第32話 見えざる手

「チェイス!!」

オリバーの絶叫は、確かに届いてはいた。

彼の意識が目を開ける。しかし、まだ目が開いただけだ。

チェイスは陽光の様な光の中にいた。

そしてそれは、朝日にとてもよく似ていた。

微睡みを憶えるのはそのせいか?

身体全体が生温い温水に浸されているのに手足はヒンヤリとしている。

ここは何処だ?

何でこんな所にいる?

俺はダレだ?

この不可思議な状況をどの様に説明するべきか?

チェイスは、夢の様な火花散るその世界に心を奪われていた。

刀を振るうたび産まれ散っていく儚き存在に。

吹き飛ぶ異形の触手と大地の砂塵。

相手から放たれる一撃一撃は己の命を刈り取るために、そして己が繰り出す斬撃さえも自らの命を削り取る。

迫り来る敵意の塊を捌き躱し斬り刻む。

一挙一動に目まぐるしい程の火花と光の渦が巻き起こる。

視界が光で満たされて行く。それはこの世ならざる世界。

なんて美しい世界なんだ!

それが今のチェイスの心を満たしている素直な気持ち。

俺の世界。俺が創り出す世界。俺が待ち望んだ世界。

笑みがこぼれる。いや、実際に笑い声が響く。

アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!

自分が確かに此処に居て、生きてそれを実感させてくれている瞬間がそこにあった。

遠くで俺の名を呼ぶ者がいた。

義父であり、師匠の声。『勇士たる者、戦いを楽しむなかれ』

俺は今、楽しんでいるのか?

俺ではないオレが叫ぶ。

『なぜ楽しんではいけないのか!これこそ強者の証』

これが俺の想い、本質なのか!

オレではないおれが応える。

『嗚呼!もっと俺たちを楽しませてくれ!』

戦いを望み、渇望する声、それは他者からすれば不謹慎な感情、だが引き寄せられる。むしろ自分から近付こうとしているのかのようだ。

『さぁ、来い!オレの元へ、そうすればさらなる高みへと、飛躍を遂げる事も出来ようぞ!』

無意識に前に足が出る。もっと前へ踏み込む。

只、今だけはチェイスの奥底に目覚めた感情『猛烈な意志』を否定する者は誰も居ない。

居ない、はずだった。


「おいおい、キミは一体何処に行くつもりなんだい?」


若い女の声が聞こえた。いつの間にか光の中に女騎士のシルエットが浮かび上がっている。

彼女の周りには光を放つ無数の羽が舞っていてその姿を荘厳で神秘的な雰囲気にしていた。


俺の何かが彼女に対して猛烈な敵意を示す。


オレは戦わなくっちゃいけない!

『戦いで全てを破壊する』タメに。


オレと俺が叫んだ。

そして、声に違和感を感じた。ここで初めて理解した。

俺の中に異物がアル!コレは何だ!


「そうだね、キミのルーツは戦いの中にある。それは確かさ、でも、この先にキミの望む答えはない、ないんだよ。選択を間違えちゃダメだ。さぁ出直そうじゃないか」


彼女の手が差し伸べられた。

が俺の身体を突き抜けていく。俺の身体からが消えていく。小さくなっていく。

次第に身体の感覚が蘇る。

まどろみの中にハッキリと機獣メタルビーストの影が浮かんできた。

剣が届きそうで届かない所にヤツの本体がある。無数の触手が壁になって前が見えなくなるが不思議と焦りは無かった。

只、刀で横薙ぎに払う。

パシンッ乾いた音が響いたかと思うと全ての触手が縦横に弾き飛ばされた。

チェイスは更に刀を上段に構える。何かに誘導さているかの如く自然な流れ、頭の片隅では分かっている。

まだヤツには届かない。

しかし。


『そのままで良いよ、刀を振り下ろすんだ。キミの命の光は本物なのだから』


アノ女の声が囁く。

そして自分の腕に物柔らかな腕の感触。それは強い力となって身体を突き動かす。降り下ろされる刀が弧を描く一瞬、光がその弧をなぞるように機獣メタルビーストを突き抜けた。

ピシッと、大地には一直線の綺麗な裂け目が出来る。同時に角付きの機獣メタルビーストは真っ二つになって倒れた。

チェイスは片膝をつきながらも途切れそうになる意識を保ちながら問いかける。


「あんた、一体誰なんだ?」


「僕は君の中にいるただの戦乙女ヴァルキリュアさっ、また会える日を楽しみにしてるよ」


「おいおい、戦乙女ヴァルキリュアだって?」


「・・・」


返事はもう返される事はなかった。


「は、はははぁ」


自嘲気味に笑いが溢れでる。

幻聴を聴いていた訳ではないだろうが、暫くこの出来事は誰にも相談出来そうにないな。

俺の中に『自称戦乙女ヴァルキリュア』と『戦闘狂バーサーカー』が居たなんて話した日には勇士ブレイブマンを続けるどころか、病院に強制入院って事になりかねない、特にオリバーあたりは戦乙女ヴァルキリュアに過敏に反応しそうだ。

周りを見渡す。蜘蛛型タイプSが爆裂した所は何と無く覚えているが周囲の様相は結構様変わりしている事に気付いた。

頬を伝う血を拭いながらよくもこれだけで済んだものだと我ながら感心する。そんな楽観的な考え方が出来たのはあの二人の無事を確認したからだろう。


「お互い、無事で何よりだ」


チェイスはインカムが壊れている事を知らない。スイッチを入れて手を振りながら話し掛ける。

オリバーとケリーは感無量といった表情で走り寄り色々と叫んでもいるようだが何を言っているかは分からない。


「おいおい、足元は酷いんだぜ、つまづいても知らねぇぞ」


この声が届くか?届かないか?の距離でケリーがやらかした。言っている側から足を石に取られタタラを踏んだかと思えば盛大に飛び出してきた。隣を駆けていたオリバーも流石に驚いていたが。


「きゃっ」


少女の声が悲鳴を上げた。

普段のチェイスならばその意表を付く声色に驚きはしてもその身体を受け止める位の余裕はあるはずだったのだが、今は疲労困憊の真っ只中、ケリーの動きがスローモーションの様に見えても顔をほんの少し背けるのが精一杯だった。ケリーの頭、正確にはヘルメットがチェイスの顎左側面にめり込んだ。


「がはっ」


チェイスはうめき声一つ上げて気絶した。遥か彼方(体感)でオリバーがぎゃああああっと叫んでいた様だが、もうどうする事も出来ない。

今はもう休ませてくれとチェイスの身体は言っていた。

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