第七章…「その大切なモノは。【2】」


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 この世界での嵐はどれだけ強いというのだろうか。

 ある意味興味が尽きない話だ。

「嵐の強さも心配ですが、あとは出るモノが不安で」

「出る?」

「はい。そのモノが通った場所は、建物は崩れ、人は命を奪われる。昔からある話の1つです。ある者は生物の頂点に立つといい、またある者は竜種の祖先たる竜の血を授かりし生き残りと言う」

 それのどこが嵐だというのか、ゲームで嵐を起こすドラゴンがいたりするけど、その類の何かか?

 現実で見たモノが再現される…、まさに夢の世界って感じだな。

 あいつの角を破壊するのは大変だった…。

「嵐は魔物を呼び寄せる、または魔物が嵐を起こす…、なんて言われています」

「でもそれはあくまで昔話では?」


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「昔話とは、過去を生きた人達が、今に至る時間と言う道を忘れないために作るモノですよ。全てがそうとは言えませんが、それでも昔話には過去の経験が含まれています」

 悪さをした山賊を倒す話を、鬼と桃の侍で例え話を作ったのと同じ流れだろうか…と言うか、昔話自体、子供に大切な事を教える道具として使われるし、トフラの言いたい事はそこにあるのだろう。

 面白さを追求された話ではない、昔からある話には教訓として汲み取るべき意味を含んでいると。

「あと、嵐は大体…ですが、来る時期が決まっています。そのほとんどがちょうど魚が取れなくなる境目に集中している」

「取れなくなる…、あの捕食者のせいで魚がいなくなるっていう?」

「ええ。だから昔の人達は、その存在が来る前触れとして嵐を恐れました」

「トフラさんは、その捕食者を見た事があるの?」

「はい、この目がまだ色を…光を失っていない時に何度か」


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「じゃあ、実在はするのね…」

 昔話で分かりやすい悪役として鬼を使うのと同じように、単純な恐怖の象徴としての存在と思ったけど、その考えは外れか。

 実在するというソレを見たいと思う反面、絶対に会いたくないと思う自分がいる。

 まぁ、捕食者…、フィアの言っていた魔力が無くては生きていけない存在は、彼女から昔話として聞かされた訳じゃないし、いない…存在しないという考え方の方が間違っていただろうけどさ。

「じゃあ、後はその捕食者が出てこない事を祈るだけか…」

「そうですね」

 話をしているうちに、先ほどまであった院長のわずかに曇った表情も消え、いつもの優しい微笑みを取り戻した彼女。

 話をした事でリラックスできたのか、自分がその力に少しでもなれた気がして嬉しい。


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 話に区切りがついて、片手間に進めていた作業に本腰が入っていく。

 まぁ作業と言っても、話をしながらでもできる片手間な作業な訳で、その内容は至極単純、花の受粉をしているだけだ。

「うぉっ」

 おそらく子供でもできる作業の最中、左肩へ唐突に何かが乗る。

 それ自体さほど重い物ではなかったから、体勢を崩すという事は無かったが、危うく触っていた花をむしってしまう所だった。

「にぃにはこれ」

 何があったのかを確認するよりも先に、耳元から聞こえてくる妹の声。

 それと同時に左耳の上へ、差し込む様に何かが乗せられる。

「あら、似合っていますよ。リータさん」

 何が起きているのかはわからないけど、今の私を見てトフラは褒めてくれた。

 頭に?マークを浮かべている私は、何があるかわからない耳へと手を向ける。


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 妹や院長の口ぶりから、いたずらの類ではないし、そんな事をしてこないだろうとわかってはいたけど、この場にシュンディがいるという事実が私を疑心暗鬼にさせた。

 恐る恐る耳の方に向けた手が触れたモノ、それは小さな花のようだ。

 ちょうどヘアピンとかに使われる程の大きさの花が乗せられている。

「あ、ありがとう」

 正直、俺としては嬉しいという感情が沸くはずも無いのだが、今の私は頬がわずかに火照って、思わず口元が緩んだ。

 私としては嬉しい贈り物だったようで、ぎこちないけど、素直にお礼を口にできた。

 テルの肩に文字通り立つような形で、私の耳元に手を届かせたリルユを、危ないからとすぐに下ろさせる。

 小さいながらにやったその行動力には驚く、そして危ないだろと怒る場面ではあるけど、何故かその言葉、叱りの言葉を口にする気にはなれず、そんな自分の感情をどこかへと捨て去る様に、リルユの頭を撫でた。


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「あのね、しゅんでぃーちゃんがね、そのおハナは、うりものにならないからね、あげるって」

