第3話 予定決め

「はぁー、夏休みか。なー、どっか行くとか決まってるか? なにするとかさー」


 いちがそう言いながら俺達の方を見る。


「そういういちはどっか行くのかよ?」


 さっきまで一とコントを披露していた響がすかさず尋ねる。


「いんやー、まだ何も決まってない。とりあえずあれもしたい、これもしたいってのはあるんだけど、まとまんないわけよ。なにか良い案ある人いる?」

「ちょっとまて、良い案ある人いる?って俺たちと何かする前提なの」


 がくが呆れた声をだした。

 当の本人はキョトンとした顔をしている。


「あれ、違うのか? 俺はお前たちと遊ぶ気満々だったんだけど、え? 違うのか⁉」


 こういう所がいちらしい。

 いちの頭の中では、もうすでに4人で遊ぶ事は決まっているのだから。


「ま、ありきたりな事で良いんじゃない。海行くとか、プールいくとか花火とか・・・」


 指を折りながらきょうはいくつか案をあげた。

 無難にそれでいいと思い、その意見に乗ろうとした時だった。


「そんなの全部行くに決まってるじゃん! その3つは決定事項です。もっとも優先するべき事柄です。それ以外だっての!」

「それ以外かよ!この3つやるだけで、夏を十分満喫しました!って感じじゃないの⁉」


 響の言い分に、俺たちは大きく同意した。


「のんのんのん!お前ら甘いな。夏と言えば、その3つは定番で必ず上がってくるだろ。そうじゃなくて、夏休みってめっちゃ長いじゃん。この休みを無駄に過ごしたくないわけ! 高校最後の夏を、もっとこうさ! 色々とあんじゃん!」


 そう言って、いちは訴えかける勢いでこっちを見てくる。

 いろいろってなんだよ。彼の頭の中はいったいどうなっているのだろうか。


「高校3年のもっとも大事な時期にいちは相変わらずだよね。俺ら仮にも受験生だってのに。まず夏期講習の量増やすとか、塾行くとかじゃないわけね」

 

 夏期講習の紙を団扇がわりにしながら、学は苦笑いをした。

 こういう事を言い出すのは、がくらしい。


 受験生か。

 がくの言う事はもっともらしかった。


 だけど、いちの言うことも理解できた。

 高校最後の夏だ。遊びたい欲求だってある。

 受験生というだけで、否応無しに勉強という言葉は付きまとってくるのが現実だ。


 けど高校最後の夏、この機会を逃したら一や響、楽と遊ぶ時間はどのくらいとれるのだろうか。夏が終われば受験の追い込みに入る。もしかしたら、4人とゆっくり遊ぶ時間は最後なのかもしれない。


 そう思ったら無性に寂しくもあり、しんの中では、遊びたい欲求の方が勝っていた。


「はぁー、受験生ね。はいはい、勉強もしますよー。ちょうど最終進路調査票と三者面談の日程表も配られたしね。はぁ・・・。誰か俺の進路決めてくれんねかなー。どこ行きたいかわかんないし、何がしたいか未だわかんねーし。この前の模擬の結果悪かったしな。なー、お前らは進路決まってるのかよ?」


「はぁー」とため息をつきながら、なんともやるせない表情になっている。


「まぁー、一様いちようって感じだけどな。でも一様いちようだからな。ほんと、この選択で俺は後悔しないのかとか、もっと別の道があるんじゃないかとか思う。俺たち、今まさに大きな決断をしなきゃいけないんだよな」


 天井を見ながら響はぽつりぽつりと言葉を紡いだ。

 がくも夏期講習表から目を外し、どこか遠くの方をみているようだった。


 みんな沢山考えている。たくさん悩んで、考えて、これでもかってくらい考えて決断しなければいけない。 受験生というのはそういうものだ。暗く重たい空気が4人をまとった。


「とりあえず、海、プール、花火行くんだろ。それくらい遊んだっていいんじゃない? ずっと勉強ってのも気分が重くなるし、気分転換として遊んでみるのも悪くないんじゃない」


 そういうと、3人とも「そうだな。そうだよな」と各々にうなずく。

 暗くなっていた雰囲気が、少しだけ明るくなる。


「そうだな、しんの言う通り少しくらい遊んだっていいよな! よし、とりあえず予定はしんの家で計画立てようぜ」

「俺の家かよ⁉ まー、良いけど」


 呆れながら、でも夏休みが少しだけ楽しくなるような予感がした。


「そーと決まればこれからしんの家行くか」

 

 いちきょうが自分の机の方に戻っていく。

 荷物を取りに戻ったのだろう。がくも夏期講習のプリントを鞄にしまいながら、帰る準備をしていた。


 いちきょうが荷物を持ちこっちに来るのを目にしながら、俺とがくは立ち上がる。


 気怠い教室の空気を肌に感じながら、4人は教室から出ていこうとしていた。これが彼らに取って当たり前の日常だったのだろう。まさか、この日常が変わるとは誰も思いもしなかった。

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