第九章…「捕食者。」


 殴るような雨が降り続け、普段見ている風景は、もはや別物と化している。

 住み慣れた町という訳ではないけど、その変貌ぶりに怖さを感じ、知らない場所にいるかのような心細ささえ覚えた。

「なぁ? さっきのアレはなんだ?」

 自身の目的を果たすため、個人的なマイナスな思考を少しでも解消するべく、自分の横を走るイクシアに話しかける。

「アレって?」

「さっきの…、ゾンビみたいな連中の事」

 気持ち悪いとか、怖いとか、あのゾンビもどきに対しての生理的な感情はないけど、あの異様な姿は頭に焼き付いている。

 映画じゃない、ゲームでもない、この現実に近い夢、現実のような夢だからこそ、その作り物とは思えないリアルさが…見た目が、頭から離れなかった。


---[01]---


「ぞんび? なんだそれ? あれは「骸ガニ(むくろがに)」。死体の頭に巣食って、その体を操りながら、次の餌を襲う生き物だ」

「寄生系か。なるほ…」

 説明を聞いて勝手に納得し、胸の所でポンッと手を叩いた時、隣を走っていたイクシアが一瞬で視界から消える。

 ぽんっ…なんて可愛らしい音とは正反対な、グシャッ…という音が耳に届く。

 同時に、大きな影がドサッという音と共に地面に落ち、その横にはイクシアが立って、落ちて来たモノに自身の槍斧の石突きを突き刺していた。

「フェリは時々意味の分からない事を言う。記憶が無いからか?」

「さあね。私としては一般的な言葉をチョイスしているつもりだけど」

「ふ~ん。・・・ならこの問題が片付いたら、もう一回フィーなりエルンに診てもらった方がいいかもな」


---[02]---


 シュンディと同じ事を言うんだな。

 フィア達も同じ事を思ってるけど、あえて口には出してないだけか?

 2人とも、私に対しては当たりが強い方だし、気を使わず思った事を言ってくる…つまりはそう言う事か?

「まぁそんな事はどうでもいい。こいつの事を一応言っとく」

 そう言って、イクシアは視線を自身の足元へと向ける。

 そこには上半身と下半身が別れを告げたゾンビもどきが1体。

 イクシアの話的に、この人の体はあくまで死体、寄生している骸ガニの道具に過ぎないモノだ。

 だから、上半身だけになっても動き続けてる。

 逆に下半身はピタッと動きを止めていた。

 イクシアは、ゾンビもどきに突き刺していた槍斧を引き抜いて、今度は自分の足でその体を踏みつける。


---[03]---


「死体が無いと何もできないカニだ。死体を使い物にならなくすればいい。さっきフェリが倒したカニは腕ごと胴体を斬れてたから、問題はない。もし大量のカニに囲まれたら可能な限り首を落とす。最低でも腹から下を使い物にならなくする事」

 死体を踏みつけながら、物騒というか、すごい怖い事をいうモノだな。

 そして、槍斧の石突きを、今度はゾンビもどきの額付近に突き刺す。

 すると、びっくり箱のように、その瞬間、ゾンビもどきの口から、黒い何かが飛び出してきた。

 それはまさに、人の拳2つ分ぐらいの大きさの、ヤドカリだ。

 現実での、世界最大のヤドカリよりかは小さいけど、確かにその姿はヤドカリだった。

「じゃあとっとと目的のとこに行くぞ」

 そう言って、イクシアは容赦なく出て来た骸ガニを踏み潰す。


---[04]---


 慈悲を与える必要は無い、結局は食うか食われるかの関係でしかないのだから、相手の事を考える必要は無いけど、その見慣れない光景には驚くばかりだ。

「骸ガニってのは、頻繁に姿を見せるモノなの?」

「いや、結局強い奴じゃないから、基本は死体漁りとかしかしない。基本何でも食うからな。魚でもなんでも。その何でも…て中に人かがいて、操るモノの中にも人が…てやつだ。別に人を必死こいて襲う必要は無いんだよ。だから人の居る所にもめったに出ないな。今回出てきたのはブループについてきた連中だろう。捕食者が食い漁って散らかった残骸を求めてきたんだ」

