第1話 チェイスとオリバー

セイバ暦796年春

草原を走る騎馬隊があった。

黒の甲冑プレイトメイルで統一された騎兵達は道幅の広い凸凹道を土煙を上げながら疾駆する。

西には遠くに連なる山脈が、東に見えるは大海原と美しい景色が広がるがそれを楽しむ者はいなかった。

彼らの目はひたすらに野の獣の様に警戒の色を緩めない。

先頭を走る一人の騎兵が手を挙げ、号令をかける。

目前には左右に分かれる街道と小さな村が見えて来た。

騎兵の一団は先頭を走る騎馬に追従し村の中に入って行く。

ハンプトン村。この村は宿場町としての商いを中心としている為か、村の規模としては比較的質の良さそうな木材と日干し煉瓦の家屋が建ち並びのどかな雰囲気を作り出していた。

そんな平和な空気を乱す馬のいななきと、戦闘準備を整えた騎兵達の存在は、この村を緊張感で満たす。その一方で様子を伺う幼子達は、恐れと羨望の入り混じった瞳で彼らを見つめる。


「すげぇ、ハーディー様の騎士団だ」


先頭にいた巨漢の騎兵が馬から降り立ち叫ぶ。


「城塞都市スルスターに緊急連絡を寄越した村長にお会いしたいっ!村長は何処かっ!」


身の丈190センチを超えるであろう偉丈夫感の男が、この騎士団のリーダーの様だ。その迫力は否応なしに周囲の注目を集める。そして彼に近づく青年が二人。


「お待ちしておりました!どうぞ、此方へ!」


巨漢の男と青年二人は村人達の注目を浴びたままで村の奥へと歩む。

取り残された騎兵たちは、副官と思しき人物の指示を受け、必要とされるであろう臨戦態勢を整えるために設営に入る。

ざわめきはおさまらないが、騎兵達と村人達の間でみなぎっていた殺伐とした空気は和らいでいくのが分かった。


数十分後。

日差しは時経つうちに徐々にきつくなって行くが潮風は心地よく、次第に騎士団の者も交代で昼食にありつく者たちが居た。

そんな中木陰の中で座り込む一人の年若い騎兵がいた。


「やっぱりダメかぁ」


彼は自分の胸当てブレストプレイトを脇に置き、終始ヘルムに付属している装備に手を焼いていた。

彼は綺麗に切り揃えた黒髪をかきあげ、細くくっきりとした眉を歪める。黒い瞳のには落胆がにじみ出ていた。

嘆息し、手にしていたヘルムを地面に落とす。借り物のヘルムがガコンッと、嫌な音を立てたが気にするまでもない。むしろ彼にとってこのヘルムがある意味使事が問題だったのだ。

丸みと所々エッジの効いたヘルムはそのまま暫くクルクルと回っていたが疲れ眼で見つめる内に静かに止まった。


「チェイス、待たせたな昼メシの時間だぜぇ」


そこに気さくに喋りかける一人の騎兵が現れた。歳は彼と同じ位であろうか?長い金髪と爽やかな笑顔は、この人物の人懐っこさをよく表している。

彼の名前はオリバー・グレイ。チェイスとは幼馴染であり、同じ師から学び時を同じくして勇士ブレイブマンとなった新人だ。

この騎士団には、知人の紹介を経て仮入隊員扱いとして参加している。どちらにしても新人扱いの為、何かと雑用に追われていたが、やっとの事で昼食にありつける。

オリバーは飲み物と缶詰三つが入った袋をチェイスに向かって放り投げた。

チェイスはしっかりと袋を受け止めると、その中身からボトルを取り出し一口分飲みきる。

その様子を満足そうに眺めた後、オリバーは空いている手を大仰に広げて喜びを表し始めた。


「今回の仕事はやっぱり当たりだな。やけに気前が良いや。マルコのオッチャンに感謝だぜぇ」


「確かに、と言いたいところだが、色んな意味で当たりかどうかはまだ判らないんじゃないか?オリバー」


オリバーは昔からお調子者っぽい所がある。少し釘を刺しておいた方が丁度良い。

そう、トラブルというのは向こうからやって来るのだから。

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