第7話 知らない世界
「...っー」
身体の痛みを感じて目が覚めた。
身体がひどくだるい、そんな感じだ。
感じた痛みが次第に和らいでいくと同時に、真は身体を起こした。ぼやけていた意識がはっきりしていく。
「どこだ...ここ」
そんなありきたりの声しか出てこなかった。
ゆっくりと起き上がり、辺りを見渡す。
変哲のない道。まわりは、家が連なっている。
閑静な住宅街と言った所だろうか。
しかし、どこか妙に見覚えのある街並みだった。
どこかで見た事あるような。
どこで...。
それによく見ると、少しレトロな時代を感じさせる建物が連なっている。そんな住宅街の一本道の上に真は立っていた。
とりあえず、今はこの状況を把握する事が先だ。
「俺は......」
頭を手で押さえながら、記憶をたどってみた。
頭を打ったのか、ぼんやりしている。
「そうだ、俺の部屋に集まって、それから......」
真は慌てふためくようにして辺りを見渡した。
自分以外の3人がいない事に、ようやく気付いた。
「一‼ 響‼ 学‼」
彼らを探すように呼んでも、返事は返ってこない。
一気に恐怖と不安が押し寄せてきた。
何か嫌な予感が胸の中でざわついた。
その時だった。
「なーに、慌てた声だしてんだよ」
真は声のした方に勢いよく振り向いた。
「どーした? そんな焦って。ってか、道の上でお前なにやってんの?」
不思議そうにつぶやく人の声。
「なんだよ、驚かすなよ。いるならいるって早く言えよ。バカ一(いち)」
一人じゃなかった安堵が胸の中に駆け巡ぐった。
真はほっとため息ををつく。ただ安心したかったのだ。
「......ってかあのさ。落ち着こうとしてるところ悪いんだけど、一って誰の事言ってんだ」
困惑して眉をひそめる一の表情が真眼に映る。
真は、問われている意味が分からなかった。
「...は? お前の事だろ。梶本一」
一は、きょとんとした表情だった。
まるで、こいつ何言ってんだと今にも問いかけてくる顔だった。
「確かに、俺は梶本だけど。一じゃねー。ハジメだ」
何を言われたのかわからなかった。
言っている事が理解できなかった。
いや、理解したくなかった。
真が知っている梶本一は、今確かに目の前にいる。けれどこの人は、自分のことをハジメと名乗った。
頭の中が混乱してきた。
目の前の風景は、見たことがある景色だけど、何かが違う。
目の前にいる一は、梶本一ではない人。
何かがおかしい。危険信号の音が頭の中に響く。
真は頭を下げ、膝を抱えた。
「おーい、どーした、なー、真、マコト!」
一の声に、勢いよく頭を上げた。
自分の耳がおかしくなってしまったのか。
「おい、今なんて言った?」
「へ? おーい、どーしたって」
「違うそこじゃない、その後だ‼」
「マコトって。お前の名前呼んだだけだけど」
どうやら自分の耳がおかしくなってはいなかった。
いや、おかしくなったと思いたかった。
「...マコト」
自分の名前を声に出す。
「そーだよ、お前の名前じゃん。浅月マコト」
当たり前のように告げられる自分の名前。
「誰だよ、マコトって」
虚しさ、寂しさ、不安、恐怖。
全ての感情が胸の中に流れ込んできた。
夢だと思い、頬をつねってみるが、痛みを感じた。
これは、現実なんだ。
「さっきから、どーしたんだ? マコト、お前今日なんか変だぞ」
ハジメと名乗る人が心配そうに顔を覗き込んできた。
一(いち)じゃない誰かが目の前にいる。
何だか、泣きそうな気分だった。
「まー、あれだ。一晩寝ればいつものマコトに戻るだろ」
そういって、ハジメが手を差しのべてきた。
真はハジメの手につかまり、立ち上がる。
「よし!」と満足そうな声が聞こえた。
立ち上がって、改めて辺りを見回してみた。
やっぱりどこか、時代を感じる風景だ。
家のつくりも、道も、町の空気も。
知っているけど、知らない場所。
