第十章…「その手を引いてくれる人は。」
工場区は住宅街よりも、その建物の数が多い。
大きさも普通の家より大きいから、屋根に上れば視界が高くなる。
妄想でも、想像でも、相手より劣るモノを補え…。
補って、補って…、少しでも相手との距離を縮めるんだ。
物理的な問題じゃない、力という能力の差を。
ガキンッ!
私とブループの攻撃がぶつかり合えば、その周辺に金属音がこだまし、酷く降る雨が一瞬止んだかのように錯覚するほど、その降る雨粒の量が減る。
魔力を体に込めれば、口から吐き出す息のように、体から何かが噴き出すような感覚が襲う。
同時に、全身に力が溢れ、相手の攻撃を防げるし、相手の体に傷を負わせられるようになる。
---[01]---
ド素人の力任せな戦い方と言ってしまえばそれまで、イクシアのように、デカい武器を振っているのに攻める隙を与えないような、そんな戦い方を今の私に求めても無駄だ。
相手が巨体で、力があっても鈍足だからこそできる戦い方。
でも、その戦い方ができるからこそ、道は残っていると思える…、未熟な私でも、戦う術がある事を実感できる。
振り下ろされる巨椀、それを横に飛びのいて避ければ、さっきまであった建物が、ただの瓦礫と化す。
ガラガラという音が、嵐の雑音を掻き消すように鳴り響くも、私は別の屋根に着地してすぐ、そんな音の中心へと飛び込んでいった。
そしてその瞬間は、全力で、気合の一点突破。
「んなあッ!」
---[02]---
目の前の巨椀に向かって、両手剣を振り抜く。
正しい使い方とか、全てを度外視にした一振り、まるで、電柱に向かってバットを全力フルスイングしているかのような…ガンッ!という石を叩いたかのような音と共に、その巨椀が弾かれ、ブループの巨体が僅かに動く。
使い方を気にしていないとはいえ、刃の部分で斬ったにも関わらず、その巨椀に切り傷は見えない。
能力差の中で、私が勝っていると言えるのは、大きさ…体の小ささぐらいだ。
とにかく動き回って、相手の視界から消える瞬間を作り、優位に動く。
今度は屋根ではなく、下に降り、その右足、弁慶の泣き所に向かって、剣を振った。
結果はほとんど同じ…、違うのは微動だにしていない所。
そんな攻撃で手傷を負わせられないのは計算の内、大事なのはそれをやる意気だ。
---[03]---
硬い物を、何か道具を使って叩いた時の感触、ジンジンと鈍い痛みが手の平を包む。
骨でリズムを取られているかのように等間隔で骨を伝って、体全体にぶつけきれなかった反動が跳ね返ってくる。
無駄じゃない、無駄じゃない。
大木だって、延々と叩き続ければいつかは折れる。
大岩だって、延々と叩き続ければいつかは砕ける。
絶対なんてありはしない。
地団太を踏む様に、ブループは私を踏みつけようとしてくるが、それを避け、何度も何度も、執拗に同じ場所にできる限りの全力フルスイングをかましてやる。
地面の岩は砕け、飛び散る破片が体に当たるが、私も私で、その攻撃の手を緩めない。
その時、頭上から足とは別のモノが降り注ぐ。
---[04]---
ブループが払い除けるようになぞった屋根の瓦礫、それはもう避けるとかそういう話ではなかった。
水の雨が、瓦礫の雨と変わる。
その場から離れつつ、いくつかの瓦礫は剣で防いだが、防ぎきれなかったモノが、肩や足、腕に当たった。
魔力のおかげで痛みとかは薄いけど、瓦とかは俺としても身近なモノ。
だからこそ痛みが薄くても、容易にできる想像が痛くないはずの痛みを錯覚させてしまう。
今はそんな事は無いと、全力で否定できているからいいが、少しでも気が抜ければ瓦礫が当たった部分だけじゃなく、全身が痛みに振るえそうだ。
痛みの想像、その連鎖、気が滅入っている、負の感情が爆発寸前。
一度深く息を吸い込んで、できる限り気持ちを落ち着かせようと努力する。
