第13話 学とマナブ

 日も暮れそろそろ帰るかと誰が言うわけでもなく、4人は立ち上がり帰り道を歩いていた。

 さっきの喧嘩じみた会話が嘘のように、ハジメとヒビキは他愛もない会話を繰り広げている。

 そんな2人の後ろを、マコトとマナブは歩いていた。

 いつもの十字路に差し掛かかった所で、ハジメとヒビキは左側を指した。


「じゃー、俺たちこっちだから」

「また、明日な~、またな~」


 そう言って、2人は手を上げ、歩いて行った。

 残ったのは、マコトとマナブだけ。


「俺たちも行くか」


 そう言って、マナブは家路を歩いていく。


 改めて、マコトは戸惑っていた。

 隣にいるのは学(がく)に似た人だけど、マナブと名乗る少年。

 マコトが知っているのは、学(がく)であってマナブではない。

 言ってしまえば、今は赤の他人に接しているようなものだ。

 うっかり余計な事を言ってしまわないように、マナブに声をかけ。


「しっかし、今日の爆撃ひどかったよな。ガラスが全部吹き飛んだりして」


 今日あった出来事を思い出す。ひどく辛い出来事だが、共通の話題はこれしか思い浮かばなかった。


「まぁー、滅多に起きなけど。今日は一段とひどかったかもしれない」

「だよなー、俺結構びびった」

 

 そう言いながら、今になって今日感じた恐怖を思い出してしまい思わず身震いしてしまう。

 マコトはぎゅっと身体を縮こませた。


「3日前は学校の屋上に爆弾が落とされて、2、3階は吹っ飛んだりしたなー。まー、次の日にはキレイさっぱりいつもの校舎に戻ってたけど」

「あ、あー、あの日ね。確かにあったな」

「あの時、俺たちたまたま地下一階で授業受けてたから助かったけど、上にいたらやばかったかもね」

「………そーそー、たまたま地下で授業受けてたから良かったけどな」


 いつものように平然を装った。

 けれど、マナブが話してくれた内容を聞いて動揺を隠せないでいた。

 爆弾………。聞いただけでゾッとする単語だ。

 気持ちを落ち着かせるように、深呼吸を繰り返す。

 平常心、平常心と心の中で唱える。


「けど今日ハジメが言ってた通り、この町の中って本当に安全なのか疑わしくなってきたわ。何回も繰り返される爆撃、銃戦。それを行っているのが、どこの誰だが分からないやつと来た。まさによくできたゲームみたいな世界だなって」

「確かにな」

「でも、これが現実なのは確かなんだろうけど」


 マナブの言葉に、現実を突きつけられた気がした。

 目の前で起こっている事は現実で、まるで目をそらすなそう言われているみたいだった。


「ところで、マコト。次の塾の課題やった? 数学のやつなんだけど」


 そういえばあっちの世界では、学と同じ塾に通っている。

 受験生という事もあり、お互い勉強には力を入れていた。

 こっちの世界でも、同じところに通っているのだろう。

 課題。そう言えばあったなと思いながら、宙を見た。


「あー、あれね。まだ。他の課題たまってて手つけてなんだ」

「ふぅーん。相変わらずマコトらしいね」

「おい、俺らしいって。どういう意味だよ⁉」

「マコトは、変わらなくて安心したって意味」


 そう言って、マナブは嬉しそうに笑いながら夜道を歩いていく。

 十字路に差し掛かる。

 いくら向こうの世界と似ていると言っても、似ていたのは学校周りだけだったらしい。

 この道は、現実世界とは違っていた。

 横道が増えていたり。知らない建物が立っていたり。

 あったはずの公園がなくなっていたり。ベンチがぽつんと道の脇に置いてあったり。


「じゃー、ここで。マコトの家はあっちだから」


 マナブが指をさした方を見る。

 現実世界では、マコトの家は、学の家と同じ通りにある。

 けれど、マナブのさした方は逆の方角だ。

 やっぱり、あっちの世界とは違うということか。


「……あー、そうだな。じゃここで、また明日な」


 マナブに別れをつげ、暗い夜道を歩き出す。

 1人になったらこんなに怖いのか。得体の知れない空間に1人投げ出されたみたいで怖い。

 踏み出す一歩がとても重い。

 嫌だ。怖い。


「マコト‼」


 後ろからマナブの声が聞こえ振り返ると、こっちに何かを投げつけてきた。

 驚いたが、条件反射なのだろう。飛んできた物を思わずキャッチしてしまった。

 わけが分からず、手に収まった丸まった紙を見つめる。

 マナブは歩きながらマコトをジッと見つめ、おもむろに口を開き始めた。


「爆撃が起こったのも、今日が久しぶりだった」

「マコトは、爆撃からの逃げ方も知らなかった。まるで今日初めて体験したみたいに」

「ヒビキの母さんの話も、初めて聞いたって顔してたもんな」


 目をそらせない。

 得体の知れない恐怖が襲いかかる。


「あと、地下一階に教室なんてない。あるのは避難用のシェルターだけ」

「塾の課題は数学じゃなくて、英語」


 マナブとの距離が近くなる。思わず後ずさりたくなった。

 この場から逃げたくなった。けれど、恐怖で足が動かない。

 手の中に納まっている紙が、手汗で濡れていく。


「最後にマコトの家は、俺と同じ方向にある」


 マナブの声はいたって冷静だった。少し冷たさも感じる。

 人二人分空いた距離の所にマナブは立ち止まった。

 そして、冷静に、そして淡々と問いかけた。


「ね、お前は、誰?」


 もう逃げられなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る