第七章…「その大切なモノは。」


「調子はどうだ?」

 朝食後、使った食器を洗うフウガの横に立ち、変わりないかを聞いてみる。

 気絶するぐらいの衝撃を受けて、数日間安静にしておくようにと言い渡された彼は、そんな間でも何か自分にできる事が無いかを探し、手当たり次第に手を出していた。

 正直、安静という意味を理解しているのか、それが気になるぐらいに,

彼は動き詰めだ。

「大丈夫。激しい運動とかをしている訳じゃないし」

「でも、私が知っている安静って言葉の意味とは、ちょっとだけずれてる」

「・・・何かをしていないと落ち着かないから」


---[01]---


「そう。言いたい事はわかったけど、あまり無茶をすると雷が落ちるよ?」

「雷?」

「我らが、医療術士が怒るって話。怖いわよ?」

「ん…、そ、そうか…気を付けないといけないな」

 まぁイクシアが固まる程度には怖いだろうし、張り切り過ぎると怒られるのも本当だ。

 どれだけ相手を怒らせるのかは関係なく、無理をする事で怒る人間がいるという事をわかってもらいたいが…。

「あと、トフラさんの手伝いは私が代わりにやる事になってる」

 彼の口ぶり的に、何をやるかというよりも、何かをやっている事に意味があるのだろう。


---[02]---


 普段からやっている以上、そのやっている事に対しても意味を見出しているかもしれないが、今回は少しだけそれを私が代わる。

「でも、訓練はいいんですか?」

「問題ない。今日は休みだ。明日にはテルとリルユが帰るらしいから、訓練なんてせずに一緒にいてあげなってさ。それで、トフラさんの花園、あれをあの子たちに見せてあげたいなと」

「それはいい」

「トフラさんには話を通してあるから、後は昼食が終わってから行くだけ」

「弟達が帰るって事は、軍の方に…?」

「ええ、近い内に軍に入って、仕事をやり始める事になってる。そうなったら、ここの生活とはお別れ。テル達と違って離れている訳じゃないけど、ここでの生活も嫌いじゃなかったから、なんだか寂しい」