 おこぼれを求めて地上に出てきたと。

 実際にその光景を見たし、自分がその立場、食われる立場だったらゾッとするな。

 死なず動けない状態になった時、そのまま食われたらとか思うと、そこは怖く感じる。

「ここだ」

 雨で視界が悪くなる中、花園に着けるのか、正直不安があったけど、無事にたどり着く事ができた。


---[05]---


 入り組んだ場所に無くて良かったと、素直に思う。

 花園の前に到着したが、イクシアは周囲の様子が気になるようだ。

 目的地に到着したというのに、そこを見る事なく、周りを見てばっかりいる。

「どうかした?」

 ドアノブに手を掛けた状態で、私はそんなイクシアに尋ねた。

「戦闘の音がしなくなった」

「戦闘?」

 彼女に言われるがまま、周囲に意識を集中させる。

 さっきまで、土砂降りの雨の中でも、何かしらの炸裂音やら爆発音、大小様々な音が散り散りに聞こえていた。

 でも、イクシアの言うように、今は地面に打ち付ける雨の音しか、聞こえてこない。


---[06]---


「戦いが終わったって事か?」

「そうだとしても、どちらの勝ちで終わったのかわからない」

 イクシア達の反応を見て来て、ブループという存在は漠然としてはいるものの、ヤバい存在だという事は、私にも伝わってきていた。

 それを踏まえると、イクシアのどちらが勝ったかわからないという言葉は、私の不安を駆り立てる。

「結果がどうあれ、急いだほうがいい」

 私はできる限り不安を表に出さず、イクシアの言葉に頷いて、花園の扉を開けた。

 そこから明かりと人の声が漏れてくる。

「誰?」

「フェリスっ!?」

 聞こえて来た声の中には、今となっては聞き馴染みのある声も混ざっている。


---[07]---


 花園の中には、何人かの一般人に、負傷兵、トフラ院長にシュンディの姿があった。

 目的…というか、探し人はそこにいたが、予想外に人も多い。

「フェリスさん? できれば扉を閉めてもらってもいいですか?」

「あ、はい」

 トフラは、こちらに顔を向けて扉を閉めるようお願いをしてくる。

 その様子は、どこか疲弊し、表情もそれに比例して暗い、いつも微笑みかけてくれる彼女とは違う、全体的に落ち込んで印象だ。

「シュンディを探しに来てくれたのですか? すいません、こんな時に危険な事をさせてしまって」

 その疲れたような様子は、いつもの人を安心させる雰囲気を作れない程に切羽詰まっている証明。


---[09]---


 それでも相手を気にかける姿勢は崩さない所に、僅かな安心感は得られた。

「あなたが謝る事じゃない。こっちも、シュンディを止められなかった責任がある」

「謝り合いをしている余裕はない。そう言う事は後でやった方がいいぞ」

 イクシアはそういって、近くにいた比較的軽傷の兵士に近づく。

「状況はどんな感じか? 戦闘は終わり?」

「そうだったらいいが。お…俺は負傷した連中を移動させるのがせ…精一杯で、最後まで相手の状況を見れてい…いないんだ」

「・・・そうか。それでも構わない。今戦闘音が聞こえないのはなんでだ? 戦闘はこの近辺だっただろ?」

「さ…最初はそうだが、司令官のし…指示で基地の方に誘導を…。そうした方が被害も少なくて済むから…。い…今はもう少し基地の方に寄っているはず。最後に聞こえたのは建物か何かが崩れる音だ。そ…それ以降魔法の音とかが聞こえない。俺にわかるのはこのぐらいだ。住宅地の避難はどうなってる?」


