49話 嵐の前の休息

コッラウロの診療室から退室したチェイスは闘技場コロシアムとモエルバッハ外壁の境にある大型映像装置グランビジョンに向けて足を運ばせる。

別行動をしていた(賞金ゲットとソフィーの歓迎会を兼ねたパーティーの下準備の為)オリバー達との待ち合わせ場所に選んだのがそのグランビジョンの下なのだ。

特に時間を確定していた訳ではないが果たして。外壁部の高さにして12.3m辺りに埋め込まれているグランヴィジョンを見てみると今現在、画面には衛星都市を中心とした地域の天気予報が流れていた。

星の時代と云われる昔話では天気は自然が決めるものではなく、人が予定するものだった。と言われているが、一体どの様なワザを持ってすればそんな奇跡を成し遂げられるのかは興味が尽きない。

そんな事をボンヤリ考えていると、正面に見たことのある3を発見。

ん、三人?オリバー、ソフィー・・・ケリー、だと⁈

ケリーは申し訳なさそうな微妙な笑顔、一方のオリバーは凄く楽しげな笑顔だ。その笑顔は『してやったぜ』といういかにも彼らしい笑顔モノだった。そしてソフィーは何時ものポーカーフェイス。

まぁソフィーは、言わずもがなだな。それにしてもこのタイミングでケリーか。

しかし、オリバーとソフィーもの後での再会だというのに警戒のイロを見せていないという事は、ある程度の探りは既に完了済み、という事なのであろうか?


「よぅ、待たせたな。それにケリー、久しぶりだな元気してたか?」


努めて平静な態度を装ってはみたものの果たして上手くいったかどうか?

ソフィーのジト目が気にはなったが、ケリーは俺の素振りに気に止めることはなかった。


「はい、お久しぶりです。チェイスさん。・・・それで、あの、その、顎の調子は、どうですか?」


「・・・」


そういえばケリーとの再開は以来となるのか!

チェイスとしては結構恥ずかしい思い出となってしまう。ハンプトン村での戦闘後、彼の脳裏にはケリーの頭突きを顎に食らって見事に気絶してしまった記憶が鮮明に蘇る。

今でもゴリュッと云うかなんというか、顎の辺りの関節が変な音をたてた時の事を思い返すんだよな。

疲労困ぱいしていたとはいえ、あの一撃で完全に意識をもっていかれてしまった。

ケリーの申し訳なさそうな顔はこの為だったのか。確かにこいつなら、あり得る。


「あ、ああ、そっちは大丈夫だ。問題ない」


そっちの方でまさかの動揺に情けなさを感じるチェイスであった。


「で、コッチの方はどうだった?」


続いて、今は割と真剣な顔になっているオリバーが自身の目の辺りをトントンと突っつきながら聞いてきた。

幻影ファントムの事を言っているのは分かるが、なんにせよ色々な人に心配を掛けてるな。俺。

これは意識せずとも項垂れてしまうのは致し方無しと言うべきか?


「お、おい、大丈夫か!なんか大変なことになっちまってんのか!お前?」


沈黙を勘違いしたオリバーが慌てて問い詰めてきた。

ケリーあたりは当然の事のように既に心配顔になっている。

オリバーから幻影ファントムの話も聞いていたのだろう。ま、その辺りも当然か。

しかし、気がつくとソフィーは素知らぬ顔でグランビジョンを眺めている。ちょうど昨日の闘技場のハイライトが流れていた。ヴァルヴァロ脅威の快進撃、そのシーンだ。それを見ていた彼女は只一言。


「あれは人間か?」


「「「・・・はぁ」」」


場に流れるため息と気が抜けた空気。

まぁ、心配顔を並べられるよりはマシなんだろうが。

ソフィーの呟きをスルーしつつチェイスは明るく語る。


「ああ、問題は無しだ。もう少し通いは必要かもしれないがコッラウロ医師曰く『サボってないで早く仕事をしなさい』だってさ」


実際にはコッラウロの診療によると単純に幻影ファントムとは言い難いのではあるが、今は三人?にこれ以上の心配を掛ける必要はない。

とりあえずこれで良いよな。


「おいおい、だったらそんな心配させる様な顔するんじゃあねぇっての、全く」


オリバーは心底安堵した顔で笑う。

いい意味で彼は単純なのだ。


「悪かったな。じゃあ早速パーティの準備に取り掛かろう。ケリーも誘ってんだろ?」


「すみません。よろしくお願いします」


相変わらず遠慮がちに話すケリーの背中を叩きながら四人は歩き出す。


「ケリー、お前はもっと肉を食うべきだ」


「はぅ」


彼はよろけながらも和かに笑う。



数時間後

自宅屋上にはバーベキューを楽しむチェイス達がいた。

この付近では頭一つ高い3階建の建築物ビルディングとあって人の目を気にせず和気藹々とした雰囲気を満喫する。

この建物には元々は何かしらの商売を営んでいたであろう設備や外壁の看板の痕跡を見受けられるが、元のそれを知る者はこの近所はおろか、この建物イエに住む住人であるチェイスとオリバーでさえ知らない。そして今の彼等にとってはどうでも良いことだった。