---[05]---
瓦礫の雨はまだやまない。
今度は、テーブルのゴミを払い落とすような雑なやり方ではなく、しっかりと握ったソレを、私目掛けて投げてきた。
あからさまだが…、だからこそ効果的。
その攻撃には、邪魔な羽虫を払いのけるといった反射的な行動ではなく、こちらを確実に仕留めるといった、完全な殺意を感じるから。
自分が狙われていると認識させられる、それはどう逃げても私を追うという事、人がいる所に逃げようものなら、犠牲者をただ増やすだけ。
逃げる気なんてないつもりだったけど、そもそも逃げ道なんてありはしなかった。
ドカンッガシャンッと瓦礫が地面に激突し、そしてバラバラに砕けては四方八方に残骸が飛び散る。
地上は水路を挟むから、なかなかに移動範囲が狭く動きづらい。
---[06]---
一際大きな瓦礫が宙を舞う、横に動いてもよけきれない。
後退をし続ければ、戦闘エリアを広げるだけ、もし逃げ遅れた人間がいたらと思うと、そんな事は出来ない。
腕に魔力を込めて剣を構える。
あれは大岩じゃない、レンガを積み重ねた瓦礫だ、瓦礫ならば、もうその耐久性は保証されていない。
全力で斬り上げられた剣は、落ちてくる瓦礫を斬るが、その大半を砕き飛ばす。
破片が少しでも、ブループから私を隠してくれる事を信じて、その敵との距離を一気に詰めた。
無駄だと思える程に力む、剣を振るうその瞬間、全力を出そうと自然と声が溢れ出す。
---[07]---
「んなあぁぁーーッ!」
一種の雄叫び、その一振りに全力を込めるという意志表示。
無酸素状態からの開放、声が大きければそれだけ力が出せたって事だと思う。
さっきまで攻撃していたブループの足、ガキンッと相も変わらず硬く鈍い音が響き、それ相応に私の体にも反動が返って来た。
棒を持ち、ドアを走り抜けようとしたのに、棒がドアに引っ掛かり、走る勢いも相まって体に棒が激突するよろしく、剣の柄が私を襲う。
腹を打ち、体が前のめりになって、剣より先に前へ、自身の体は転げ飛んでいった。
何度も転がって体を地面に打ち付ける。
やり過ぎ、力み過ぎ、そんな事が頭を過ったけど、その甲斐あってか、ブループの体勢が崩れた。
---[08]---
足払いされた人間のように、右足が後ろへと持っていかれ、転ぶように膝を付いた。
「はぁ…、はぁ…」
追撃には絶好のチャンスだが…、正直そんな事できる気がしない。
相手がどうこうとかそういう事ではなく、純粋にこちらの体力と言うか肉体的な問題で。
やってやったという達成感は良いモノだが、そう感じてしまったせいか気が緩んでしまって、今まで忘れていた疲れがどっと押し寄せてくる。
息を吸っても吸っても、酸素が足りている気が全くしない。
腕周りは、重度の筋肉痛にでもなったかのように痛みが襲ってくる。
骨が折れたとか、肉が削げたとか、そういう類の怪我はしていない。
骨は…、実際見る事ができないから確証はないけど、折れてはいないはず、だから腕を動かす事はできた。
---[09]---
痛みを堪え、横に転がった剣を取る。
幾分か握力が落ちたような気がしないでもないが、握れるならまだやれるはず。
足りなくなった分の力は魔力で補えばいい、全力で無理をしているが、結果は伴っている。
これが正解かどうかなんて私にはわからないけど、結果があるのなら、これもまた正解だ。
そうに違いない。
「すぅ~…はぁ~…」
一際大きく深呼吸をして、意を決して立ち上がる。
一瞬…足の感覚が無いように思えたけど、それは気のせいだ。
ふらついて剣を支えにしているけど、問題ない。
「踏ん張れよ、フェリス…。正念場だ。これからだって時にへばってんじゃねぇぞ」
---[10]---
ブループは今にも立ち上がりそうだが、まだ立てていない。
自分が転ばされるなんて夢にも思っていなかったのか?