「なー、えーと...。ハジメ、今って何年だっけ?」
「はぁー? マコト俺より頭いいのにどーした、急に」
ハジメが顔をゆがめた。
「いいから、度忘れしちまったんだよ」
真は、そう答えるだけで必死だった。
「えーと、千...」
言いかけた所で、ハジメの顔がこわばった。
「どーした?」
と真はハジメに声をかけたが、ハジメの顔は相変わらずこわばっていた。
「あれ...、今、いつだ...。ってか、俺.....!」
急におびえたような、取り乱すような仕草だった。
「おい、ハジメ‼ 落ち着け、な!」
諭すようにハジメに声をかける。
ハジメは大きく息を吐いたり吸ったりを繰り返し、ようやく真知っているハジメに戻った。
「わりぃ...。何か。取り乱しちまってわりい。」
「いや、俺もなんかごめん」
何に対しての謝りだったのだろうか。今にして思う。
この際、ここが何年のどんな所なのか、ひとまず今は置いておこう。
そう言えば...。
真は、またも重要な事を思い出した。
部屋で映画を見ていたのは、真と一だけではなかった。
響と学は。
「なー、ハジメ! 響と学は!? あいつらは、どこにいる?」
この変な世界に来ているのは、響と学は来ているのか。
もし、2人が無事ならそれでいいのだが。
「あ、えーと...。その響と学ってのは誰の事言ってんだ? そんなやつうちにはいないけど。...もしかして、ヒビキとマナブの事か?」
「そう! そう言えば、そうだった。ヒビキとマナブ! さっき頭打って名前があやふやになってんだよ。疲れてんのかな」
真は苦し紛れに誤魔化しながら、頭を触る。
「やっぱ、今日のマコトちょっと変だ。道の上で騒いでたし。打ちどころが悪かったのか? さっきから、妙な名で俺の名前とかあいつらの事呼んでるし」
真は咄嗟に、
「大丈夫!もう大丈夫だから」っと笑顔で言った。
ハジメは「そうか? ならいいけど」と腑に落ちない顔で俺を見ていたが、すぐにいつもの彼に戻っていた。真は、ハジメにばれないようにホッとため息をつく。
そして、さっきのハジメの言葉で分かった事が2つ。
2人ともこの世界に存在しているという事。
ヒビキとマナブという名で。
「ヒビキもマナブも今頃学校じゃね。授業始まった頃だし」
ハジメが両手を空に突き出し伸びをしながら、さも当たり前のように俺に言う。
「学校...。ハジメは行かなくていいのか?」
「あー、俺? 寝坊。今から向かうところ」
ハジメはあくびをしながらそう答えた。
「学校に向かおうとしてた所、マコトが道に座って俺らの名前叫んでんの見つけて」
「だから声をかけた」
そう言って、ハジメは俺の顔を真っすぐ見てきた。
「ってか、マコトこそこんな時間に何やってるんだよ。お前、寝坊とかするタイプじゃないだろ? いつもなら、俺らの中で一番に学校にいるのに」
ハジメは不思議そうに真の顔を見てきた。
何かあったのではないかっと彼の顔が言っている。
「あー、今日は珍しく寝坊しちまって...」
ハジメから目をそらしながらそう答える。
正直、今はハジメの顔を真っすぐ見る事は出来なかった。
何か悟られそうで怖かったから。
一(いち)にそっくりだけど、ハジメと名乗るこの人物に得体の知れない恐怖を感じている自分がいる。
「ふーん、そっか。まー、そんな日もあるよなー。マコトもこれから学校行くだろ?」
「あ、ああ。行く」
「なら、急ごうぜ!って言っても、もう授業は始まってんだけどなー」
ハジメが笑いながらそんな事を言うから、こっちの気が抜けてしまう。
とりあえず、ここにいるヒビキとマナブという青年に会えば、何か変わるかもしれない。彼らは、真が知っている響(きょう)と学(がく)かもしれないのだから。
そんな事を思いながら、歩き出すハジメの背中を見ながら歩き出した。
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