第六章…「その特訓の無い日は。」
夢の中で見た夢というのもおかしな話だけど、フェリスの装備が手元に戻って来た夜に見た夢、あれを再び見るという事はなかった。
あの後普通に現実で目を覚まして、経過日数に経過時間、それらを確認した限り、夢の世界で連続2日間夢を見続けていたらしい。
今までにない事が起きて驚きこそしたが、でも、今のところそれ以外におかしな事は起きておらず、いつも通りだ。
この夢がおかしな事に含まれるかどうかの話をし始めたら、それはもう長くなる事請け合いだからしないが。
今日は私とイクシアとの訓練はない。
休息も必要、そのための休みの1日だ。
いつも通りに起きて、朝食を取って、子供達の相手をしながら遊んで、子供達の昼食後、今は遊び疲れたリルユが私の膝の上で船を漕いでいる。
---[01]---
孤児院の食堂と遊び場の境にある縁側というかテラスとでも言えばいいのか、そこに腰を下ろし、視線を子供達が遊んでいる方向へと、私は向けていた。
子供の頃、ヒーローごっことか、怪獣ごっことか、とにかく戦い合う系の遊びをやった記憶があるけど、魔力という概念があって、俺からしてみれば超人的な身体能力を発揮する世界で行われたら、それはもはや遊びというにはいささか可愛さがない。
正直、得物を持っていないだけで、もはや喧嘩よりも物騒だ。
それを証明する光景、フウガとシュンディ、2人の拳と脚のぶつかり合いが、まさに目の前で行われている。
正直、私とイクシアとの訓練風景が、青年と少女に変わっただけだ。
怪我をしない程度に戦うから、私達の方よりは安心して見ていられると思う…思いたい。
---[02]---
あと、私とイクシアの時は、他の子供達がヒーローショーでも見るかのように歓声を上げていたけど、今は各々が自分のやりたい遊びをして楽しんでいる。
もはや見慣れた光景だからか、ともかく他の子達は普通の子供が遊んでいる光景と大差ない。
だからこそ、私の視線はあの2人の方へと向いてしまう。
お互い一歩も引かない攻防、体が大きい分フウガが力で優るものの、体の小さいシュンディはその体の柔らかさを持ってアクロバティックに攻撃を繰り出す。
2人が戦う光景はまさに、どこぞの戦闘民族の子供時代の格闘大会を見ているようだ。
フウガは竜種と人種のハーフで、竜の特徴が拳に大きく出ている事も相まって、その手を生かしたパンチャー。
---[03]---
シュンディの方は純粋な人種で、初対面の相手に容赦なく繰り出した回転蹴りよろしく、その戦い方はキッカーと言っていい。
『フェリさん、お茶どうぞ』
そこへ、トレイにお茶を乗せてフィアがやってくる。
近くで本を寝転がりながら読んでいたエルンにもお茶を渡し、彼女は私の隣に腰を下ろす。
そんな彼女の近くにいるのが当たり前のように思えるイクシアの姿が、今日は無い。
「イクは?」
「イクですか? 今日は軍基地の方に行っています。フェリさんと訓練ができなくて暇だからって」
---[04]---
「それはまた熱心だな」
私に強くなってほしいから訓練に付き合っているんだ…的な友情めいたモノを個人的に感じていたから、それを否定されたようでなんか寂しい。
「まぁドクターストップもかかっている事だし、仕方ないか」
そう言って、寝そべっている主治医に目を向ける。
怪我をしている訳じゃないから、基本的には私の体調管理をやってくれているだけ、そんな彼女は一応医者で、他の患者を診察とかそういう事をしなくて大丈夫なのだろうか。
「私はね、こう見えてお金持ちなんだよ。フェリ君」
こちらの視線に気づいたのか、エルンは本を見るのを止めず答えた。
「そう」
---[05]---
この世界のお金事情をちゃんと把握していないから、お金持ちと言われても納得のしようがなく、そもそも答えになっていない。
だから適当に相槌を打つ事しかできなかった。
フウガとシュンディ、腕と脚、身長差が30センチ近くある事に加え、年齢差、男と女という体の差が入ってくる。
魔力での身体能力向上という恩恵があったとしても、それは相手も同じ、その2人の間には当然その差は大きくて出ていた。
体が小さい事に比例して体重もまた軽い、魔力で強化した攻撃も、フウガの腕は軽々防ぎ、その足を掴めば、少女の体は小石を投げるかのように軽々と投げ飛ばされる。
---[06]---
しかし、少女は動じない
空中で体を捻り、そのまま体勢を整えて着地すると、再び自分より大きな相手へと挑んでいくのだ。
そんな恐れを知らない所もさることながら、躊躇なく頭目掛けて蹴りを繰り出す容赦の無さも驚く所。
フウガもまた慣れた手つきで攻撃を捌いていく。
右、左、右足、左足と次から次へと飛んでくる攻撃を防いで、そして躱していった。
「子供の遊びのレベルは、あれが普通なのか?」
青年と少女の組手を見ていて、ついつい思っていた疑問が漏れ出し、そんな俺の疑問を聞いて、隣に座るフィアは困ったような笑みを浮かべる。