「そう、ありがとう。あなたもね、シュンディ」

 まぁ妹たちは勝手に花を摘んでプレゼントしてくるような悪い子じゃないし、誰かから貰ったモノだろう…と察しがつく訳だが、その相手がシュンディと言うのは少々驚きだ。

 彼女もまさか自分があげた花が、私の所に来るとは思っていなかっただろうな。

「うっさい! あんたにあげたつもりは毛頭なかったっての!」

 案の定、彼女から飛んでくる言葉は予想通りのモノだ。

「別に恥ずかしがる事ないじゃない」

「恥ずかしがってるんじゃね~よ! 鬱陶しがってるんだよ!」

 どうあっても、私からの言葉を受け取ってくれる気はないらしい、それはそれで悲しいが現状はこれが限界か。


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「リータさん、ちょっと手伝ってもらってもいいですか?」

 喧嘩ではないが、シュンディが今にも噛みついてきそうな声を上げる中、トフラは花園の奥へ行き何かを取って戻ってくる。

 その手には神秘的とも思える花が持たれていた。

 チューリップのような形の花を咲かせ、下を向くように垂れた花、大きさは手のひらサイズで可愛らしい、何が神秘的かと言えば、一言で言えば、光っていたのだ。

 白い花弁が、かろうじて光っているとわかる程度に光を帯びている。

 本当に僅かな光で、その程度かと思う程ではあるけど、そもそも光っている事自体に驚くので、その程度と思ってしまうのは混乱の表れだ。

「これは試作品の花です。流印が無くても長く咲き続ける花とは別のモノ。いずれは夜の島を光る花で照らせたらと考えています」

「それはすごい」


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 何から聞けばいいかわからず、見事に語彙力が低下したというか、言葉が全く出てこなかった。

「キレイだーっ!」

   「きれいだーっ!」

「うん、綺麗」

 弟達の言葉に釣られるように同じ言葉を並べる。

「リータさんは、夜の道が歩きにくいと思った事はありませんか?」

 軽く花に魅入る形になっていた私に気付いたか、それとも何をどう話せばいいのか、言葉が見つからない状態だという事に気付いたか、とにかくトフラは私に問いかけた。

 その花の不思議さに呑まれていた私の思考が、ようやく別の方向へと動き始める。

 夜の道か…、昔の人間並みに、暗くなれば寝る、家の中で何かをする、そんな生活が基本のこの夢の世界で夜の道と言われても…。


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 まぁそういう生活になるのには、それなりの理由があるというやつだ。

 夜の道がどうかと言われれば、ただ一言、暗い…と言う言葉しか出てこない。

 月明かりとか家から洩れる光のおかげで、歩くのに不自由はないんだけど、それでも水路が至る所にあるせいで、その暗さが牙をむく事もあるだろう。

 夜に家から出ないのは、夜だからと言って何か変わった娯楽が外に広がっていたりする訳じゃないからだが。

 とりあえず夜の世界には何もないのだ。

 だから私は思った事をただ口にする。

 やる事もなければ見れるモノもない、あるとすれば視界の悪い事で生まれる危険だけだ…と。

 そして、そんな私の言葉に院長は頷く。

「そう。私はそんな昼間と比べて何もない夜の世界を照らしたいと思っているのです。私が花を作って売るのは、もちろん孤児院の為でもありますが、それだけでなく、その花によって国の皆が明るくなり、国自体が色とりどりの花で飾られる事も願っているのです」


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 今のままでも、水の国と言えるだけ綺麗な国ではあるけど、それは俺の感性であって、この世界で生きる人のソレではない。

