37話 挑戦者 03

門番ゲートキーパーに挑む挑戦者チャレンジャーが三人対峙して数秒。

先に行動したのは門番ゲートキーパー、ヴァルヴァロ。

だが、正確にはてはいない。

彼は息を大きく吸い込み、長く大きな叫び声を上げた。


「ヴォォォォォォォォォォォォォォ!!」


ビリビリと大気を震わすその咆哮は観客の歓声を押し潰す。


「なんてプレッシャーだ!」


チェイスは思わず身をかがめ拳を握り締める。

その雄叫びは身体の奥底に轟くだけでなく、更にズシンと重く何かがのし掛かってくる様な圧力プレッシャーを感じさせた。


「これは、堪らんな」


ヴァルヴァロの殺気にあてられて胸焼けでもしたのか、オリバーも胸元をさすりながら呻く。

周りを見回すと安全圏にいるはずの観客でさえ恐れおののいていた。

ならば真近に居たあの挑戦者チャレンジャー達は一体どうなっている?

素早く察知できたのはやはり武闘台にいる雄叫びを上げた張本人なのであろう。

ヴァルヴァロは猛然と走る!狙いはドルフか!?空いていた手を握りしめ、その固められた拳をドルフの体に突き刺す。その間、彼は身動き一つすることが出来なかった。

ドガンッという音と金属がひしゃげる嫌な音が闘技場コロシアムに響く。そしてドルフは文字どおり吹き飛んだ。彼の身体は宙高く投げ出され派手な音をたて落下した。

2,3メートルは吹き飛ばされたか?

何にせよ風に人が飛ばされるところなど凡そ見たことがない。

一瞬の出来事。だがその様子はまるでスローモーションの様に滑らかに見えた。

おおぅっと、観客からは歓声ともため息とも取れる声が漏れ出た。

闘技場コロシアムではかなり珍しい、拳によるノックアウト。ドルフは身体をピクつかせて意識があるかどうかも怪しい惨状、救護班が走り寄る。

あっという間に二人となった挑戦者チャレンジャー、彼らの後の動きは素早かった。

ドルフの惨状を目の当たりにしたジェ・ロイとジョシュアはまるで申し合わせたかの様に背後にジャンプする。

その脚力、機動力は普通の人間では成し得ない間合いをヴァルヴァロとの間に作り出す。

彼ら剣闘士グラディエーターはこの世界における勇士ブレイブマンと同じく、その身体に『ヴァルキリュア』を宿している。



元来は人類の大敵、機獣メタルビーストを打ち倒すために開発されたモノ、一見するとただの黒い石にしかみえないが、外科手術によって胸骨丙に固定されたそれは人の秘められた身体能力を引き出し、通常ではあり得ない芸当をやってのけさせるのだ。

言ってみれば超人同士の闘いが闘技場コロシアムの見世物となっているのだ。

そう、興行的にも博打ギャンブルネタとしても人気が集まるのも仕方がないのかも知れない。

だが、チェイスはやるせない思いにもかられてしまう。

あの力がもっと機獣メタルビーストに向けられていれば、と。

チェイスはオリバーを横目で見る。

とは言っても彼らにも様々な事情があるのかも知れない。

オリバーのも、あるしな。

さっきは傭兵マーセナリー扱いしたジェ・ロイにも、のっぴきならない事情で賞金稼ぎの様な真似事をしているとも考えられる、か。

そう考えてしまうと一概に奴の事も毛嫌い出来なくなってしまう。

チェイスは目を瞑り改めて舞台に集中する。


当のジェ・ロイは厳つい顔をしながらヴァルヴァロと距離を取ろうとしていた。

ドルフを吹っ飛ばしたヴァルヴァロには余裕がある。ふ

ドスン、ドスンとジックリと焦らす様に、しかし確実に相手を仕留めてみせる。そんな狙いがありありと伝わって来る。

ヴァルヴァロ視線は左手奥のジェ・ロイ、右手のジョシュアを行ったり来たりしている。

ゆっくりと身体を動かし周りを牽制していたが、次の獲物を選定し終わった様だ。狙いを定めるその視線はしっかりとジェ・ロイを捉えた。

ジェ・ロイも覚悟を決めたか、その手にした長槍を構えヴァルヴァロを睨む。

ヴァルヴァロは獲物を真正面に据え今度はしっかりとバトルアックスを構えた。

ジョシュアに対して身体を横向きの体勢をとる。

確かに間合いも其れなりに有る。それで油断しているのか?それでも無防備すぎる。


「!」


歩みを再開したヴァルヴァロの死角を突く理想的な位置に達した瞬間を見計らいジョシュアが動いた!


「上手い!」


オリバーも絶賛する一手。

まずあり得ないと思われていた二人のコンビネーションが偶然(ヴァルヴァロの油断?)かも知れないが成立した。結果、囮役となったジェ・ロイには先程までの厳しい顔つきは今や無く、むしろ唇がしてやったりと笑みを見せている。

ジョシュアの動きは速い。

やや前のめり気味の姿勢から更に深く頭を下げて疾走。みるみる速度が増して行く。

ヴァルキリーシステムを通し身体から生成されたマキナが剣にこもるのが見て取れる。

狙うなら脚!

剣闘士グラディエーターにはなるつもりは全く無いチェイスではあるが、哀しいかな、戦士としての本分は隠す事はできない。ついと考えてしまう。

ヴァルヴァロの右手側、なら武器落としもいけるか?

頭の中でのシミュレーションが続くがジョシュアのとった行動はチェイスのそれとは違っていた。

ガッ、ザザッ、ザー!

スライディング気味な姿勢で急停止、歪な溝を残し何とか踏み止まるジョシュア、瞬間。その眼前にゴオゥッと巨大な竜巻ハリケーンが通り過ぎる。

間一髪!ヴァルヴァロが振り向きざまに放った横なぎの一撃を躱した。

バトルアックスの振り切った切っ先を戻し、ピタリとジョシュアに向けて離さないがその間ヴァルヴァロはジェ・ロイを睨みつけ隙を与えない。

ジョシュアは片膝をつきながらも構えはしっかりと整えており応戦に支障は無さそうに見えるが相手が悪い。狙われたら即退場は確実。

観客席から見える巨大スクリーンには武闘台の三人のアップが映し出されている。

ヴァルヴァロの表情は相変わらずヘルムの所為で全くわからない。しかし首の動きはわずかだが自分を挟み撃ちにしている二人をゆっくりと見回している事を伺わせている。ジョシュアは汗だくになりながらも不敵な笑顔を見せ『いつでも掛かって来いよ!』と言わんばかりだ。剣闘士グラディエーターらしいと言えばらしいパフォーマンスだが、今それが出来るのはなかなかの勇者と言えよう。派手派手でピカピカの甲冑プレイトメイルを身に纏うヤツはとりあえず英雄ヒーローに認定された。

ジェ・ロイは非常に分かりやすく厳しい表情を浮かべたままヴァルヴァロを睨む。


「ん?なんだ」


「どうした?」


チェイスの呟きに過敏に反応するオリバー。


「い、いや、なんでも無い、気のせいだ、と思う」


「・・・」


何とも煮え切らない態度を示すチェイスも気になるが、今は大事な一戦の真っ最中、一瞬でも見逃しがあればきっと後悔する事になるだろう。


そして、オリバーは実際に後悔する事となった。

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