---[07]---
「さすがに、ああいったレベルの遊びが基本だと国が崩壊してしまいます。正確には建物損壊の量が増えますね」
「そうだよな~」
フィアの言い方からして、この世界での遊びの概念は俺の知るモノの範囲を超えていないのだと思う。
とりあえず、あの2人が特別なのだという事が分かって、一安心といった所だ。
「というか、アレは遊びというより訓練か何かではないかと」
1人納得して頭の靄を晴らすも、彼女はその困ったような表情を和らげる事なく、言葉を続けた。
「武器とかを使わずに戦う事が好きな人は時々います。ですがあの2人がそういった人たちと一緒かと言えば疑問が残りますし、2人にとってあの行為は何か別の意味があるのではないでしょうか」
---[08]---
「別の意味…か」
「例えば、あの2人はこの孤児院でも男女別の年長者同士、この自分達の家を守るという意味で、2人がお互いを高め合っているとか」
「ふ~ん。まるで夫婦が家を守るために助け合ってるみたいね」
「夫婦…は、さすがに話が飛び過ぎていますけど…」
「そう? シュンディは年頃の女の子だし、フウガは…結婚を前提にお付き合いしている子がいてもおかしくない歳じゃないか。もしかしたらその相手がシュンディなのかも」
「・・・フェリさん、またそういう話題を振って私で遊ぼうとしていませんか!?」
「ふふっ」
---[09]---
「も~っ!」
フィアが顔をわずかに赤くして、私の肩をポンポンと叩いてくる。
そういう話が得意ではないと知ってからというもの、私は隙を見つけては、話を切り出して、その都度彼女の顔を赤くさせていた。
その行動は、私が俺として、現実で行動している間のこの世界の私と変わらない。
それはこの夢で目覚めて前日を思い起こす事で得られる記憶から証明されている。
だから、さすがにフィアも気づくようになってきていた。
『フェリ君、フィーで遊ぶ時は私も混ぜてよ~』
そんなフィア弄りを羨ましがる人間が1人。
読んでいた本を置き、エルンが私の首に抱き着くように腕を回してくる。
「混ぜてって言われても…。自分でやればいいじゃないか」
---[10]---
「それが駄目なんだよ。フィーは私がそういう話をすると何か裏があるって、先入観を持っているから、フェリ君がした時みたいな反応をしてくれないのさ」
それは昔からの積み重ねが問題なのでは…。
そんな本音を、言葉にせず、溜息と共に口から吐き出す。
「無理だよ。フィーは私に対しても警戒し始めているから」
「え~…」
冗談めいたモノではなく、本気で残念がっている辺り、エルンの弟子であるフィアの苦労が、修行以外の所にも多くある事が知れる。
そんなエルンと私に対して、フィアはただただため息をつくのだった。
「それにしても、下手したらあの2人って、私よりも強くないかな?」
---[11]---
首に巻き付く腕の息苦しさとそこにかかった重さ、それらを背中に当たる柔らかな感触で相殺しつつ、私は視線をフウガとシュンディに戻す。
2人とも随分長い事組手を続けているせいで息が上がり、額からは大粒の汗を流し始めていた。
「得物無しの肉弾戦で、体調が万全の状態、なおかつそれが最初から最後まで続くという条件で評価するなら、フェリ君よりもほんの少し強いかもね。あ、フェリ君の万全ていうのは、実力を遺憾なく発揮できる状態ではなく、今の状態の事ね」
あれが私よりもほんのちょっと強いだけ…、それはまた反応に困る微妙な差だ。
条件も多いし、実際の所どれだけの差があるのかも測れない。
「そうだねぇ~。フェリ君は戦闘訓練だけじゃなく、見る力も訓練しなおす必要があるかもしれないな」
---[12]---
見るという行為は、相手をどれだけ理解できているかで決まる行為だと思う。
そして、理解するためには情報が必要であり、多ければ多い程良い、この世界の基準、上限、基本に常識、とにかくそれらが多い程、情報を処理できるキャパシティが大きくなる。
自分の体の筋肉量、体の柔らかさ、それらが情報を処理する上で関係ない、必要のないモノである以上、私に相手の力量を測る事…見る事ができないのは、当然と言えば当然だ。
だから、それができないと言われる事に対して苛立ちを覚えたり、劣等感を覚えたり、そういったカテゴリーの負の感情が沸きあがる事はない。
あるとするなら、それは自身が身に着けなければいけない物が増えた事による困惑、苦悩、夏休みが終わる寸前で宿題が増えた時のような感覚だ。
---[13]---
頭を使う方の勉強は、正直苦手だから、なおさらやりたくないという感情が前に出る。
かといって、やらないという選択肢が無い。
今までイクシアとだけ戦闘訓練をやってきたから、その点で力量の基準というか情報が少ないんだろう。
戦闘という存在は現実では学べない事、なら、ここでやる事は一つか。
「ダメだぞ、フェリ君、今日は遊ぶ程度の運動ならいいけど、アレに混ざるのは無し。わかった?」