夕暮れ時からは始まったバーベキューパーティーはそれなりに盛り上がりを見せて来た。

肉を焼いて香ばしい香りを辺りに撒き散らしているのは本当に申し訳ないが、今日1日くらいは良いよな。

チェイスもいつになく明るく振る舞って場を盛り上げて居るがオリバーは更に上を行く。


「ソフィーちゃん、俺たちゃあ仲間であって、もぅ家族みたいなもんだ。だからな。俺のことは『おにーちゃん』と呼んでくれてもいいんだぜ。と言うか、呼んで下さい」


右手に焼き肉によく合うとされるお茶ティーを片手に、ソフィーの肩をパンパンと叩くオリバー。

改めて知ってしまった。こいつはアルコールに酔うのでは無く、場の雰囲気に酔うタイプなんだな。

相方の癖の悪さに驚きを隠せない。それは今は亡き妹の生き写しソフィー所為ともとれるが、当人は嫌そうな顔を隠そうともしない。


「うん、分かったオリバーの『クソ兄貴』」


「ふぉっふ」


辛辣なソフィーの応酬に仰け反るオリバー、しかしその顔は嬉しそうだ。


「ソフィー、女の子がそんな汚い言葉を使っちゃあダメなんだぞ」


諭す様に語るチェイス。此方の方がよっぽど良いお兄さんぽく見える。


「うん、分かった。じゃあ、オリバーの『バカ兄貴』」


「ふぉふぉっふ」


再び仰け反るオリバー、その顔はとても嬉しそうだ。


「ん〜、素直なソフィーは俺も大好きさ、でもな、アレは兄貴と付けると何を言っても喜ぶからな、只の『オリバー』でいいんだよ」


ソフィーの頭を撫でながら語るチェイスは見事にクラスチェンジを果たし、もう愛娘を愛でるお父さんの様になっている。


「うん、分かった。オリバーヨロシクな」


こんな棒読み加減なヨロシクは初めて聞いた。


「・・・ふぉ、お」


落胆の色を滲ませながらオリバーは椅子に力無く座り込む。


「な、仲が良いんですね」


ケリーが信じられないモノを見たと言わんばかりの表情でソフィーを見ていた。

確かに、こんな感じのソフィーは珍しい。


「人付き合いは苦手でも、心許せる仲間には、って事かな。ソフィーにそんな人間として受け入れてもらえたならそれはとても嬉しい事だな」


「心許せる仲間、ですか」


反芻する様に相槌を打つケリー。

気がつくと、ソフィーもこっちをじっと見つめていた。


「ん、羨ましいか?」


その質問はケリーに投げかけられたものの様だ。

隣のケリーがビクッ、と肩を震わせている。とてもわかりやすいリアクションだ。


「うん、お前は昔から胸に重いモノを抱え込むからな。今の内に吐き出しておいた方がいいぞ」


変化球と思いきや結構直球なソフィーの問いかけ。

台所で練っていた俺とオリバーの『明るい雰囲気でケリーの心をとぎほぐしつつ、隠し事を暴け作戦(仮)』が台無しである。

いや、前振りは結構良かったのか?

ケリーは申し訳なさそうに頭を垂れる。


「すみません。また僕はみなさんに嘘をついてました。実は、その、探し人というのは、チェイスさんとオリバーさん、お二人の事だったんです」


俺とオリバーは顔を見合わせ、ヤッパリな、と確認する。


「それで、その、さらに、厚かましいお願いなんですが、しばらくこちらでお世話になることは出来ないでしょうか?」


「「えっ?」」


自分達が予想していた内容と彼の『お願い』との違いに、チェイスとオリバーは見事に意表を突かれた。ソフィーは相変わらずポーカーフェイス、さっきから黙々と肉を食している。


「べ、別に騎士団を追い出された訳ではないんですよ!その、僕の、自身の修業の為、なんです」


「修業ってどういう事だ?お前が一勇士ブレイブマンに教わることなんて今更あるとは思えねぇんだが」


オリバーの意見には同意見。教えを請うならもっと身近な存在がいるでは無いか。教えを請うなら、そう、あの騎士団の成員メンバーの中でリアム以上の人材は他にはいまい。

リアム分隊長ならば寝る間も顧みず、文字通り付きっ切りで修行に付き合ってくれる事だろう。

しかし、ケリーの求める修行とはそんな訓練ではなかった様だ。ケリーは話し続ける。


「僕は、元貴族なんです。騎士や騎士団の生き方は理解出来ますが、生粋の勇士ブレイブマンのモノの捉え方を知りません。皆さんと行動しながら其れを学びたいんです。勿論、師事して頂けるなら御礼は支払います」


