45話 再会 06

オリバーは衛星都市モエルバッハの西、西中央大門を通り過ぎる。

彼の足取りは軽やかでその顔は終始にこやかだ。隣にはソフィーが並んで歩き猫耳をピコピコさせている。二人が向かうは外壁の外、衛星都市の市民権を持たぬ民が暮らす外街である。

外街とはいえ、都市の外壁沿いに並ぶ様々な店や家屋は、ギッシリとひしめき合いカオスな様相を呈していた。大門から伸びる大通りを塞がないよう道幅は広く確保されているものの、結局大勢の人々が行き交う歩行者天国の様な状況を作っていた。

オリバーとソフィーは買い物目的で此方側に来ている。勿論都市の中でも買い物は出来る。普通、質を優先させるならばそちらを選ぶことになるのであろうが此方側の方が圧倒的に安いのだ。故に彼らに選択の余地はない。例え予期せぬが入る事になったとしてもだ。


☆☆☆ ☆☆ ☆☆☆ ☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆


数刻前

「「賞金5000万万ルビ、だとぉーーーーー!」」


思わず二人が絶叫してしまったのも無理はない。普通それだけの金額を一勇士が稼ごうものなら10年以上はかかる事だろう。しかも超の付く割りのいい仕事を受け続ければの話だ。

そんな大金をチェイスは賞金として受ける事が出来るという話。いきなり信じろと言うのは難しい。


「お、お前、どんな事しでかしたらこんな事になっちまうんだよ」


「オリバー、お前のいい様だと俺がまるで賞金首になった様だ。い、いや実際、そ、そうなのか?」


或いはこれは手配書なのではなかろうか?とチェイスは書類をジッと見つめる。


「うん、二人とも落ち着くがいい、まず、これを飲め」


既に勝手知ったる何とやら、ソフィーは空になっていた二人のカップにインスタントの珈琲を入れて行く。

ゴクッ!ゴクッ!ゴクッ!ゴクッ!

ゴンッツ!

二人は珈琲を一気に飲み干しカップを勢い良く置く、一連の動作がまるで合わせ鏡のように決まった。


「うん、つまりだ。ノリッチの森で持ち帰った新型の機獣メタルビースト。あれの報奨金だ」


「おお!あれか!でも、あれ一機分でそんなに出るもんなのか?」


トントンとソフィーはテーブルに置かれた紙片を叩く、続きを読めって事だ。

ま、それは確かに。

高額の報奨金の理由、それは件の新型機獣が危険度認定SSとして認められたからだ。数百年振りに現れた新型機獣に対する注目度もさる事ながら、その行動パターンに重きが置かれている。

本体自体の攻撃力は脆弱であるものの頭上や足元という死角からの奇襲という対応の難しさがポイントになった様だ。

そしてオリバーは思い出す。

ああ、そうだよ。俺はその目の前にいたんだ。あの女隊員が斬られたのはサル型に足を掴まれたからだった。

もし、あの時、足を取られていたのが自分だったとしたら、と考えると今でも身震いしてしまう。


「うん、いずれはギルドのアーカイブに登録される事だろう・・・だが、この手柄を男爵が狙っていたとすれば、どうだ?」


「・・・仮入隊の時の契約ってどうなっていたっけ?」


「えっと、ちょっと待て」


この手の契約事項には強い拘束力があるものだ。チェイスは幾つかの注意事項を振り返る。


「えっと、騎士の誓いに至らなかった場合は・・・個人の戦果はその個人に期するするものとする。というのがあったな。で、騎士の誓いをたてた場合、戦果は全て騎士団に期するものとする。契約は仮入隊時からの適用と・・・」


仮入隊の中で個人の戦果を評価するのは異例中の異例といえた。

男爵の気前の良さをアピールする為の意図があったやも知れないが、今となってはこの契約内容は彼にとってかなり手痛い約束事になってしまっているようだな。


「あ〜これは来るか?入団のお誘い」


オリバーもこれが原因だと判断した。

男爵は俺たちの報奨金と、アーカイブ登録の名誉を狙って俺達の騎士団入隊を望んでいる。ということか?


「報奨金の話は何時こっちに来るんだ。男爵は俺たちがこれを『知る前』に動きたいと思っていたはずだ」


「うん、でもまだ時間がかかるのではないか?」


ピラッと目の前に置かれているレポートを裏返すとちょっとしたメモ書きがあった。

『新型サル・射出式球根型の解析も進行中』


「ん、これもチェイスが斬ったヤツ、これも新型に認定されるなら報奨金の追加だ」


「・・・」


流石の二人も言葉を失った。


☆☆☆ ☆☆ ☆☆☆ ☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆


混雑を極める道中でもオリバーは迷う事なくお目当の店に向かう。

『マルコーズ・ボム』

勇士御用達の店だ。

店内に入ると早速、アンダースーツの合成樹脂特有の刺激臭が二人を出迎える。

ソフィーは立ち止まり、二、三歩退く。


「・・・うん、此処は、あり得ない」


鼻をつまんで縮みこむソフィー。

確かにこの匂いは普通の人間でもキツイものがある。感覚の鋭い獣人には特にそう言えるだろう。


「あらら、じゃあ、そうだなぁ、ソフィーちゃん、先に隣に行って来なよ。必要な日用雑貨を見繕っておいてくれれば後でまとめて支払うからさっ」


オリバーは爽やかな笑顔で親指を立てる。

ん、分かった。と何時もの短い返事一つでテクテクと歩いて行く。

店内をブラブラと歩き始めるとあまり聞きたくはない男の声がかかる。


「よぅ、オリバーじゃあないか!暫く見なかったがどうしてたんだよ。今日はチェイスの野郎は一緒じゃあねェのか?」


マルコ・ハンフこと、この店の店主だ。

禿げた頭にでっぷりとした初老の親父は一癖も二癖も有りそうな貫禄を放っている。そして実際に油断の出来ない性格を隠そうともしていない。

師匠曰く、店の品は信頼できるが店主は信頼出来ない。付き合い方には気を付けろ、だった。


「ちぃーす、マルコのおっさん。アンダースーツ見してもらうぜ」


「ん、おおぅ、何だ。オリバー、お前どんなヘマをしでかしたんだよ。あれを駄目にするなんザァ相当なもんだゼェ」


値踏みする様な目でオリバーの身体を上から下へ、何度も行き巡らせる。


「そんなに見つめるなってーの、気持ち悪い、今日見に来たのは闘技用だ。あっちで良かったよな」


「ほぅ、早くも闘技場デビューってか?一体どんな良いパトロン見つけたんだ?教えろよ」


やり手の商売人独特の鋭い眼光を光らせるマルコ。


「あん、そんなもんいねぇよ。今日はただの冷やかしだ」


「ふぅん、ま、そういう事にしてやんよ、早く妹さんの約束ってヤツを果たしてやるんだな。一応応援してんだぜ」


「・・・ありがとよ、でも、もう妹の事は言うな」


マルコはフンッと鼻を鳴らすと肩をすくめて店内の奥へと引き下がっていった。

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