのは細剣の専門店。そこには様々な形や大きさの細剣が数多く並べられていた。

「武器変えるの?ケビン」

カレンの問いにケビンが背中の大剣を触りながら答える

「ああ、ちょい名残惜しいけどさ、休日もこーやって持ち歩くってなると重いんだよな。でも剣術は生かしたいから、細剣にしようと思ってさ!」

ケビンは目を輝かせながら目の前の細剣を眺めていく。武器は自分のパートナーとなるものだから、やはりヒーローにとって武器選びは幾つになってもワクワクするものなのだ。


「うん、便利だよ細剣は。こーやって持ち運びも軽いし、少し攻撃力にはかけるけど、私みたいに非力でも使いこなせるしね」

サラはおっとりとした口調で、腰についた細剣を見せながら言った。



結局その店では何も買わずに店を出た3人は、再び街を物色する。


「なんかこれだ!って買おうとすると、後ろのこいつが泣いてるみたいで中々手放せないんだよな。なんだかんだ2年の付き合いだしな〜」

「昔っから優柔不断だよねーケビンは」

「ほんと」

背中の大剣を撫でるケビンに、サラとカレンが呆れ混じりの微笑を浮かべていると、ふとカレンが狭い路地を見つけた。


「あれ?こんな道あったっけ」

覗いてみると、そこは薄暗く退廃的で、なぜか少し不気味である。

そしてその薄暗い道の先には、ほんの少しの明かりが灯っているように見えた


──何かのお店だろうか?


そんなことを考えていると、同じくその路地を覗き込んでいたケビンが口を開く。


「なんか面白そうだし行ってみようぜ」

「え……」

「そうだね、もしかしたら鍛冶屋かもしれないし」

ケビンの言葉に眉を潜めたのはカレンだけだった。恐らくサラのその言葉は建前であり、本音は興味があるだけだろう。

なぜ2人はこんなに探究心が強いのか。


そんなことを考えていると、ケビンはすでに路地へと足を進めていた。


その後を、さり気なくサラの袖を掴みながらついていくカレン。平然を装っているが、実はカレンはこういった薄暗い不気味な場所が苦手なのだ。


要はオカルト嫌いということである。しかし本人は絶対にそれを認めたがらないのだが、


路地を進んでいくと、そこには一つの看板が出ていた。明かりの正体は恐らくこれであろう。

その看板には確かに鍛冶屋と書かれている。

3人が顔を上げると、前にはレトロな哀愁を漂わせるこじんまりとした店が佇んでいた。


「お、ビンゴだ!もしかしたら隠れた名店かも」

何故かテンションの上がるケビンを白けた目で見つめるカレン。

「……ほんとに入るの?」

「何言ってんだここまで来て、当然だろ」


そう言ってケビンが入口と思しきドアの取ってに手をかけたその時、そのドアが内側から乱雑に開かれる。


「ひ、ひぃい!」

中からは、チャラついたアクセサリーやピアスをつけた若者が青ざめた表情で逃げるように出てくると、入口の階段につまずき、手を着いて転んだ。

腰には銃が備わっているため、ヒーローなのであろう。


その開かれたドアから姿を見せたのは、すらっとモデルのような高身長の女性だった。

露出度の高い服にはち切れんばかりの胸元、その体型はまさに──ボン・キュッ・ボン

どこをとっても男が釘付けになるようなスタイルである。

腰あたりまで伸びた艶のある黒髪に鋭い目つき、そして手に持っている何やら細長いしなるものは恐らく鞭であろう。

その視覚から得られる情報の全てが

──ドS美少女

それを彷彿とさせる。


バシンッ

その女性は鞭をしならせると、胸を揺らしながら地面に手を付き怯える若者の方へ歩き出した。


「いいかい、こっちにだって客を選ぶ権利はあるんだよ」

そして若者の前に顔を突き出すと、鬼のような形相で吐き捨てる。

「とっとと失せな、このグズ男」


その様子をただ呆然と見つめていた3人は、背筋が凍る。若者は泣き目になってその場から一目散に走り去って行った。


もしかしたらチビってるのではないだろうか


すると唐突に女性の顔面がこちらを向いた。体をびくつかせる3人。


「あら、これはまた可愛いお客さんたちね」


先程とは打って変わって優しい表情を浮かべるが、そのベロが、ぺろっと何かを舐めるように出されたのを目にした時、何故か強烈な悪寒が走る。


──次の瞬間


「うわぁあああああああ」


唐突にケビンがその場から声を上げて逃げ出した。それを口火にカレンとサラも後に続く。




「あら、逃げちゃった。残念」

唇に人差し指をおき、わざとらしく残念がる女性は、何やら不気味な笑を浮かべると、店の中へと入って行った。


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