何が起きたのか、理解できていないのか?
何にせよ、もう一発…、もう一発だ。
これでもかと息を吸い込んで、相手に向かって動き出す。
最初は恐る恐る、次は歩くような速さで、そして安心して力強く足を前に出した。
今は右足の弁慶の泣き所は見えないけど、右足にダメージが蓄積されているはず…。
ならばと、場所は違えど、その足のアキレス腱に向かって剣を振った。
そこは弁慶の泣き所よりも柔らかい感触だが、部位は変わっても同じ奴の体、私の剣の刃は通らない。
だからどうした、今なら敵の反撃はなく、連続で攻撃ができる。
---[11]---
それでアキレス腱の1本でも斬れたなら、楽になる所の話じゃないだろうさ。
ガンッガンッガンッ!と何度も何度も、できる限りの全力で剣を振り下ろす。
数は数えていないが、何回目かからブループの叫びにも似た鳴き声が聞こえてきた。
痛覚は私たち同様、共通した感覚として持っているようだ。
それなら尚の事、攻撃の手を緩めたくない、しかし、相手も生き物、そうはさせまいと、その巨体を横に転がして邪魔をする。
私は建物の間に逃げ、巨体は建物の前面を瓦礫と化した。
建物の屋根に上がり、ブループの背中に飛び乗ると、巨体が立ち上がる、
そして、背中の異物を振り落とそうと体を揺すった。
すぐに鱗やら甲殻やら、その背中の凹凸部分に手を伸ばし、爪をひっかける形で踏ん張ろうとするが、それは降りしきる雨の影響で叶わない。
---[12]---
数秒は耐えたけど、すぐに指が相手の体から離れる。
最後の悪足掻きで、落ちる瞬間にその背中に剣を叩きつけたが、本当に悪足掻きでしかなかった。
下に降り立った私を襲う大木のような尻尾、咄嗟に剣を盾代わりに前に出す。
直接的な衝撃は剣が緩和してくれるけど、巨体から繰り出される攻撃はそれで防ぎきれるものじゃない。
叩き飛ばされる私の体は無力、できる事は次に来る地面との激突という衝撃に備える事だけだ。
作ったプラモデルを踏んでしまった時のような、バキッという感触をさらに重くしたような衝撃が、地面に激突する度に伝わってくる。
「ん…く…」
---[13]---
雨のせいで地面はとても冷たい、あと、ただうつ伏せに倒れていたら、ワンチャン溺死しかねない。
「人が吹き飛ぶぐらい…の攻撃を受けてるのに…、大怪我…しない…魔力の力は…すごいな。まさに…夢の力…だ。くそ…」
そのおかげで助かったのに、今の心情だと愚痴しか出なさそうだ。
怪物、捕食者…、対峙してそう言われる理由がよく分かる。
あの巨体であの硬さ、RPGでボスの体力が主人公側と比べて桁違いな数値になってるのも、あながち間違いじゃないんだなって思えてしまう。
だけど今は、その事実が、ただただ恨めしい。
「ゲームみたいに…は…いかないもん…だな…。あいつら…、ドラゴンとかの攻撃を受けて…良く動けるよ…。まぁ…そこをリアルにし過ぎたら…、まさにクソゲーが出来上がるか」
---[14]---
ブループが一向に立ち上がれないでいる私を見る。
このままじゃマズい、頭ではわかっているけど、立ち上がれなかった。
足が動かせているのかわからず、腕は動いているのが見えるけど、感触が無い。
痛みが無いのが救いだが、それじゃだめだ。
「動かなきゃ…立たなきゃ…」
正座を長時間させられて、痺れ始める10秒前のような、痛みも触られている感触も、何もかもが無くなった状態、自分の本来の足の長ささえわからなくなっているかのように、立ち上がろうともがき、立つために踏ん張ろうとした足は、ガリガリとつま先が地面に引っ掛かる。
自分の足が動いているのは、この目で確認できた。
なら、現実での俺の右足みたいな最悪な状態じゃない。
あくまで体は…だが。
---[15]---
ブループは臨戦態勢…、まともに立っていられない私を、後はその爪で斬り裂くか、体に大穴を空けるか、その巨体、その体重を生かして踏み潰し、ミンチにするか。
今の奴はそれを容易く可能にする、それこそ、赤子の首をひねるよりも容易くだ。
大口空けて、よだれなのか雨なのか…、まぁ後者だろうが、その大口に並ぶ牙を伝って下に落ちる水が、妙に生々しさを増してくれる。
まさに余計な事を…てやつだ。
映画の恐竜に喰われる直前な状態、トイレとかに逃げ込んでいないんだから、喰い殺されるってフラグは立っていないだろ?
