第2話 理想と現実
「最っっっっっ悪」
憮然とした表情で、サニー社の入口付近の柱に手を付くカレン。ため息混じりに落とされたその言葉は何故か少し震えている。
ジークの授業は始まりこそ調子がよかった。その内容がカレンの脳内に蘇る。
「えー皆さんご存知だとは思いますが、ゾームはまず第一にでかいです。そして生身じゃとても勝てない。ですが奴らには知能がないのでただ暴れてるだけ。こっちの攻撃を予測したり避けることはできません。えーじゃあ楽勝だと調子に乗る人もいるかも知れませんが、ゾームは体内のどこかに隠れている‘ダイヤ’を取り出さなければいくら攻撃しても再生します。無意味。
しかーし、それは逆に言えば‘ダイヤ’さえ取り出せば言い訳です」
淡々と覇気のない眠そうな口調で語られた内容は、意外にもまともなことである。ジークは説明しながら何やらホワイトボードに書いていたが、絵心が壊滅的すぎて、
恐らくゾームと思しきその絵は丸焦げになったホットケーキにしか見えない。
しかし次に放たれた言葉に、ヒーロー達は釘付けになった。
「えーでは今から、ダイヤを見つけるコツを教えます」
それはまさにヒーローが喉から手が出るほど知りたいもの。
何故なら、いくらゾームに攻撃を加えようと、最終的にダイヤを取り出した会社がゾーム討伐の報酬を得ることができ、更にはゾーム本体の所有権も獲得することができる。つまりダイヤを見つける事が出世にも利益にも繋がるのだ。
ヒーロー達は息を呑んでその言葉の続きを待つ。
「君たちはなぜ、防御力や跳躍力が格段に上がる戦闘服を着ているのか、なぜ対ゾーム用の特殊な武器を持っているのか、更にいえばなぜ周りの建物は頑丈に強化されているのか、という事です」
ぼさぼさの頭を掻きながら告げられたその言葉の真意を汲み取れず、ポカンとするヒーロー達。ジークは構わず続ける。
「つまり君たちは簡単には死にません、多少暴れた所で建物も壊れません。なのでひたすら気合いでぶつかっていけば、ダイヤはいずれみつかります。多分。」
そんなのコツって言わねぇだろぉおおおおおおお
期待を裏切られ肩を落とすヒーロー達の心の叫びが、今にも聞こえてきそうだった。
「今どき気合でなんて感情論に訴える奴がどこにいんのよ!あーむかつくあの変態!」
ぶつぶつと愚痴をこぼすカレン。しかしムカついていたのはそれだけではなかった。
正直言ってサニー社の特別授業の講師はあんなのばかりだ。他の会社は、大会社のエリートヒーローや名のある元ヒーローなどを講師として迎えているにも関わらず、サニー社は毎回どこの馬の骨かも分からない怪しさMAXの元ヒーローがやってくる。
恐らくその理由は、雇い金が安いからだろう。有名所に頼むとなると、それなりの資金を有する。
サニー社の社長は利益への執着が強く、金にならないものはとことん切り捨てるのだ。
そのケチ社長にカレンは入社2年目にして腸が煮えくり返っていた。
そのやり場のない日頃の鬱憤の矛先も、ジークへと向いたのである。
するとそのカレンの前を、恐らく社長室で給料を受け取ってきたのであろうジークが封筒を覗き込みながら歩いていく。
「おいおい、安くて言いっつったけどこれは安すぎんだろあのケチ社長」
ぶつくさと文句を言うジークに気付いたカレンが声を上げた。
「あ!あんたは……」
「おーまた会ったな白パン」
「だからそれやめなさいってば!大体あんたのせいで、私が今まで必死に築き上げてきたエリートクール美少女のイメージが崩れたじゃないの!」
子供のように顔を赤くしてムキになるカレンに、相変わらずマイペースな返事を返すジーク
「知るかそんなもん。大体うさちゃんのぱんつはいてるやつのどこがクールだよ」
「なっ……それは言うなぁ!この変態!あほ!まぬけ!」
まるで子供のようにからかわれるカレンは、涙目で必死に言い返す。
「あ、じゃあお詫びに奢ってやっからちょっと付き合えよ」
ジークは右手でクイッと何かを飲むようなジェスチャーをした。
「…………は?」
カレンは怪訝そうに眉を潜める。
「ぷはぁ!やっぱ酒は最高だな!」
大ジョッキを豪快に一気飲みするジーク。その酒場はまだ16時近くだと言うのに賑わいを見せていた。
ジークの隣ではカレンがオレンジジュースを飲んでいる。
私のばかぁああああああああ
なんできたんだ。よりによってこの変態と。
心の中でそう呟き、過去の自分を恨んだ。カレンは奢りという言葉にめっぽう弱いのだ。
「なんだ白パン、オレンジジュースかよ」
「あんたと違ってまだ仕事があるんで。それに私は白パンじゃなくてカレンよ、カ・レ・ン」