---[10]---


「できる事はやれてた。後は向こうにブループを行かせない様にするだけ」

「そ…そうか」

 所々言葉を詰まらせて、話をしている最中、その兵士はずっと体を小刻みに震わせていた。

「そのブループってのを倒せたって事じゃないのか?」

「死体を見ないと何とも言えない」

「そう…。でも、なんにしたって今は静かだし、ここにいる人たちを移動させるなら今じゃないか?」

「・・・」

「倒せてるかどうかを気にしてたって始まらないし、倒せてなくてそのフルートだか何だかがもし暴れ出したら、それこそ後悔先に立たずになる」

「簡単に言ってくれるな」


---[11]---


「まぁそいつの事知らないし」

「たく…。はぁ…、ま~ここに居続けてもしょうがないのは事実か…。もう、こういう事考えるの苦手…」

「フィーの事考える余裕があるなら、少しぐらい勉強にリソースを割けばいいだけだろ」

「知らない単語があっても、良い事を言われていない事はわかるぞ?」

「その怒りは後で買い取ってやるから。さっさと始めよう」

「・・・フェリを連れ帰るだけの予定が…、膨らんで10人越えか」

「その辺の請求はフィーにして。私には何もできない」

「考えとく」

 兵士の人間は負傷兵4人、うち1人は軽傷、残りは重症、応急処置をしたらしい痕跡があり、包帯ではなく有り合わせのちぎられた布で傷口を塞いでいた。


---[12]---


 一般人はトフラとシュンディを含めて7人、2人以外は男だ。

 工場区だけあって、男手が必要だし、それが理由だろう。

「男の人達は、怪我をしてる人たちの移動を手伝ってあげてください。何が起こるかわからないし、ちょっと急ごうと思うから」

 全員が全員、揃いも揃って不安そうな顔、この場でいつも通りの顔を浮かべられているのは私だけだ、多分…というか絶対そう。

 男連中が負傷兵に肩を貸す中、こちらにはシュンディの肩に手を置いて立つトフラの姿があった。

 そんな彼女は微かに震えた声で私に尋ねてくる。

「移動するのですか?」

「はい。何が起こるにしても、ここよりも孤児院の方に戻れた方が安全ですし」

 普段とは違う雰囲気に引っ掛かりを覚え、よく見てみれば声だけでなく、手や肩など見間違いかと思える程度ではあるけど、体を震えていた。


---[13]---


「どうかしました? 何か問題でも」

「・・・見えないのです」

「見えない?」

「ええ…。戦闘が始まる少し前から、魔力の流れが乱れていて、周りの状態が見えないに等しいのです」

 トフラは、周囲の魔力の流れを見る事で、普通の人と同じような生活を送っている。

 それが見えなくなるという事は、視力に頼れない彼女にとって光を奪われた事と同義。

 声や体の震えはそのせいか。

 いつもと雰囲気の違う彼女に違和感を覚えていたが、モヤモヤが晴れるようにスッキリとした。

「だからすぐに孤児院に帰って来なかったんですね」


---[14]---


「お恥ずかしながら、その通りです。普段は問題ない様に振舞っていますが、結局は自分以外のモノを頼るしかない身、一度環境が崩れれば、赤子程弱い人間になってしまう」

「自然災害なんて、人間が管理するにはあまりに大きい存在だ。誰にも完璧な予測はできないよ。その言い方だと、普段は嵐が来ても見えなくなる事はないのかな?」

「はい。いつもなら生活に支障が出る程見えなくなる事はありません」

 それなら、尚更トフラを攻める事は出来ないな。

「例の奴が来ている影響とか?」

「その可能性が無いとは言い切れませんが、それとは異なるモノのような気もします。ブループは魔力を喰らう者、彼の者が来ているのなら魔力が吸われて、そもそも見る魔力が無くなる可能性の方が大きい。ですが今回のそれは、そういう類のモノではなく、魔力の流れが乱れに乱れて、見る事ができなくなっているのです」