なるほど、これが貴族流の学び方になるのか。

確かにチェイスの視点はケリーのソレとは幾分違う様に見受けられる。


「ケリー、俺たちは確かに仕事を請け負って生きてはいるが、チームに求めるのは背中を預け合う信頼出来る仲間なんだ。それだけなんだ。だから俺に言えるのは、一緒に働いて学べる事があるなら勝手にすると良いって事だけさ」


「えっと、それって」


「大歓迎ってコトだよ!期間限定なのかもだが、俺も歓迎するぜ!」


オリバーがカップを掲げながら笑う。

良いところをしっかり持っていくな。コイツは。

そしてソフィーも口をもぐもぐとさせながら頷いている。


「モグモグ・・ん、リアム辺りの、モグモグ・・企みだろうが、モグ・・勇士ブレイブマンを・・モグモグ」


「ソフィーちゃん、言いたい事があるなら取り敢えず食べるのをやめなさいな」


オリバーが彼女のカップにミネラルウォーターを注ぎ手渡す。

素直にそれを受け取ったソフィーは、んぐっんぐっとそれを一気に飲み干してしまった。

小柄な癖にこの中で一番男らしさを感じるのは気のせいか?

ダンッとカップを置いてチラリとこちらを見る。


「ん?何かお前も何か言いたげだな。チェイス?」


「べ、ベツニ、トクニゴザイマセンデスヨ」


さっきまでリスの様に両頬を膨らませていた癖に妙に勘が鋭いのはやはり猫だからか?

チェイスのドキドキは止まらないが彼女は気を取り直しケリーに向き直る。


「うん、リアムの考えは正しいな。二人は絶滅危惧種っていうのか?今時珍しい位の勇士ブレイブマンだからな」


絶滅危惧種、ね。ソフィーは相変わらず独特な捉え方をしてくれている。しかし、これは褒められていると考えても良いのだろうか?そう願いたいところだ。

ケリー自身、ソフィーからリアムの判断が正しい事として評価されたのがよほど嬉しい様で、しきりに頷いている。


「うん、それだけに残念だ。騎士団に対する考え方がリアムとハーディーでは違いすぎる・・・予言してやる。お前は必ず辛い経験をする事になるぞ」


確信のこもったソフィー指摘。そして何となくでは有るが、それは、チェイスとオリバーにも確かにだと感じさせる予言。


「雇われていた身で言っちゃあ何だけどよ、出世思考が強い野心家、守銭奴ってところでかなり分隊長殿とはソリが合わないんじゃあ無いか?そもそもあの分隊長、何でそんなヤツに仕えてんだ?もしかして、なんか弱みでも掴まれてんのか」


「失礼なヤツだな、万が一男爵に弱みを握られていたとしても、あの人がそれで付き従う訳がないだろ!ケリー、すまん。許してやってくれ」


言いたい放題のオリバーを咎めながらチェイスは頭を下げる。


「まぁ、そうですね。あ、いえ、弱みはないでしょうが、確かにあの御二人の性格は合わないでしょうね。リアム分隊長は先代にご恩があったそうで、それに報いておられるのでしょう」


「・・・それは義理堅い事で、それはあの分隊長殿らしいと言えばらしいな」


その点はオリバーも得心がいったらしい。

その動きにシンクロしているかの様にソフィーも頭をウンウンと首を振る。この娘自身は何を考えているかはよく分からないが。


「何にせよ、どうせこれからも騎士団は実質リアム分隊長が取り仕切るんだろ?だったらお前は、その支えになれば良い」


それが一番いい対処な気がする。


「そうだな、ま、お前は俺たちが鍛えてやるぜ。とりあえず肉を食え」


オリバーはニッと笑いながら、いい感じに焼けた肉を山盛りにした皿をケリーに差し出す。

今度は苦笑いになっているケリーは素直にソレを受け取った。


「うん、それにしても私はお前がこの二人を改めて勧誘スカウトしに来たのかと思っていたのだが、拍子抜けだな」


ソフィーの台詞にチェイスとオリバーは硬直する。

あんた本当にストレートだな!

チェイスとオリバー、二人でやはりというか、それとなく聞き出そうとしていた案件をいとも簡単に口に出来るとは、ソフィーはやはり漢らしかった。

ケリーは三人の注目を浴びながら神妙に答えた。


「あ、はいっ、それはいずれ僕がにお願いしたいと思っています」


打って変わり、全てを言い切ったいう清々しいほどの良い笑顔がそこにはあった。

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