35話 第2章 プロローグ・挑戦者

かつて大地を捨てたその子らが再びこの地に降りった時、国と国との戦は無くなったと云う。

しかし戦は無くなっても人は今を生きる為に戦う。

やはり、人の敵は人なのかも知れない。


巨大な円形闘技場コロシアムに猛烈な歓声が響く。

その中心を彩る闘士たちはそれぞれの武器を手に互いにぶつかり合う。

彼らは地位、名誉、あるいは金の為にその武器を振り上げ相手を打ちのめす。

時に血飛沫が上がり、装備ごとその身体が切り裂かれる。

その都度観客席からは熱狂的な歓声が、絶叫が響き渡り勝利者には栄光と群衆の喝采が与えられ、敗者は全てを失う。

その過酷な世界に生きる者たちを人々は剣闘士グラディエーターと呼ぶ。

今日も一握りの勝利者だけが手に入れることの出来る栄冠を目指し剣闘士グラディエーターは闘う。




 「うひょー、相変わらず盛況だなぁ、ここは!」


肩まで伸びた金髪を振り乱し興奮気味に話すこの男オリバー・グレイは、隣でやるせない表情で突っ立っている相方の肩をバンバンと叩く。

男の相方の名前はチェイス・シン。

彼は自分の黒髪に現れた白い部分を指で弄びながら答える。


「・・・ああ、そうだな、まったくもって嫌な空気だ」


オリバーの明るい声とは対照的に彼のそれは暗さを帯びていた。


「まぁそう言うなって!どうせ鍛練場でおさらいをするんだ。むしろ生で観戦した方が勉強になるに決まってるだろ!」


「・・・オリバー、言いたい事は分かったから耳元で叫ばないでくれ」


しかし、実際に彼を悩ましているのはオリバーの声では無い、円形闘技場コロシアムにこだましている怒声に近い声援そのものなのだ。

今も一際高い歓声が響き渡るが、その中には敗者に対する容赦の無い罵声も含まれている。


「・・・勝負の世界に博打ギャンブルが絡むと人が変わる。それだけでも見てらんねぇってのに、あの仕打ちは目に余るぜ」


そう、観客の多くは博打ギャンブルを楽しんでいる。

彼らの片手には投票券が握られており勝負に決着が着くたびに敗者の券が切り裂かれ宙に舞う。まるで達の悪い紙吹雪だ。


「ああ、そうだな、だけど俺は勝者の側に立ってみせるぜ、チェイス」


チェイスの思いを知ってか知らずしか、オリバーは勝者に対する歓声のみを聞き分けているかのように天を仰ぐ。

そこの空間には巨大な映像が流れ勝利ヴィクトリーの文字と勝者がメイスを片手に勝利の雄叫びをあげていた。

そんな剣闘士グラディエーターに鋭い視線を向ける彼は大の字になって倒れ、身動き一つ取れない敗者には目を向けることはなかった。

そう、ただ勝者にのみに目を向ける。


「・・・」


チェイスは口を噤む。本当はオリバー自身もこの場所に嫌悪感を抱いている事を彼は知っている。

だからこそ師匠に顔向け出来ないと自分を卑下しているんだろうが。

それでもオリバーはあの舞台ステージに敢えて立とうとしている。それは自分に課した誓いの為だ。

もどかしいな。

円形闘技場コロシアム。そこは単純な勝負の世界ではない。魑魅魍魎が行き交う人の形をした魔物が住まう場所。そんな表現した知り合いが居たが、あながち嘘ではない事は少し調べるだけでも理解できた。

俺は鍛錬の為に剣を振るうだけで無く、コイツの為にもっと他に何かをする事は出来ないのか?

手摺に身体を預けるオリバーの背中を見守るチェイスは、これまで、幾度も思い巡らしてきた考えを繰り返す。しかし、それも闘技場コロシアムに響く新たなBGMによってかき乱されてしまった。

舞台中央が割れそこに一人の恰幅の良い男がせり上がって来た。古代ローマの円形闘技場コロシアムをモデルに建造されたこの場所はこういった仕掛けギミックが至るところに施されていた。男の服装もまた古代ローマに則っているのであろうトガと云う長い布を身体に巻き付けた様な服装とギンバイカをあしらった花冠を被っている。実に芝居がかった大仰な仕草で両手を広げながら挨拶を交わす。

宙に浮かぶ巨大なスクリーンが舞台ステージに立つその男を大きく映し出す。

彼はこの舞台ステージにおけるお馴染みの進行役だ。

彼はマイクを片手に声を張り上げる。


「本日の試合も残すところ後一つとなりました。しかし今、そう今から行われるのは特別な試合となっています。スペシャルランクアップ!力ある剣闘士グラディエーターたちがその実力に見合ったランクに一気に駆け上がる事ができます。彼らはその栄冠を手にする事が果たして出来るのでしょうか?」


スペシャルランクアップ。オリバーが挑もうとしている試合である。開催時期は不定期とはいえ様々な形式を取るこの試合は賭けの対象としても人気が高い。

今回のスペシャルランクアップ戦は新たな門番ゲートキーパーを迎えるという話を小耳に挟んでいるのだが、果たして如何様な剣闘士グラディエーターなのであろうか?

