第39話「起爆」

第三十九話ー「起爆」


 橙子はPCにUSBメモリを差し込んだ。


 何個かのホルダーに格納されたその中身は、政府の高級官僚への贈賄履歴と、その者たちがハニートラップに嵌った結果、隠し撮りされた映像ファイルで、どれも目を背けたくなるような破廉恥極まりない痴態ばかりだった。


 大きく吸い込んだ「マルボロ」の紫煙のメンソールが鼻の奥にツンと刺激を加え、嫌なものを見てしまった後味の悪さを少し薄めてくれた。


 そしてもう一枚のメモリーチップに差し替えフォルダーにカーソルを合わせてクリックした。今度は何が出てくるのか、今さっき見たもの以上に醜悪なものは無いだろうと高を括っていた橙子は、その中身を覗いて唖然とし同時に全身から力が抜けていくのを感じ瞬きすらできなかった。


 ーーー腐ってる


 小野田がよく口にしていたその言葉が、橙子の口から零れ落ちた。そして小野田が何故にこの機密事項を自分に預けたのか理解できた気がした。


 ーーー(これを見て、お前は何を思う?)


 そんな風に小野田に喉元にやいばを突きつけられている気分だった。

 自分が属する組織のトップの者共が、国民から吸い上げた税金の一部を着服し私腹を肥やしていたのだ。

 日頃、上層部や組織に悪態をつき放題、言いたい放題だった橙子だが、これには流石にすべて否定され、その組織に自分が属しているという事実のおぞましさに軽い目眩を覚えた。


 ーーー(小野田は、これを私に預けて何をしろと言いたかったのだろう)


 官僚どもの醜態は、今すぐにでも週刊誌ネタにバラまくか、ネットで拡散してやってもいい、しかし「警察組織」のこのは、どう扱えばいいのか分からなかった、

 橙子は息を整え、冷静に考えようとした。


 ーーー(もし、これが明るみに出たらどうなるのだろう......)


 おそらく、国民からは相当なパッシングを受けるだろう。国民の生命と財産を守り、犯罪者を「法」という国家権力に守られた力で捕縛し裁きにかける者たちが、誰もが驚愕するような「公金横領、着服」という犯罪に手を染めていたのだから。そしてそれが「警察組織」のトップ3の所業だった......

 それはスキャンダルというより、国の根幹を揺るがす大事件に発展するだろう。


 考えれば考えるほど、橙子にはその「物」の扱いに窮してしまった。

 それは手のひらに乗せられたプラスチック爆弾が。ほんの些細な振動でも爆発するようにセットされていて時間が経てば経つほど腕の痺れに耐え切れず動かしてしまう、そんな状況に似ていた。


 もはや橙子は、それをどう処理すれば、小野田の意図する結果に近づけるのか、それしか考えられなくなっていた。


 ーーー小野田の悔しさ、恨みに、一矢を報いてやらねば......


 自分の立場や仕事が何かと叱責されても、毅然と言える気がしてきた。何が「正義」なのかを問われ、「正義」が廃れると、どうなる?ーーーと、小野田の強い意思が橙子に乗り移った気がして拳を硬く握った。


橙子は意を決し、一つの大きな賭けに出た。

それは、一歩間違えば自分も一緒に消されるやもしれない、一死を賭けた闘いだった。



  第三十九話ー「起爆」ー了


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