「わかってるって」
あの2人の相手をするという選択肢を口に出す前に駄目だと釘を刺されてしまった。
---[14]---
「今、残念がったかい?」
「まさか、あなたに駄目と言われてるのにやる訳がないじゃない」
「そうかい? 君のやる気に火が付いた気がしたけど」
「考えすぎだ。第一、なんでそうだと思う?」
「それは、こうやって体をくっつけている事で、君の魔力を感じているからさ。魔力というのは素直だ。君が頭の中で冷静でいると思っていても、魔力はその興奮を抑えるという事をしない」
「それが今の私にもあったと?」
「興奮とは違うけど、魔力が騒ぎ出したのを感じたねぇ」
「見る力を養うのも必要だけど、その辺の特訓も必要かもしれないわね」
「そんな警戒を強めなくてもいいのに」
「エルンに対してだけじゃなくて。そういう事ができれば便利じゃないかなって意味で」
---[15]---
「まぁそれができれば内面をざっくりとでも見られるようになるから、それに対抗できるようにする事は必要ないとは断言できないな。それでも、優先度で言えばかなり低い」
「それは近くにそれができる人間がいるかどうかで変わってくるだろ」
「まぁいずれできるようになればいいさ。まずは地盤を固める事だよ、フェリ君」
エルンはさらに体を密着させ、顎を私の頭の上に置く。
「相手の魔力を見るのと感じるのとでは、だいぶ差があってね。私のはその中間で、感じる方寄りといった所かな。これでもだいぶ頑張った方だけど。感じる方は見る方の完全下位互換だ。相手が無遠慮に周りに魔力を巻き散らしているならまだしも、今の君みたいに落ち着いている状態じゃ、これだけ密着しなきゃいけない、正直使い勝手なんて最悪だよ」
---[16]---
私の背中、肩甲骨辺りには柔らかいモノ、首周りには抱くように巻き付けられた腕、あと顎、正確には頭のラインに合わせるように乗せていて、顎の先から喉仏までが密着しているような形だ。
話的に密着させていればいるだけ感じ取れるのだろう。
顎付近を除いたとしても、今の状態を基準にするなら、かなりの密着度だ。
確かに実用性皆無と言っていい。
「魔力を見る行為と、魔力を感じる行為、その習得難易度は天と地の差もある。見る事ができる人間なんて多くない。だから習得優先度は低いのさ」
「多くない…か。たしか院長が見れる人だった気がするけど」
「そう。彼女のはいささか特殊ではあるけど、魔力が見れる人間だ」
目が見えなくても魔力を見る事でそのハンデを感じさせない生活をしていて、なんて便利な技なんだ…と思っていたが、今の話の流れだとただ便利なモノというだけではなく、その未知なる力に若干の恐怖を感じさせられる。
---[17]---
あの優しい微笑みも、なんか段々と黒いモノへと変わっていくような感じがした。
「ん? あ~、ちょっと脅かしすぎたかな? 君は感情が顔に出にくい子だが、その分魔力の方はびっくりするほど素直だな。色々とため込みそうでその辺はマイナス評価ではあるが、そういう所を含めて私は君の事を好きになりそうだ」
「そう」
「気を付けてください。エルンさんの好きは、普通の好意を持つという意味ではない時がありますから」
お茶をすすりながら、隣に座っていたフィアが不審そうに眼を細めながら言う。
「フィーも昔言われた事があります」
「それはまた…。まぁ、普段は面倒くさがりで、不真面目な所があるし、言いたい事はわかるけど、それでもやる時はやってくれるし、もう少し信用しないと…」
---[18]---
自分でそう言うけど、無理やり言っているようで、正直不安になる。
「それはまぁそうですけど…」
「いやはや、そうやって褒めてくれるとさすがの私も恥ずかしいな」
褒め言葉と馬鹿にする言葉、五分五分で言っているつもりだけど、今の彼女の耳には届いていないのだろうか。
「腕がいい事は確か。それ以外は…、需要がある人にはあるとしか言いようがない」
「なんか私には桃色な話がそうそう来ないって言われているようで嫌だねぇ」
「そんな事は…」
「いっその事、フェリ君とくっつくのもいいかもしれないな」
「女同士で?」
---[19]---
「別に男女だろうと、男男とか女女だったとしても、そういう仲になる事は悪い事じゃないし、つがいになる連中だっている。私的にはフェリ君が相手ならそういう間柄になっても一向に構わないぞ」
「またぶっちゃけ発言をしたものだ」
つがい…つまり現実で言う所の籍を入れるって事か。
相手がエルンだと、家事云々が全て私に来そうだが、自分の相手が医者というのは全然アリだ。
まぁエルンとしては何処まで本気かはわからないけど。
「だ、ダメですよ。エルンさんが相手じゃフェリさんが過労死してしまいます」
「じゃあ、性別関係なく相手を決められるのは本当の事か?」
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