第六章…「その特訓の無い日は。【2】」


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「え、あ、はい…」

 視線を反らして、話しづらそうな意思表示をするフィアの頬が、若干赤くなるのが見える。

 その予想通りの反応に苦笑しつつ、私は彼女のおでこを軽く小突いた。

「あなたは初心過ぎで、そして生真面目過ぎだ。遊ばれてる」

 私からは見えないけど、今、エルンの表情はきっと楽しそうな笑みを浮かべている事だろう。

 その証明か、フィアの頬がさらに赤くなる。

「別に嘘は言っていないけどねぇ~」

「だからこそ質が悪い。話を誘導したくせに。とりあえず気持ちだけ受け取っておくわ」


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「あ~、フラれたか。首が縦に振られるまで時間が掛かるかな、これは」

「はいはい、精進してくださいま…」

ドカンッ!

 自分達の話声以外に聞こえてくる子供達の遊ぶ声、そんな状態に平和を感じていた中、寝ている人間を問答無用で叩き起こす程の衝撃音が、その遊び場に響いた。

 おかげで眠りに落ちていたリルユが目を覚ます。

 音の原因は考えるまでもなく明らかだ。

「テル!」

 他の子ども達と遊んでいた弟を呼び、起きてしまった妹の面倒を見るようにお願いをしてから、フィアとエルンを連れて音のした方へと向かう。

 石造りが基本の世界、砂がある場所なんて珍しいの一言で、砂ぼこりが舞い上がる事はせず、問題の状況は向かう前からはっきりと見えていた。


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 孤児院の敷地が、どこまでかを示す役割もあるブロック塀が、見事に崩れている。

 外から敷地内を見えなくするとか、自由に行き来できなくするとか、色々な用途のある塀、その存在は現実との類似点、夢で知らぬ土地と言える場所で見る、見慣れた景色の1つ、だからこそ何の変哲もないブロック塀ではあったが、なんか意識を向けてしまうモノだった。

 とてもどうでもいい事だが。

 しかし、そんな見ていると安心できる塀は見事に崩れ、その瓦礫に軽く埋もれる形で、フウガが仰向けに倒れている。

 そして反対側には、尻餅でもついたのか、肩で息をしながら動揺した表情を浮かべるシュンディがいた。

 見た目だけでは怪我をしているという様子はないし、どこからか予期しない攻撃が飛んできたという様子もない。


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 となると、この惨状を作り出したのはこの2人で、状況を見る限り、犯人というかなんというか、原因はシュンディ以外にいないだろう。

「派手にやらかしてぇ~」

 さっきまでの楽しそうな雰囲気は何処へやら、エルンが呆れた口調で私達に指示を出す。

「まぁ大事にはならんだろうけど、念の為に診ていくとしよう。フィアはシュンディを見てやってねぇ。フェリ君はフウガを建物の方に運ぶのを手伝って」

「「はい」」

 これがもし日常茶飯事なら説教ものだ。

 年長者2人で何をやってんだって…、できる事ならげんこつの1発2発打ち込んでやりたいという感情が込み上げてくる。


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 それと同時に、まだまだ孤児院の事に関して、知らない事が多いなと感じる出来事だ。

「見事に崩れてるな」

 倒れるフウガの近くに来ると、その崩れた塀が必然的に目に入ってくる。

 塀の崩れた跡が人の形にでもなっていたら、まだ可愛げがあっただろうけど、当然そんな様子はない。

 崩れたそれを見て、自分が思っていたモノとは違う事に気付く。

 俺が当たり前のように見ている現実のブロックは、中に穴が空いて、持ちやすかったり、思っている以上に軽かったりする訳だけど、この世界で使われているのはどちらかというとレンガのようなモノで、中に穴とかはないらしい。

 そのおかげで、俺の知るそれより重さもある。


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 そんなものが体に落ちてきたらと思うと、考えるだけで体が痛みを覚えそうだ。

 だから、フウガが大怪我をしているかもしれない…、そんな考えから不安を抱き、数は多くないながら、その体に乗っているブロックを退かす手の動きが早まった。

 しかしそんな心配も不要だったようで、擦り傷に打撲、怪我がない訳じゃないけど、大怪我と呼べるようなものは無い。

 魔力による身体強化、ゲームで言う所の防御力と言える部分にまで作用するのは、便利と言わざるを得ないな。

 でもそれは便利である反面、危険な事に対しての意識を希薄にさせる要因の1つでもある。

 まさに美味い話には裏が…て奴だ。

 エルンが一通りフウガの無事を確認して、治療をするために建物の方へ運ぼうした時…。


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『いいって言ってるでしょッ!』

 もはや怒声、本気の怒り、そんな強い感情の籠った叫び声。

 それが後ろの方から響いてきた。

 誰の声なのかは考えるまでもない。

 やれやれと思う感情をため息とともに吐き出して、声がした方へと振り返る。

 向けた視線の先には、案の定怒りに身を任せたかのようなシュンディと、そんな少女に対して強く出れないフィアとの間に、険悪なムードが漂っていた。

 フィアはただシュンディに対して治療をしようとしているだけなのに、その少女はひたすらにそれを拒否し続けている。

 するしないの無限ループから袋小路に入り、積るエラーが少女の怒りという感情を煮えたぎらせた。


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 シュンディが大人嫌いなのは、孤児院に来た時の洗礼からわかっていたつもりだが、事態は私が思っていた時よりも深刻らしく、少女もまた相当大人嫌いをこじらせているようだ。

