38話 挑戦者 04

オリバーは唖然としていた。

チェイスに気を取られていたのはほんの一瞬だった筈だ。

その一瞬で、何が起きた!

耳をつんざく爆裂音が鳴り響いたかと思ったその瞬間、ジェ・ロイの目の前でヴァルヴァロがバトルアックスを振り下ろしていた。肩が異様に上下しているのは彼が興奮状態に入っている為なのだろうか?

一方のジェ・ロイは天を仰ぎ見、虚ろな表情で力無く立ち尽くしている。まるで万歳をしているかの様に持ち上げらた両手には、それぞれ棒状の物が握られている。それは内側が無残に切り裂かれ歪な断面を晒している。

ジェ・ロイの使っていた槍、か?

その正体にオリバーが気づいたその瞬間、ジェ・ロイは胸部から鮮血を噴き出しつつ前のめりになって倒れた。

ダブルショック!


「が、はっ、信じらんねぇ、、、てか、ありえねぇ、反則じゃねえのか!」


がつんと手摺りを殴り、叫ぶ。

事これに至る経緯を知らないオリバーは混乱するばかり。周りの異様な歓声がそれに拍車をかける。

チェイスはじっと武闘台を見つめる。

正直な所、オリバーの気持ちはわからなくは無い、『ヴァルキリュア』を身に着けている俺たちは戦闘に臨む際、専用のアンダースーツを着用しているのだから。

『ヴァルキリュア』が人体から生成する『マキナ』は当人のみならず専用に造られた装備品全般に影響を与える事はこの世界では一般常識。当然、剣闘士グラディエーターの着込んでいるアンダースーツも例外ではない。マキナが浸透したスーツは鋼に勝る防御力を発揮するのだ。

逆に言えば、確かに元来マキナを浸透させた刃物ならばより切れ味が増し、打撃系の武器ならば破壊力が増すわけではある。

しかし、一般大衆に残酷で過激な流血シーンを観せる事を良しとし無い中央セントラル闘技場コロシアムで用いられる武器にはむしろという予防策を施すよう闘技場コロシアムの開催者と、参加者である剣闘士グラディエーターに厳命が下されているのだ。

(その他、例として剣闘士グラディエーターにはアンダースーツで覆えない頭部への攻撃禁止といった様々なルールが課されている。)

違反行為には容赦無いペナルティがあるというが。

中央セントラルの意図に反し流血に湧き上がる観客の絶叫と歓声は、人々は寧ろ瞬間を待ち望んでいた証と言えよう。

ワァアアアアアアアアアアアアアアアアアイアアアアアアアアアアアーーーーーー‼︎‼︎

歓声、歓喜、熱狂、入り混じる叫びはヴァルヴァロの雄叫びとは違う圧力プレッシャーを作り出していた。

チェイスは拳を握る。


「落ち着け!オリバー、試合は終わってないんだ、また大事な所を見逃すぞ!」


「お、おぅ」


「取り敢えずあれを見ろ」


少し落ち着きを取り戻したオリバーは促されるままに宙に浮かぶスクリーンに視線を移す。

画面には『リプレイ』の表示。

映像のヴァルヴァロがジェ・ロイとジョシュアを交互に見据えている。

おっ、良い所からやってくれんだな!

丁度見逃した場面から再生してくれるらしい。


「ん、何だ?」


奇しくもオリバーはつい先ほどチェイスが呟いた同じ台詞を繰り返す。

ヴァルヴァロがジェ・ロイに向き直る直前の。一瞬の硬直と、そのすぐ後における豹変。

これは、怒っているのか?

表情は相変わらず頭全体を覆うヘルムで読めないが、身体全体に渦巻いているであろう感情が溢れ出ている。

バトルアックスを身構えたヴァルヴァロの映像が突然た。

一足飛び、ヴァルヴァロは一気にジェ・ロイを間合いに入っていた。そして頭上に振り上げたバトルアックスは渾身の力を込められてに振り下ろされた、その所作に迷いはない。

だがジェ・ロイは慌ててはいなかった元々彼は歴戦の傭兵マーセナリーなのだ。生身の人間では初めてだったかもしれないが、ヴァルヴァロサイズの人型機獣メタルビーストは何度となく打ち倒してきたのだ。頭上からの力任せの一撃など彼にとっては恐れる程の事ではない。無かった筈だ。

彼は何時もの手順を頭の中で繰り返す。槍の柄でバトルアックスの刃を逸らしつつヴァルヴァロの背後に回り込み、打ち込みの力さえ利用した一撃を脚に入れる、実はジェ・ロイの必勝パターン。

『頭に攻撃出来ねぇ闘いなんざ有るわけねんだ!だから剣闘士グラディエーターはただのお遊びなんだよ!』

自分の直上では無い、やや左へ傾いた方向から入るヴァルヴァロの斬撃を見据え、その軌道を確認したジェ・ロイはその時、勝利を確信していたに違い無い。

猛烈な爆裂音が響き、砂煙が舞う。

砂煙から呆然と両手を伸ばしたままの姿勢で硬直しているジェ・ロイが姿を表す。

振り下ろされたバトルアックスはその軌跡のままに槍、リングメイル、そしてアンダースーツさえ切り裂き、右肩から胸部へと真下に伸びる無残な傷跡を残し、ジェ・ロイは身体から鮮血を噴き出させながら倒れた。

打ち下ろされたバトルアックスは石床さえも叩き砕き刃は深く沈んでいた。

落ち着きを取り戻したヴァルヴァロはバトルアックスを持ち上げる、すると刃の部分が破損しているのが見てとれた、彼の武装は全ては、つまり全身鎧プレイトメイルとバトルアックスは特注品である事は容易に想像が付く、オリバーの疑念は武器の不正にあったのだが、あの破損の仕方と中の独特なフレーム処理は闘技場コロシアムの適正な武装である事を証明していた。


「あ〜、あ、がふん、、、」


それを確認したオリバーはなんとも言えないため息を付く。

スクリーンの画像は切り替えられ現状を映し出す。

ヴァルヴァロは既に最後の獲物、ジョシュアに向いている。

背後にいる死に体のジェ・ロイと彼を救護に現れた医療スタッフには気にもとめていない。





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