「めんどくさいから白パンでいいだろ」
「良くない!!」
そんな他愛もない会話をしていると、酒が回ったのか急にジークが踏み込んだ質問をする。
「なあ、なんでヒーローになったんだ?」
急な問いかけにカレンはジークの方を振り向き、訝しげな顔を浮かべた。
「……何急に」
「別に、興味本位だわ」
「……あんたにいう必要ないでしょ」
「うわ、可愛げねーなー」
そう言って酒を飲み進めるジークの横顔をしばらく見つめていると、自然とカレンの口から言葉が漏れる。
「四神に助けられたの……小さい頃」
その言葉にジークは特に反応は見せず、黙っておつまみの枝豆を口へと運ぶ。
「ゾームに町が襲われた時、5歳だった私は怖くてただ震えてた。目をつぶって、ああ、ここで死ぬんだって」
──なんでこいつにこんな話してるんだろ
その心の声を無視し、カレンは続ける。
「その時、四神の1人が来てあっという間にゾームを倒したの。その間もずっと目をつぶってたから、音しか聞こえなかったけど。そして目をつぶってる私の頭を撫でて、こう言ったんだ」
「もう大丈夫だ…………って」
相槌を打つわけでもなく、ただ黙ってジークはカレンの話を聞いていた。
「おっきくて、あったかい手だったなぁ……」
そんな心の声が漏れ出す。それが声に出ていたことに気付いたカレンは微笑を浮かべると、話を続けた。
「その後目を開けたら、もうそこには誰もいなかった。
よくある話かも知れないけど、単純に憧れちゃったんだよね。あぁ、これがヒーローなんだ、私もこんな風になりたいって」
そこまで話すと、カレンはオレンジジュースを口に運び一息つく。
「まあその時は、ゾームの本体が解析されて、ダイヤの存在が明らかになって、ヒーローが職業になるなんて思ってもなかったんだけどね」
自嘲気味なその笑みに、黙り込んでいたジークが口を開いた。
「まあよかったんじゃねぇの?夢が叶って」
その口調は今までと何ら変わらず、気だるげで眠そうである。しかしその言葉にカレンは俯き、黙り込んだ。
「なんだー?嬉しくないのかよ」
その様子にジークは怪訝な顔を浮かべる。カレンはしばらく何かを考えるように黙り込むが、やがて口を開いた
「確かに夢は叶った、だけど少なくとも今のヒーローに、正義感なんてものは存在しないわ」
その言葉にはどこか諦めが含まれているように感じる。
「ジーク· · ·って言ったっけ?あんた元ヒーローなの?」
「まーそんなとこだな」
「それならあんたもゾーム討伐のシステムは知ってるでしょ?ゾームが発生したらまず一番に、ヒーロー本部へ情報が入る。本部はそれを元にゾームのレベルと報酬金額を設定して、全てのヒーロー会社へ一斉送信する。各会社の社長はその討伐にエントリーするかを判断して、エントリーする場合はゾームのレベルに見合うヒーローを送り込む。報酬金額の高い討伐はもちろんエントリーする会社も多いから、正に利益争奪戦ね。更にダイヤを獲得した会社は、武器や戦闘服の強化に使えるゾーム本体の所有権も認められるから、必死になってダイヤを狙う。他会社の妨害は当たり前、誰も町の人を助けようなんて気は無いわ」
淡々と述べられるカレンの言葉には、怒りか、悲しみか、失望か、それとも全てか。様々な感情が入り混じっていた。
「更にいえば、このシステムだと会社はゾーム討伐に不利益が被ると判断すればエントリーしないことも出来る。それはつまり町の人の命よりも、利益を優先させるってことなの。ヒーローは指示なしでの戦闘は認められてないから、会社の言いなりになるだけ。正に社畜ね、私の描いた理想像とは全く違う。でもこれが現実」
そこまで言うと、カレンはため息混じりに消え入りそうな声でこう呟く。
「今のヒーローを四神が見たら、どう思うんだろう」
悲しそうな瞳で落とされたその言葉は小声ではあったが、確かにジークの耳に届いていた。
「あ、そろそろいかなきゃ!」
すると今までの湿った空気を吹き飛ばすように、腕時計を見たカレンは声を張り上げる。
「こんな時間から仕事か?」
ジョッキを片手にジークが問う。それはもう3本目に突入するのではないだろうか。
「いや、仕事って訳じゃないけど。とりあえずご馳走様!」
そう言うとカレンは足早に酒場を出ていった。
一人残されたジークは、酒を口へと運ぶ。
「今でもいるんだな……あんな奴が」
小さく呟かれたその口元は綻び、何故か少し嬉しそうだった。
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