グギャーなのか、グワーなのか、言葉では言い表せない声を、ブループは上げる。
獲物にかける最後の言葉かのように、とても短く端的、意味は分からないが、ねぎらうような事を言えるとは思えないな。
---[16]---
ドスンッドスンッと、地面を揺らしながら、こちらに向かって動き始めたのも束の間…、元居た場所に戻る様にブループが数歩後退る。
周囲を見渡して、特に後方を気にした動きが多い。
「なんだ…?」
この状況で、執拗に狙っていた相手にトドメを刺すだけの状態で、何を迷う必要がある?
油断を誘う行動にしても、その利点が思いつかない。
野生の獣…て言っていいかはわからないけど、少なくとも人間ではないし、その行動の意図を察する事も出来ないな。
だが、その行動は幾ばくかの体力回復に有用だ。
完全というには全然物足りないけど、動けるだけの回復は間に合う。
まぁそれも持久走を走った後程の状態にする程度、俺からしてみれば、良い状態だなんて絶対に言えない。
---[17]---
ビチャッ…。
雨とは違う音が聞こえた。
瓦礫が降って来た音とか、人が着地した音とか、そう言った類の音ではない、気持ち悪く不快になる音。
振り返ればそこには、あのゾンビもどきが…。
さっきまで姿を見せてなかった連中が、ここぞとばかりに姿を現す。
ブループは、暴れていた時とは打って変わって、今は周囲を気にして、何かに怯えているかのようにさえ見える。
おこぼれに預かるハイエナとしては、これほどの好機があるか…と言える状態、出て来てもさほど不思議でもない。
しかし、相手がゾンビもどきとは言え、こちらの血肉を狙ってきている以上、そのままにしておけないんだけど…。
---[18]---
いまだ疲労の回復は十分とはいかず、全身を包む疲労感、感覚の戻りきらない四肢。
間が悪い事に文句をつけてやりたいけど、ここはブループが攻めて来た訳じゃない事を喜ぶだけにしておく。
せっかくの回復タイムを邪魔された怒りは、そっくりそのまま本人たちに返す。
魔力を体に込めようとするけど、上手くいかず、こちらが出す攻撃は普通の攻撃。
この夢の世界の基準で言えば、貧弱な攻撃と言えるかも。
もはや斬るというより叩く…に近い、ゾンビもどきの頭にめり込む剣の刃は、そのもろくなった頭を斬るのではなく砕きながら、相手を叩き倒した。
どれも、ブループに繰り出していた攻撃と比べれば、貧弱で貧弱、相手がゾンビもどきでなかったら、終わってたかもだ。
---[19]---
言うなれば魔力のガス欠と言ったような状態で、剣の重さを頼りにゾンビもどき達を叩き倒していく。
だが、それは、もしかしたら間違いだったのかもしれない。
連中の動きは鈍足、戦うぐらいなら少しでも安全な場所に行くべきだったんじゃないだろうか。
ブループの不審な動き、それに疑問を持っていたはずなのに、ゾンビもどきに意識を全て持っていかれた。
それだけ私に余裕が無くて、全てに、その目の前の事に、全力で当たらなきゃいけないような状態だったとはいえだ。
それは意識の中に、自分の存在を忘れるなと、全力で主張してくる、音、声、地響き。
それに気づいた時にはもう遅い。振り返った先、さっきまで挙動不審だったブループが目の前に来ていた。
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