 そんな人たちにとっては、見慣れて彩の無い場所に見えているのかも…。

 だからそんな世界に彩を添えたい、公園とかでも花壇があるかどうかで見え方が変わってくるし、そういう文字通り「花」と「華」を求めているのか。

 そういった事を私は考えた事が無かったけど、こういう人がいるから色んな方向から国が豊かになっていくんだなと、勉強になる。

「といっても、まだまだ先は長いですが」

「それでも、やろうと動いているのは素晴らしいですよ」

 はにかんで自分の夢を語る院長にフォローを入れるように、私は言葉を付け足す。

 それに答えるように頷く彼女は、孤児院の院長と言うより1人の夢を抱く女性だった。

「この子の話はこの辺にして、リータさんに手伝ってほしい事があるのですが、いいですか?」


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 ここでようやく話が戻る訳か。

 長くはあったがためになる話だったな。

「弟さんたちが帰ってしまう前に、何か贈り物ができないかと思いまして」

 そう言って、トフラは贈り物はこれだ…と言わんばかりに、手に持っている花を見せる。

「でも、話的にその花は大事なのでは?」

 流れ的に贈り物の候補として、その花があるのだろうけど、今の話を聞いた後では貰うに貰いづらい。

「大丈夫だよ。あんたが心配する事じゃない。そいつは交配させてる時にできた奴」

 私なりに気遣った結果の言葉だったが、今まで自身の作業に徹していたシュンディが遮る様に割って入る。

「つまりどういう事だ?」

「より良い奴を使っていくから、そいつは言うなら失敗した奴って事」


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「なるほど」

 シュンディからしてみれば院長の申し出、意図を無下にはさせないみたいな意思があるのだろう、すごくこちらを睨んできている。

「そ、それで、私は何を手伝えば?」

 だから触らぬ神に祟りなし、今の彼女を刺激しない様に視線を反らす。

「リータさん、花冠は知っていますか?」

 光る花とは別に取り出された花、光ってはいないがそれらで院長の意図が見えた。

 私は、はい…と返事をしつつ頷いて、シュンディからの視線を感じながら、弟達へのお土産を作る作業に移るのだった。


 自分が知る花よりも丈夫でもあり、少しの無理は押し通す事ができたから、不格好ではあるが作る事ができた。


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 商品として使えない花達ではあるけど、それでもその綺麗な姿は変わらない、小さな弟と妹の頭に着ける分には申し分ない華やかさだ

 それを2人の頭に乗せ、咲き誇る笑顔を見ると、その姿はまさに天使と言えるだろう。

 笑顔は眩しく、所々光る花が使われているせいで文字通り光るそれが、天使の輪を連想させて、神々しささえ感じさせてくるようだ。

『2人とも、良いモノを貰ったみたいだな』

 弟達の姿に見惚れて自分の世界に入っていた私を、男の声が引き戻す。

 いつの間にか戻ってきていたフウガが、院長の横に立っていた。

「フウガ、いつの間に…」

「いつの間にって…、1つ目の花冠を作り終わったあたり…というか戻って来た時、話もしたんだけど」

「え、本当に?」


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「ああ」

「ずっといたじゃん」

   「じゃ~ん」

 フウガが嘘をつく理由は無いし、弟達も口をそろえて居たと言う。

 集中するというのは恐ろしい事だな。

 周りの事など頭からシャットアウトされてしまう。

 それほどまでに、さっきまでの私は弟達と花冠の事しか頭に無かったようだ。

「ごめん。少し張り切り過ぎていたみたい」

 私は申し訳なさそうに苦笑する。

 フウガも苦笑いを浮かべつつも、家族を思っている証明だから謝る事は無いと、言葉を添えて、私の謝罪代わりの言葉を受け取り拒否するかのように手を前に出して振った。

 そして、我に返り、周囲の違和感に気付く。


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「シュンディは?」

 見える範囲に少女の姿はなく、奥の物置にも人がいるような気配が無い。

「シュンディなら、商品の花を業者に持って行ってもらった」

 そう言われ、人が減っているのとは別に、所々で綺麗な花を咲かせていた子達が無くなっている事にも気づいた。

「ご、ごめんなさい。手伝う事もすっかり忘れてしまって」

 集中するにも程がある…と自分に言い聞かせながら、院長に向かって謝罪する。

「構いません。誰かのために頑張って作っている姿は、それだけで気分が良くなる光景ですから。そんな人がいると、こちらの作業もはかどるというモノですよ。それに、この子達も手伝ってくれましたし」

 院長は微笑みを返してくれると同時に、私の前にいる2人の天使の頭に手を乗せた。

 私が手伝うという名目で見せてもらう事になった…してもらったというのに、見せるべき相手が対価の手伝いまでしてしまうとは。


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 まさに計画崩れだ。

 でも、ある意味、手伝いをするという行為は飽きを遅らせ、じっくりと花を見る時間を与えたかもしれない…と、今は反省と共に思っておく。。

 これはある意味結果オーライという奴では?

「姉ちゃんが仕事しないから、ぼくたちがやっておいたぞ」

   「ぞーっ!」

 結果オーライだと自分に言い聞かせつつも、当事者たち、弟と妹にそれを言われると頭が痛い。

 というか、単純にその言葉がグサッと胸に刺さる。

「それはすごいな。えらいじゃないか」

 とりあえず、やってもらった事に変わりはない、私は胸にある幻想の痛みを振り払い、2人を褒めながらその柔らかい頬に頬ずりをする。

「くすぐって~っ!」

   「て~っ!」


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「本当に仲が良いですね。あなた達を見ていると、私も子供達が恋しくなってきてしまいます」

 私達の姿を見て、院長もまた頬に自身の手を当てて微笑む。

「じゃあそろそろ帰りますか? 作業はだいたい終わっているし、時間的にもちょうどいい」

「そうですね」

 フウガの言葉を受け、院長が1度パンッと軽く音が鳴るぐらいの強さで手を叩くと、今日一日の予定が全部終わりを告げる。

 後片付けをしている時、シュンディも花園に戻ってきて、行く時よりも多くなった雲の合間から見える一番星を見ながら、6人で孤児院へと帰っていった。


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