『こんなの、ほっとけばすぐに治るッ! 良い人ぶって僕に近寄るなッ!』

 怒鳴り散らしながら、勢いよく立ち上がろうとするシュンディ。

 しかし、その行為がかえって仇となる。

 右足を地面につけた瞬間、きっと少女の体には全身を電流が走ったかのような痛みでも襲ったんだろう。

 顔が苦痛一色に染まり、姿勢を崩す。

 倒れそうになるのを、左足を動かして何とか踏ん張るも、どう見たってその足に全体重を乗せているようで、まともに立てているという様子はなかった。

『ダメですよ。無理に動かしたら怪我が酷くなってしまいます。もし酷いモノなら、ちゃんと治療をしなければ後遺症だって残る可能性も…』


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『だから、いいって言ってる。僕に構うなッ!』

 もはや足を引きずるというよりも、けんけんをする要領で左足だけで立っていると言っていい少女は、そんな状態にも関わらずその牙を隠そうとはしない。

 そして、何かに気付いたのか、はっ…と顔色を変えてその場から逃げ出した。

「ちょっ! シュンディ!」

 普通だったら片足が使えない状態の子供1人を追いかけるのなんて、赤子の動きを封じるぐらい簡単にできる事だが、ここで万能な魔力の弊害が出る。

 カエルとかカンガルーとか、とにかく跳んで移動する動物全般が、びっくりするレベルで、少女は文字通り跳び去っていく。

 こちらの事など気にも止めずに、軽々と塀を跳び越え、その姿はあっという間に見えなくなっていた。


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「魔力が便利過ぎるのも考えものね」

 いくら大人嫌いとはいえ、怪我をした女の子を自由に動き回らせるというのは気分が悪い。

 怪我をしているのなら、相手が誰であれ治療を受けてほしい。

 命に関わらなくともだ。

 便利なモノだ…、俺も使えるものなら使いたい…、魔力に対しての評価はとにかく高いモノだったけど、この一件だけでその株は急降下した。

 単純に魔力という存在の良い面しか見ていなかった事を実感して、それに対しての怒りを、愚痴を漏らす形で発散する。

『彼女の事が心配だろうけどそれは後回しだ』

 私の動揺はそこにも出ていた。


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 今、怪我をしているシュンディを追うべきか追わざるべきか、頭にはそれしかなく、その二択が延々と漂う状態。

 正直、そのまま考えていたとしても、良い答えが出る事なんてなかったに違いない。

 そんな私をエルンの言葉が我に返してくれる。

 それに言葉を返す事なく、ただ頷いて倒れた彼を運ぶのを手伝った。

 シュンディの治療を全うできなかったフィアに対して、エルンは子供達が崩れた塀を通って外に出ないように見ていてと指示を出す。

 とぼとぼと崩れた塀の方へと歩く彼女の姿は、誰が見てもなんかあったとわかるレベル、落ち込んでいて何もかも自分が悪いと思っているかのような顔だ。

 ここにイクシアがいなくてよかった。

 シュンディの事も心配だし、無いとは思うけど、子供相手にマジギレするイクシアの姿など見たくはないからな。


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 そして気を失ったフウガを縁側…テラスに横に寝かす。

『この兄ちゃんだいじょうぶなのか?』

   『のか?』

 エルンが治療に取り掛かったのを見届け、さあシュンディを探しに行こう、と思った矢先、フウガの様子が気になってか、孤児院の子供達が彼のもとに集まってくる。

 そんな中で、私の服の裾を掴む小さな手、弟妹2人の問いかけてくる声が耳に入って来た。

「あなた達が心配する事じゃないわ」

 外見だけでしか判断できない以上、私が言える事はそれだけだ。

 しかし、そんな答えのない心配だけが空間を支配する時間は、そう長くは続かなかった。


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 そこは医者であり、弟子を取るほどの腕前であるエルンが、自身の患者を心配して視界を遮る子供達を退けようと、問題ない、心配ないと叫ぶ。

「君達ねぇ。そんなに群がっても何も変わらないんだよっ! むしろ遅くなる、遅くなるから、彼の事は気にせず遊んできたまえっ!」

 そりゃあ無理ってもんだろう。

 沈んだ空気は和らいだ気がするけど、エルンの言葉に不満を抱いた子供達の声が耳に響く。

 ただ彼を心配する声、邪魔だと言われた事に対する怒りの声、いつもと違う雰囲気に呑まれた子供達は、子供だからこそ感情的だった。

「わかったっ! わかったからっ!」


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 抑えられない、退かす事の出来ないそんな子供の感情に耐え兼ねて、エルンが早々に白旗を上げる。