---[15]---


「つまり見えなくなっている理由が違うと?」

「はい」

 私にその辺の判断はできない。

 でも、可能性として、目の前にある問題とは別に、問題がある可能性が出て来たようだ。

「その辺の事は孤児院に着いてから、エルン達も交えて話した方がよさそうですね」

「ええ。エルンさんも、この事には気付いているはず。何か原因を突き止められていないにしても、何かしら絞れているかもしれません」

『フェリ、こっちの準備は終わりだ。そろそろ行くぞ』

「うん」

 怪我をしている人間の移動も厄介だが、目の見えない人間の移動も、迅速に行うのはなかなかに難易度の高い話だ。


---[16]---


 急ぐものでなかったら、気にする事でもないんだけど。

 この世界に車椅子とかそういう道具があれば…。

 無いならいっそ、この世界で現実での便利な道具を作ってやりたい。

「本当に行くのか?」

 雨具を着るトフラの手伝いをしていると、すがる様に彼女についていたシュンディが、不安そうな声を上げる。

「ここが孤児院…ないしはその近辺だったなら、やりたくはないけどね。ここは戦闘している場所…というかしていた場所か、そこに近いし、その怪物が建物を簡単に破壊できる奴なら、建物で息を潜めていたからって無事でいられるとは限らない」

「でも先生は見えなくなってるんだぞ?」

「なおさらだ。今日に限っては何処にいたってそうなる。それなら兵士が多い孤児院にいた方が安全だろ?」


---[17]---


「でも…」

「いいのです、シュンディ。むしろ私をここに置いて孤児院の方へ向かってほしいぐらいなのですが…」

「論外だな」

 これが夢だろうが、ゲームだろうが、現実でだってその答えは1つだ。

 自分も動けないならまだしも、動けるのに見捨てる事なんてできない。

「それを実行したら、シュンディまで残るって言いかねない」

「当たり前だ」

「だろ? それに、別に院長に1人で歩けとは言っていない。ここには、誰よりも院長を大事に思う人間がいる。シュンディ、あなたが彼女の目になってあげて、これはあなたにしかできない、他の人にはできない事だ。あなたが彼女の事を大事に思うのと同じように、彼女も同じぐらいあなたの事を思ってる。あなたが彼女の目になってくれれば、院長も安心して進めるから」


---[18]---


「・・・」

「あなたは彼女の心配だけしてればいい。他の問題は私が何とかしてあげるから」

「それこそ信用できないんだけど」

「こういう時は、そう言う事を言わずに、ただ首を縦に振れ。格好がつかないだろ」

「・・・」

 後ろから、イクの早くしろという催促が飛んでくる。

 シュンディは、難しそうな顔で固まっていたが、納得したように頷いた。

 不服そうな表情を浮かべているが、そこを追求する時間も意味もない。

「先生、僕の手を絶対放さないでね」

「はい、お願いします、シュンディ」

 最後の2人が花園を出て、私達は孤児院へと歩き出す。


---[19]---


 先頭をイクシア、最後尾に私がつき、できる限りメインの通りを行かず、建物の間を縫うように、隠れながら孤児院に向けて進んだ

 最初こそ問題なく行けると思えていたけど、進路を塞ぐようにあのゾンビもどきが1体2体と出て来ては、それを私達は斬り伏せていく。

「な、なんでこんなに骸ガニが出てくるんだよ!?」

 気づけば10体近いゾンビもどきを仕留めた所で、唐突に声が上がる。

「あれじゃないか? ほらブループが倒されて静かになったから、おこぼれを求めてカニ共が地上に上がってきてるとか」

 希望的な観測過ぎるけど、聞いた話的にその線も無きにしも非ず。

 こちらとしてもそうであってほしいと思うばかりだ。

「まだ孤児院についてないのに、助かったと思うのは早すぎるぞ」

 私はともかく、周りは不安でいっぱい、下手をすれば不安で押しつぶされる寸前だ。


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