進行役が左手を差し伸べる。俺たちも含めた観戦者は一様にその先を追う。するとタイミングを身計ったかの様に床が割れ、そこから戦闘準備を整えた剣闘士グラディエーターが姿を現し始めた。

床は次々と割れて行く。

一、二、三箇所。

オリバーとチェイスが眺める場所から一番手前の剣闘士グラディエーターが一番若く見える。


「まずは一番手をご紹介致しましょう!Cランカー剣闘士グラディエータードルフ・レッド選手です。若手ながらこの東部モエルバッハの闘技場コロシアムにおいて快進撃を続けている有望選手です!実力もさる事ながら野心家でもあった様です。果たして一気にAランク入りを果たす事が出来るのでしょうか⁉︎」


剣闘士グラディエーターにはSと、AからEの六の階級が存在している。当然、実力社会の闘技場コロシアムには体重別階級などは存在しない。試合結果が全ての非情な世界なのだ。

あの若さ(見た目)でCランクは大したモノだ。

ドルフは観客の声援に応え大いに剣を掲げる。


「続いて二番手はジェ・ロイ選手です。剣闘士グラディエーターは賞金狙いであると宣言してはばかりません!だが強い!これまで数多くの門番ゲートキーパーを葬ってきました。」


ジェ・ロイは悠然と立ったままドルフともう一人の挑戦者チャレンジャーを値踏みするかの様に見つめている。


「サービス精神に乏しいヤツだ」


オリバーはつまらなさそうに呟く。

まぁコイツならそう感じてしまうんだろうな。でも俺はコイツがこの舞台ステージに立つ日を、立つ事を応援し続ける事ができるのだろうか?

チェイスは頭を振り払い。よぎった思いを誤魔化す様に語り掛ける。


「それにしてもすごい面子じゃないか!見てみろよあの三人目、やっぱりあのジョシュアだ!」


頭上のスクリーンに映し出されたジョシュアは結構な男前。金髪で長髪、がっしりとした体格は何となくオリバーと被って見える。

試合の始まる前から嫌な思いをよぎらされているのは、ある意味あの男の所為なのかも知れない。


「ジョシュア?誰だソレ?」


「・・・オリバー、仮にもここで戦おうって男の台詞じゃないな、勉強不足だ」


でっへっへ、と頭を掻きながら悪びれもせずオリバーは笑う。


「Aランカーの有名選手で実力は折り紙つき、地道に行けばSクラスの頂点。グランドマスターは確実って言われている人物だ」


「ほほぅ」


感心して頷いている様に見えるが、本当にわかっているのか?今日の対戦はお前の今後に関わるかも知れないと言うのに。

チェイスはゴホンッと咳払いをしてからオリバーを睨みながら話す。


「あの男の戦闘スタイルはお前によく似ている。つまり、パワーファイターだ。しかし、そのパワーとスピードがヤツの方が遥かに上なんだ。・・・正直、お前では勝てない相手だし、そんなヤツが挑戦者チャレンジャーになってあそこにいる。気にならない訳がない」


チェイスは言い聞かせる様にはっきりと告げた。

しかし、そう言っておきながらもコイツは諦めることは無いのだろうと言うことを知っていた。

実際、オリバーは怯むことなく、憤ることもなくその言葉に応じる。


「お前がそう言うならそーなんだろうよ、だがな、要はあそこに俺が立つ時、あの男より、いや、誰よりも強くなっていればいいって話しだけだろ。ああ、それだけだ」


チェイスは彼の、彼なりの覚悟を改めて見た気がした。


「・・・さて!今回から初参戦となります。門番ゲートキーパーをご紹介致します!」


進行役の声が響く。

そうこうしているうちに挑戦者の紹介が終わっていた。

進行役が右手を差し出すとその先の床が開いて行く。挑戦者チャレンジャー達よりスペースが大きい。


「やっとお出ましか!」


気分を切り替えたオリバーの声は実に楽しそうだ。

今日は素直に一観客として楽しむということらしい。

察したチェイスも納得したわけではないが舞台ステージに注目する。

実のところ、今まさに登場しようとしている門番ゲートキーパーは今日の主演者なのだ。

何しろ得ている情報が確かならば、先に紹介された挑戦者チャレンジャー三人を相手どり今回の門番ゲートキーパーはたった一人で闘おうというのだから。


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