「騒がずに静かにしていてくれっ! でも彼が大丈夫なのは事実だから、お願いだからもう少し離れてくれっ!」

 手を前に突き出して、これ以上来るなと全身を使って表す。

 少年少女の鬼気迫る勢いに対してのエルンの対応…というか、動きは今まで見た事のないモノだ。

 いつも冷静で欲望に忠実な彼女と比べて、声の大きさも、動きの大きさも、どれも大きい。

 言葉が子供達に届かない、ならば、聴覚だけで訴えかけるのではなく、その体を持って視覚からも、こちらの意図を伝えようとする行為だ。


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 そんな彼女の普段見れない動きのおかげか、子供達の勢いも削がれていく。

 普段見ない一面を見せるのは、患者がいるからなのか、とにかく、負傷者を前にした彼女の頼もしさというのは、群を抜いていると思う。

 そこからはあっという間だ。

 その腕の良さからか、それとも本当に単純で軽い傷だったからか、エルンの魔力を使った治療は、フウガの体にできていた傷を見る見るうちに消していく。

 彼女の手の平、青い光を纏ったその手を添えるだけで傷を治す、その力は差し詰め治癒の光だ。

 一通り見える範囲の傷を治しきった所で、エルンは大きなため息をつく。

「終わり~。は~、疲れた疲れた」

 ため息にどんな意味があったかはわからないけど、その瞬間に何かしら吐き出し、全てを終えた彼女の雰囲気は、いつもと大差ないモノに戻っていた。


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「あくまで傷を治しただけだから、気絶から目を覚まさせるまではいかないよ」

 その体から再びだらしなさを醸し出し始めた彼女は、誰が聞いた訳でもなく、フウガの状態について説明を始める。

「塀を崩す程の勢いでぶつかったんだから、それで気を失ったのはそうだけど、目を覚まさないのは、単純に燃料切れだからかな。全く、未熟者が張り切るからこうなるんだ」

 未熟者…?

「大事には絶対にならない状態だから、安心していい。でもまぁ~、このままだと別の意味で悪い方に転びかねない。・・・じゃあ、フウガを心配に思う子供達、彼をベッドまで運ぶから手伝ってぇ~」

「「は~い」」


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 エルンがフウガの上半身を持ち上げて、彼女の言葉に反応した子供達…、ここにいる孤児院の子供達全員が、各々が支えられる場所に手を添える。

「フェリ君は…そうだな。ここはいいから、弟達を連れて散歩でもしてくるといい」

「え…」

 ここで手伝いから外されると、なんか申し訳なさが残るのだが。

「ここは、この子供達がいればどうにでもなるって。何かあったらあそこで落ち込んでるフィーを呼ぶから大丈夫」

「でも」

「今から確実に子供達はフウガに付きっきりになるだろう。本当に大した事はないんだが…。そんな事、いくら言ったって意味がないだろうさ。そうなると、君の弟君達は暇を持て余す。つまり…」

「ここでできる事が限られるから、外に気分転換でもしてこいって?」


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「そういう事~。じゃあ、後は任せたよ、フェリ君」

 そう言い残して、エルンは子供達を連れて建物の中へと入っていった。

「任せた…か」

 その言葉が差す先にいる存在、それはシュンディだと思う、思いたい。

 子供達がシュンディを追って孤児院から出て行かなかったのが不幸中の幸い…、とにかくフウガは任せてシュンディを頼むといった所か。

 今は子供達の意識は目の前のフウガに向いていて、そこでシュンディの名前を出したら、彼女を探して子供達が出ていきかねない、そうなれば探す人間が増えるかもしれない。

「よし! こっちはエルン達がいれば問題ない。私達はこの島の探検にでも行くとしようか」


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「たんけん?」

   「けん?」

 私自身、気持ちを切り替えて、2人の手を取って歩き出す。

 一応、体育座りで自身の不甲斐なさに反省をしているフィアに状況の説明をして、私達は孤児院の外へと出た。


 エルンの意図を汲み、孤児院を出てきたが当てがあるという訳でもなく、私達はただ歩く。

 人が行きかう中央広場、この島の出入り口の船着き場にも足を向けるが見つからない。

 これでは本当にただの散歩だ。


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「きょうはくじらいるかな?」

 見知らぬ場所を歩き続ける事に飽きてきていたリルユが、海辺に来た所で、そちらに目を向け、いるかもわからないものを見ようとせっせと背伸びをする。

「さて、どうだろう。そもそも見る事自体が珍しいって言ってたし」

「む~」

 私が見てもそんなもの見る影もない。

 必死で探しているリルユを肩車して、さらに遠くの方へと視野を広げさせる。

「あ! ずるいっ!」

   「たか~い」

 それだけで喜ぶリルユに対し、テルも予想通りの反応で、自分にも肩車をしてくれと、服を引っ張ってきた。


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