---[03]---


「あなたがいなくなると子供も寂しがるだろうな」

「そうなら嬉しく思うな。まぁ…延々と敵意むき出しな子もいるけど…」

 シュンディの顔が思い浮かんだ。

 あの子にも、私…というより大人、その全般を嫌う理由がある。

 知り合ったからには、仲良くなりたい訳で、私にできる事があるのなら、彼女に手を差し伸べたい。

 まさに大きなお世話としか言いようがない事だが、せっかくできた繋がりだ。

 そのつながりが太くなったり細くなったりする事はあれど、切れてほしくはない。

 つながりを失ってから手に入れた夢、失った繋がり、俺にできた深い深いとてつもなく深い溝を埋めるためにも、人とのつながりを増やしたいのだ。

「あいつは難しい所があるから…。俺がこんなこと言うと後が怖いんだけど、あいつの事、嫌いにならないでやってくれ」


---[04]---


「今の所その予定はないから、安心してくれて構わないよ」

 私の答えを聞いて、彼の口元が緩むのが見えた。

 年長者ゆえか、いや、これは彼がこの孤児院の子達を家族と思っているが故、それは安心したからこそのモノだと思う。


 食後の片付けが終わった後は、テルやリルユを含めた子供達との遊びが始まり、イクシアと私とで分かれてチームが作られ、ボール当て大会が始まった。

 ハンデだからと、イクシアと私は片腕しか使ってはいけない縛りが敷かれ、イクシアと珍しくも参加していたシュンディの容赦のない攻撃が私を襲う。

 でも、イクシアだって大人だ。


---[05]---


 子供の投げるボールには素直に当たってアウトになるなど、荒々しい性格の隙間から見え隠れする優しさを感じる午前中だった。


 遊び疲れた昼食後、トフラの花園に向かって歩く。

 道案内にフウガ、院長に個人的な用事があるからとシュンディがついて来た。

「なんであんたが一緒に行くわけ?」

 シュンディが花園に行く理由はわからないけど、私が行く事には反対なようだ。

「弟達に綺麗な花を見せてあげたいからだけど?」

「それなら僕たちが連れて行けばいいだけだ。あんたが来る必要はないだろ」

「このために時間が空いてるっていうのに、他人に弟達を預ける方がおかしいでしょ」

「むむむ…」


---[06]---


 返す言葉が無いのか、シュンディは不満げに口を結んで、こちらを睨んできた。

 反論してこないって事は、私が間違った事を言っているとは思っていないという事か…、少なくとも無理を通して私を追い返そうとは思わないらしく、それは一安心と言える。

「では、シュンディのお許しも得た所で、張り切っていこうか」

 なにより、少しであってもシュンディと話せた事が嬉しくもあった。

 弟と妹を自分の両肩に乗せ、一瞬のよろめきから体勢を立て直して歩いていく。

 現実で、秋辰と雪奈にやってあげていた2人肩車だ。

 雪奈ことリルユはともかく、秋辰ことテルは身体が大きくなってきているし、2人とも人の部分だけじゃなくて竜の尻尾が追加され、普通よりも重くなっている。

 現実では、重くて物理的にも無理だっただろうけど、にもかかわらずそれをやっているのは、テンションが上がっているからかもしれない。


---[07]---


 魔力の影響で多少の無理は無くせるし、肩の重さなど綿とでも思える程度の影響だ。

 わざと軽く揺すったり、歩くスピードを早めたり、昔を思い出して懐かしい。

 そして、その2人の喜ぶ声がどれだけ耳に心地よい事か。

 私は長くなくとも、幸せな時間を過ごした。

 花園に到着すると、トフラが建物の前で立っていて、難しい表情で空を見上げている。

「先生ーっ!」

 そんな彼女の様子を気にする事なく、真っ先に近寄ったのはシュンディだ。

 その光景を見ると、少女の彼女への信頼が過剰な程に伝わってくる。

 まさに私に対してとは天と地の差だ。


---[08]---


「シュンディ、それに皆さんも。ごめんなさい、考え事をしていて気づきませんでした」

「何か心配事でも?」

 いつもの優しい聖女のような表情に見える陰りが気になって、肩に乗った2人を下ろしながら聞いてみる。

「ええ、ちょっと」

「私にできる事なら、手伝いますが」

「すぐに何かが変わるという事ではないので、気持ちだけで大丈夫です。準備が必要な事だとは思いますが、問題は…何分自然相手の事なので、いつ異変が起きるかまでは…」

「自然…ですか?」

 どういう問題があるかはわからないけど、その一言で、私の基準からは逸脱した事はわかる。


---[09]---


「あんた、先生の言ってる事が信用できないの?」

「なんでそう思うのか…」

「そういう顔してるから」

「失敬な…」

 私の顔のどこが信用していない顔だというのか。

「これは…、そうだな。言うなれば、自分で考えるのをやめた顔とでも思っておいて。自然の話とかされても、ド素人だから考えても無駄なの」

