40話 再会

自宅のリビングで何と無く過ごす二人。

チェイスとオリバーはカップに注いだ水を啜る、よく冷えた水が渇いた喉を潤していく。

実に気持ち良い。


「くはぁ、やっぱ冷えた水をいつでも飲めるって言うのは恵まれてんだなぁ、俺たち」


衛星都市モエルバッハの外壁と内壁に挟まれた居住区には辺境にはない恩恵が沢山存在する。

蛇口を捻れば飲める水が出てくる。そんな些細な設備でも有るのと無いのでは大きな違いがあるのだ。

チェイスとオリバーもその両方の生活を知っている。それ故に彼の歓声にはチェイスも全くの同意見。軽く頷いていた。

チェイスはオリバーの向かいに座る。


「さて、チェイス、そろそろ対策会議を始めるとしましょうかね」


二人は数時間前まで闘技場コロシアムで偵察を兼ねた試合観戦に勤しんでいた。

ヴァルヴァロ、確かに予想以上の怪物だった。実力派で知られる三人を相手にして余裕の勝利を得たのだから、とはいえオリバーの焦りは気が早い。


「というか、お前はまだ剣闘士グラディエーター登録も済ませてないんだぜ、今はに、じゃなくて試合内容の検討と傾向が優先だろうが」


「だ、だってよう」


オリバーの情けない声色にやれやれと呟く。


「まぁいいさ、今日はとことん付き合ってやるよ」


全く、今夜の睡眠時間は大幅に削られそうだ。


☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆


翌朝、目覚まし時計より早く起きる。

オリバーとヴァルヴァロ戦を振り返ってみれば明け方近くになっていた。あの後直ぐに寝た事を踏まえれば実質の睡眠時間は2時間を切る計算になる。


「生活習慣恐るべし、だな」


眠気が全く無い事に驚きを感じる。

再び寝転び今日の予定を思い浮かべる。

ああ、今日はコッラウロ医師せんせいとの面会があったな。

絶対に外せない予定を鑑みてやはり今起きるのが最善と、そう結論付けたチェイスはベッドから勢い良く起き上がる。

朝食は当番制、今日は俺の番だが、オリバーは食べるより睡眠優先な気もする。しかし後で文句を言われるのも癪なので、食事の準備に取り掛かる事にした。

丸い平らなパンを軽く焼き、干し肉と卵を取りながらスープの具材はどうしようかと考えていると、コン、コンッとドアをノックする音が響く。

反射的に時計を見る。

親父が生きていた時ならいざ知らず、(もっと早かった時もある)期待のルーキーと呼ばれて間もない俺たちに対し、仕事の依頼が向こうからやってくる程に知名度が有るとも思え無い。

慎重にドアに近づき覗き窓から来客を確認すると、そこには小さなボロ雑巾が立っていた。

いやいや、違う!

確かにボロ雑巾のように見えたのは確かであったが小さな彼女には見覚えがある。

全身埃まみれになりながらも黒髪から覗くクリッとした意志の強そうな瞳、猫人族特有の可愛らしい耳をピコピコと動かすその仕草は記憶に新しい。

名はソフィー、およそ一月前、共に機獣メタルビーストと戦ったいわば戦友。

よもやこんな場所で(玄関先)で再会を果たす事になろうとは!

覗き窓を通し視線が合わさるもソフィーの表情は無表情のままである。そうこうしているうちに彼女が先に口を開く。


「にゃあ、野良猫が朝ご飯をたかりに来ました」


小首を傾げ実に愛らしいポーズを決めるがやはり無表情である。


「お、おぅ」


しかし、これはこれでかなりの破壊力があったと言わざるをえない。彼女の意外な一面を見てしまった。

オリバー辺りなら絶叫モノだ。

そしてチェイスも思わずコレは幻覚か?とこめかみを押さえていると。


「にゃあ、野良猫が朝飯たかりに来たっていっているだろう、早く開けないか」


少し苛立ち混じりの声を出しつつソフィーはドアをドンドンと叩き始めたではないか!

まぁ、それでこそソフィーだな。


「はいはい今開けますよっと、だからドアを叩くのを止めなさい」


そう声を掛けてからドアを開ける。

対面しニッコリと微笑む。

対しソフィーは唇だけが少しだけ笑っている。

それもやっぱり彼女らしい。


「久しぶりだな、ソフィー」


「うん、チェイスも息災で何よりだ。」


互いに挨拶を交わすが改めてソフィーのボロ雑巾の様な格好が気になってきた。

このまま立ち話も無いだろう。


「ま、まぁ、とりあえず入れよ」


「うむ」


素直に中に招き入れられるソフィー。

親父がいなくなった後、異性を我が家に招き入れたのはいつの日以来か、普段なら少しは緊張したかも知れない。目の前に立っているのがボロ雑巾でなければ。

さて、やはりここはこの少女にシャワーを浴びる様勧めるのがセオリーだとおもわれるのだが、果たして若い男が部屋に女性を招き入れといて突然シャワーを勧めるのはいかがなものか、朝一とは言ってもあらぬ疑いを抱かせるかも知れないし増してや彼女は獣人、自分の知らない生活習慣と言うものがあるのかも知れない。

そういえば、何処ぞの部族には一定期間敢えてボロを纏うという習慣があったはず、まさかそれなのか?

いろいろと頭の中を情報が錯綜しているが、気がつけばソフィーが此方をじっと見つめていた。


「ん、すまんな、朝食をねだっておいてなんだが、ついでにシャワーも借りれれば助かる」


「それな!・・・い、いやなんでも無い。そうだな先ずシャワーがいいよな、シャワーはこっちだ」


少々焦ったがソフィーの願っても無い申し出に正直助かったチェイス、そのままシャワー室に案内する。


「此処が脱衣所だ、洗濯物はこっちに入れといてくれ」


「うむ、分かった」


返事一つで早速衣服を脱ぎ出すソフィーに慌てて脱衣所から抜け出したチェイスはそのドアの前で息を整える。

参ったな、いい様にあしらわれている気がするのは気のせいだろうか?

しかし頭を掻きながらも彼女の為にバスタオルを準備する辺り彼の人の良さ加減がよく表れていると言えるだろう。


「ソフィー、バスタオルを準備したんだが脱衣所に入っても良いか?」


「ん?おお、頼む」


機嫌よさげな声を確認してから脱衣所に入るとカゴに入っていたソフィーのマントやら衣服やら下着やらが目に入った。少なからず気まづい思いに駆られていたのではあるが。


「!」


血、なのか?

彼女のマントには血痕らしき赤い染みがこびりついていた。

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