36話 挑戦者 02

武闘台に大きな穴が開く、その暗闇の中からせり上がる人影は否応なしにこの場にいる観客全ての視線を釘付けにする。


「で、デカイな」


オリバーの感想は実に単純であった。しかしその場にいた誰もが同じ感想を抱いたに違いない。

見え始めた頭から上半身だけでも進行役のと比べるべくも無い、体格が明らかに違う。

マントを身に纏い片足を地につけ頭をたれる姿はさながら騎士ナイトの様だ。

しかしマントからは垣間見える姿は返り血が固まった様な赤で染められた甲冑フルプレートで包まれ、頭は頭でバケツを逆さにした様な角突き兜ヘルムでスッポリと覆われいる。ズームアップされたスクリーン映像でさえその表情を見る事は叶わない。


「清廉潔白な騎士ナイト様には程遠いな。あれは」


「いやいや、アレは魔王に仕える黒騎士ブラックナイトだろ。イメージにぴったりだ」


成る程、確かにそうだオリバーの指摘は的をついている。それに闘技場コロシアム門番ゲートキーパーは悪役と相場が決まっている。そう考えるとアレはかなりのハマリ役と言えるだろう。


「まぁ今回は挑戦者チャレンジャーの中にも悪役っぽいのがいるが」


チェイスは手槍を担ぐジェ・ロイを見つめる。


「アイツは賞金稼ぎの傭兵マーセナリーだ。剣闘士グラディエーターですら無い」


「そう捉えるなら今日はなかなか興味深いメンバーが出揃ったじゃないか、あのドルフは差し詰め魔人退治に馳せ参じた冒険者アドベンチャーで、あれは舞台役者ってところか?」


挑戦者チャレンジャー三人の中央に立つジョシュアは一番と言う意味で目立っている。身につける甲冑プレイトメイルは銀光に輝き、アンダースーツの明るいブルーの中にも銀糸ラメの光が反射していた。


「見方によれば英雄ヒーローにも見えなくもない。実際、ジョシュアは中央に配置されているからな」


ジョシュアの後援者パトロンの力が働いているだけなのかも、だが。


依然、仕草は騎士ナイトの姿勢を崩さない門番ゲートキーパー、ヤツが被っているヘルムの両方から天高く伸びる角は、かの伝説の魔獣ミノタウロスを彷彿とさせていた。

迫り上がる武闘台の床がガシャンッと固定される音が重く響く。


「私は今、はっきりと皆様に申し上げる事ができます!この男こそ長きに渡るモエルバッハ闘技場コロシアムにおける歴代門番ゲートキーパーの中で最強の男であるという事を!」


進行役は声を張り上げ場を盛り上げる。そして観客はそれに答え応じるかの様に歓声を上げ始めた。


「では改めてご紹介致しましょう!モエルバッハ、最強の門番ゲートキーパー、ヴァルヴァーロ!!」


進行役の掛け声でゆっくりと巨人が立ち上がっていく。


「・・・まじか?」


「おいおい」


チェイスもオリバーも思わず呻きの様な声を出してしまう。


「角を抜いても、三メートル、ある、か?」


「あ、ああ、そうだな、進行役のおっさんが子供に見えるのが、いろんな意味で嫌だ」


子供と評された脂ギッシュな進行役はランクアップ戦のルールを説明していく。


「・・・以上、挑戦者チャレンジャーの皆さんは七分以上踏み止まる事さえ出来れば勝者となれます。勿論、門番ゲートキーパーであるヴァルヴァロ選手を倒した者には賞金も準備されています。連携が認められればその賞金は山分けと成りますので力を合わせて立ち向かうのも有りでしょう。さぁ観客の皆様も心と覚悟の準備は宜しいですか?ではこの一戦、戦乙女ヴァルキリュアの祝福は一体誰に注がれるのでしょうか?ご覧頂きましょう!」


手に汗どころか、トガからはみ出ている身体全部を脂汗でテカらせている進行役は、いかにも芝居掛かった仕草で手を振り広げ開始の挨拶を終える。進行役は頭を下げると足下の床が下降を始め彼は武闘台からゆっくりと姿を消していった。

数千人は居るであろう観客達は息を呑んで今か今かとその時を待つ。


『スリーカウントダウン、スタート!』


アナウンスに合わせ、宙に浮かぶ巨大スクリーンに3の数字が表れる。


「スリー」


「ツー」


「ワン」


「ファイッ!」


ドゥゥンッ!ドゥゥンッ!と戦闘開始の銅鑼が鳴り響く。

ヴァルヴァロは勢いよくマントを投げ捨て、背中のこれまた巨大なバトルアックスを手にして身構える。

当然、挑戦者チャレンジャーの三人もまたそれぞれの武器を片手に戦闘態勢に移るが、誰も前に、間合いを詰めることが出来ない。

初顔合わせで連携チームワークもないな。あの進行役もよく言ったもんだ。

チェイスは思う。

こういった試合形式の場合、挑戦者チャレンジャーの方に有利に働く要素は少ない。そもそも三人同時に相手をするという傲慢な門番ゲートキーパーに一泡食わせてやろうという思いが彼らの中に少なからずあったのではなかろうか?自分以外の挑戦者チャレンジャーは数合わせに違い無いというそれこそ傲慢な思いが生んだ結果がこれなのかもしれない。

しかし、無慈悲に響いた銅鑼の音はすでに止み、代わりに観客の声援が木霊する。

ヴァルキリュアの加護を受けた者たちの闘いが始まった。

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