第11話 習性

ノリッチの森を抜けた時、辺りはもう暗くなっていた。

しかし帰路は殆んど全力で走り抜ける事が出来たおかげだろうか、思いの外早く森を抜けることが出来た。

夕闇に沈み込む森林の枝や葉は、風に揺れてザァザァと騒々しい音を響かせている。


「全く追ってくる気配がないって事は、やっぱり奥にスピアヘッドが居たって事かぁ」


「そう、なんでしょうね、彼らの動き方は、一応その典型でしたから」


忌々しげに森の中を振り返るオリバー。応えたケリーは剥き出しの地面でへたり込んでいる。

思いがけない正体不明機アンノンとの交戦を果たしたのだ。緊張で疲れたのだろう。

実際、刀を振るったのは俺なんだが、ケリーは他人に気を回し過ぎるきらいがあるようだ。

それにしても新型か。

機獣メタルビーストの行動パターンには特徴がある。彼らの中にはスピアヘッドと呼ばれる指揮機コマンダーが存在する。彼らは周辺に存在する、他のあらゆる型の機獣メタルビーストを呼び集め支配下に置き、標的を求めて行動するのだ。

支配下に置かれた機獣メタルビーストスピアヘッドの指令した行動しか身動きが取れなくなる。

一方でスピアヘッドの存在しない機獣メタルビーストと呼ばれ、基本的にその型に準じた行動パターンを持っている。詳細はギルドの電子書庫アーカイブに記されているが、どうやら今回ので新しいページが増えそうだ。


刀から引き抜かれたサル型の機獣メタルビーストは、地面に広げられた布地の上へ置かれたまま、機能を停止している。刺し傷からはガラスの様な破片がこびりついていた。

ケリーも興味深げに覗き込んでいる。


「なんかこの機獣メタルビースト、身体中ベトベトですね。油でもなさそうですが」


走っている時は気にする暇もなかったが、そう言われてみれば確かに、何かゲル状のものが付着している。

因みに俺の甲冑プレイトメイルにも所々にが付着していた。


「ぐはっ、なんじゃこりゃあ!」


思わず叫んでしまった。

は触るとプルプルと震えて流れ落ちていく。

人の身体に悪い、モノでは無さそうだがコレは流石に凹む。


「ふぅ、工房区に持っていかれて分析か、どちらにせよ、コイツの正確な情報は、事がすでに終わった後、だけどな」


機獣メタルビーストの解体、分析等は専門の工房区で行われる。

つまりは、俺たちがやって来た城塞都市スルスター、もしくはその奥に位置する衛星都市モエルバッハに送り届ける必要がある訳だが、どちらに送ったとしても解析には相当の時間が費やされる事になるだろう。


「しかし、新型が現れたって聞いた時はビビっちまったが、何とかなったな」


「だが、このサル型、油断出来ない攻撃を仕掛けて来た。作戦の前にこいつの存在を確認出来たのはラッキーだった。正直ソフィーが叫んでくれなかったら危なかったぜ、サンキューな」


胸に穴を開けたサル型の機獣メタルビーストは、布に包まれ馬に乗せられる。


「・・・うん。じゃあ私、先に帰って簡単に報告する。早く帰って来て」


ソフィーはチェイスの感謝の言葉に軽く会釈して颯爽と姿を消す。


「おいおい、また一人で行きやがって大丈夫なのか?」


「は、ははははは」


心配顔のオリバーにケリーは笑う。やっと余裕が出てきた様だ。


「そう言えば皆さんバイタルチェックはお済みですか?」


ケリーの確認は勇士ブレイブマンにとっては当たり前の習慣、しかし俺にとっては耳の痛い話になる。

勇士ブレイブマンは万全の状態をできるだけ維持する為、この手の自己判断がいつでも行えるよう小型の装備を持ち歩く。


「ああ、俺は小まめにチェックしてるぜ。師匠の言いつけだかんな」


即答出来るオリバーが少し羨ましい。

今回はヘルムのゴーグル部に、その機能が搭載されていた。

オリバーはともかく、チェイスの『ヴァルキリュア』は古すぎて、やはり非対応だったのだ。

全く、自前のを持ってくるべきだったな。ま、それでも不安定なんだが。


「俺は、まぁ、最初に言った通り非対応だからな、機械的には計測不能、だが、ああ、問題無しだな」


チェイスは自身の『ヴァルキリュア』が装着されている胸骨丙の辺りに手を置き答える。

装備が充実する前はこうして自己計測していたらしいが、大丈夫だと思う。

ケリーはその仕草を見て思い出したようだ。


「す、すみませんでした!」


慌てて頭を下げる。


「気にすんなって、悪気はなかったんだろうし、それに、本来それが必要な手順ってもんだろ」


チェイスの言葉にケリーはそれでも俯いたままだ。

手をギュッと握りしめ胸のあたりに置く様は、ケリーの容姿とあいまってまるで乙女の様だ。

おっと、まるで女の子をいじめているみたいじゃないか!

チェイスがどうしようかと焦っている姿を見るオリバーの視線も痛い。

そのニマニマ顔をヤメろ!

睨みを効かせるがヤツは素知らぬ顔。

後で覚えていろ、と口パクでオリバーにメッセージを送った後、チェイスは場の空気を変える為、勢い良く叫ぶ。


「さぁ俺たちも帰ろうぜ!ソフィーが待ってるからな!」


チェイスは布に包まれた戦利品を騎馬に載せ腕を掲げた。

オリバーのやれやれと呟く声が聞こえたが聞こえないフリをした。


ソフィーは一人暗闇を走り抜ける。彼女の眼に映る景色は昼間とさほど変わりはない。

叫んでくれたお陰か、それは違う。私が叫ぶ前からチェイスは感知していた。それに、あの命の光。・・・私は、とうとう見つけたのか?あの男は、チェイスは、私の獲物だ!

普段、彼女は滅多に感情を表に出すことは無い。しかし今、彼女の顔には確かな歓喜の表情が見えた。そしてその口元には鋭い牙が光っていた。

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