第9話 2つの呼び名

 廊下は、歩くたびにギシギシ鳴っているように聞こえる。

 見た目のせいもあるのだろう。

 どうやら今は、授業と授業の間の休み時間らしい。


 廊下には、まばらに生徒が出ていた。トイレに向かう人。

 教室を移動する人。友達と談笑している人。

 皆、思い思いに人の間の休憩時間を過ごしていた。


 真はハジメの後を追い、教室を見つけた。

 3年2組。そう掲げられた教室の中に入る。

 ハジメが、窓際の一番後ろで会話している2人に声をかけた。


「おーす、ヒビキ、マナブ」


 その声に振り向いたのは、真が良く知っているやつらだった。


「おーす、じゃねーよ。サボりまー」


 ヒビキと呼ばれた人物がこっちを見ながら、呆れた声をだした。


「ま、来たんだらからまだマシな方でしょ」


 そう答えたのは、マナブと呼ばれた彼だ。


「わりぃ、わりぃ、寝坊しちまってなー」


 真は、3人が会話している光景を少し離れた所から見ていた。


 教室には彼ら3人以外、生徒がいるがまったく見覚えのない生徒が、3年2組の教室に生徒として存在していた。

 また、得体の知れない恐怖が襲ってくる。

 大きく深呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着かせるしかなかった。そんな真の様子に真っ先に気付いたのが、彼だった。


「おー、マコト‼ お前も来たのか。てっきり、風邪でもひいて休みかと思ってたわ」


 そう言ってヒビキは手を振る。

 ヒビキの声に気付き、マナブも真を見た。


「はよ」

「そんな所でボーと突っ立ってないで、こっち来いよ」


 ヒビキに言われ、真は足を動かし3人の輪の中へ入っていく。


「ってかさ、聞いてくれよ! マコトがさ、今日なんか変なんだよ」


 ハジメがそう言って、今朝あった出来事を2人に話した。

 ハジメが話し終えると、ヒビキは「頭打ったりしてるから、大丈夫か? 頭痛とか吐き気とかないか?」と心配してくれた。

 マナブは、ジッと見て少し考えるように「マコト、体調がおかしかったら、すぐ言ってね」と言ってくれた。


 そんな話をしていると、チャイムが鳴った。生徒は各々の席に戻っていく。


 真は自分の席に着こうとしたが、どこか分からなかった。

 ここは自分が知る世界ではなかったからだ。

 額から汗が垂れる。手足が震えてくる。

 恐怖が付きまとってくる。

 そんな真の様子に、マナブが不思議な顔をしていた。


「どうしたの?」

「え?」

「え、じゃないけど。顔真っ青だけど。やっぱ体調悪い?」


 マナブの心配が今はありがたいのかどうか分からなかった。

 マナブが探るようにジッと真を見つめた。


「いや、えーと、何でもない。大丈夫だから」

「・・・・そっか。とりあえず席に着けば。マコトの席、俺の隣だし」

「あ・・・、そうか。ありがとう」


 真は、いそいそと自分の席に座った。

 ひとまず誤魔化せた。


 椅子に座りながら、ホッとため息をつく。

 身体を黒板のある正面にただし、前を見ながら今まで起きた出来事を思い出していた。


 身体中の痛みで目が覚め、起きたら道の上だった。

 最初は、なんでこんな所で寝転がってんだと思ったけど、徐々に記憶がよみがえってきた。

 一緒に部屋でビデオを見ていた3人がいない事に気付いて、3人を探した。


 そこで、一(いち)に出会った。

 けれど、その人は一(いち)にそっくりで、ハジメと名乗る人だった。彼は、コンビニの事も知らなかった。俺の事をマコトと呼んだ。


 学校に来たけど、やっぱり知らない世界で。

 響と学に無事に会えたけれど、彼らも同様にヒビキ、マナブと言う少年だった。クラスメイトは、会った事もないあかの他人だった。


「なにが、一体どうなってんだ」


 思っていたことが口から出てしまう。

 そんな真の様子を、マナブがジッと見ていた事に真は気づいていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る