 私の反論を聞くやいなや、シュンディは優越感に浸っているかのような、誇ったような表情を浮かべる。

 競うつもりはないけど、妙に腹立たしい顔だ。

 喧嘩を売る…というより投げつけられている感があって仕方ない。

「まぁその話は中でしましょうか。長話になるので」


---[10]---


 そんな今にも火花が散りそうな視線交差を止めるかのように、トフラが花園の扉を開けて中へと誘う。

「うぉ~、キレイだ~」

   「だ~」

 中に入って、弟妹から歓声が上がり、私がこの子達にこう思ってほしいという言葉が耳に届いて、色とりどりな花達がより一層その綺麗さを高めた気がする。

『ではお願いします』

『わかった。じゃあまた後で』

 そんな中、後ろからトフラとフウガの声が聞こえ、視線をそちらに向けると、彼が来た道を戻っていくのが見えた所で、花園の扉が閉じられた。

「フウガはどうかしたの?」


---[11]---


「ちょっとお遣いを頼みました」

「お遣い?」

「その話もしようと思いますが、その前に…。シュンディ」

 個人的な用があると言っていたが、要はトフラの手伝いがしたかったんだろう、花園の奥にある物置から作業道具を持ってきて、やる気満々な少女。

 トフラはそんな少女に、テルとリルユに色々と教えてあげて…と、ざっくりとしたお願いをする。

 最初は、なんで私が…と嫌そうな表情を見せるが、トフラの言葉に対して素直に首を縦に振った。

 彼女のお願いは絶対に拒否ができないのか、顔は嫌そうでもその実…本当は全く嫌じゃないのか…。

 接する事自体が困難なだけであって、シュンディ自身は単純な性格をしているんじゃないかと思えてくる。


---[12]---


「すいません。あなたにとっては大事な家族との時間ですが、少しだけお話をしましょう」

「そんな別にいいですよ。ここに連れてこられて、目的は一応達成されてるので」

 そう言いつつ、横目で弟妹とシュンディを見る。

 2人は素直な子だ…、小さなお姉さんの言葉に手を上げて答えていた。

 小さなお姉さんもお姉さんで、まんざらでもないのか、物置から取り出した道具や、これからやる作業についての説明を丁寧にしている。

 孤児院でガキ大将のような事をやっているのは伊達ではないらしい。

 その姿はまさにお姉さんだ。

 こちらも、トフラから花園での簡単な作業を教わり、それをやりながら話を始める。

「それで、フウガに頼んだお遣いって? 夕食の買い出しに行って…なんて事は無いと思うけど」


---[13]---


「それはもう」

「何があったの?」

「流れが変わった…といった所かしら。魔力の流れがいつもよりも荒々しく、そしてとても暗い」

「そうなるとどうなるの?」

「明日にでも雨が降り始めるでしょう。そしてその雨は次第に強さを増し、人への凶器へと変わる」

「嵐が来ると?」

 外は、今日も青空で雲はまばらだ。

 こんな良い天気なのに嵐なんて…と言いたい所だが、そんな状態から天気が崩れる所なんて、俺は何回も経験してきたから、そんな事ありえないなんて言えない。

 それで何度ずぶ濡れになった事か…。

「はい、それは確実に。あとは、嵐だけで済めばいいと思うばかりです」

 嵐か、それこそ実際にどうなるかはわからないと言いたい。


---[14]---


 でも、彼女にそう言われていると、何か首を横に振る気力が削がれるような感じがする。

 大丈夫だよなんて言えない、目が見えないのに普通の人と大差ない生活、もしくはそれ以上の生活を送っている彼女の言葉には、重みを感じずにはいられなかった。

「嵐だけで済めばいい…とは?」

 嵐が確実に来ると言い切る彼女の言葉も、確かに私に影響を与えてくるけど、それ以上に引っ掛かる言葉があった。

「少々強いモノが来そうなので、無事に嵐を乗り越えられればと」

 俺基準での嵐は、台風のイメージが強い、それとは違う存在ではあるが、それだって場合によっては建物が吹き飛ぶ。

 強いモノが来ると過ぎた後の惨状がニュースで取り上げられ、ただの強い雨という括りではなくなっている。


---[15]---


 そういった俺としての知識も踏まえて考えるのなら、確かに嵐が来るというだけでなく、それによって起きる影響も考えるべきだろう。

 パッと思いつくのは木の板を買って窓を補強する光景だが、それをこの夢の中でやったら金銭的に高くつくんだろうな。

 木材は高価過ぎる。

「問題が出るようなら、軍の人達に動いてもらう事になると思うので、リータさんが心配をする必要はありません」

「私も軍に入る身なんだけど、私は役不足?」

「いえ、問題が起きれば、まずエルンがあなたを止めにかかると思うので」

「あ~、そう言う事」

 納得ができる反面、その嵐の対処はエルンが引き留める程の重労働という事になる。


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