第38話「信頼」

 第三十八話ー「信頼」


 橙子は、治療室の天井を見ながら、つい1時間ほど前に起こったことを思い出していた。自分の腕の中で息絶えたように身動き一つしない小野田を救急車に乗せて救急病院に搬送したものの、出血が激しく、折り悪くも「輸血用血液」のストックが少なくて、一時は瀕死の状態に陥った。

 

 小野田の血液型はA型であることを聞かされ、迷わず自分の血を取ってくれと懇願した。そして今も一本の輸血用のチューブで繋がれている。刺し傷は、心臓のほんの手前まで達していた。


 知らせを受けた県警の捜査一課の刑事が病室の表で「事情聴取」出来るのを待っているが、まだ小野田の意識は戻っていない。

 自分の上着にべっとりと着いた小野田の血が黒く固まり事件の悲惨さを思い起こさせた。


 ーーーデカの亜希さん......


 橙子は蚊の鳴くような声の所在に目を向けると、小野田がつたなく目を開き自分に話しかけているのがわかり、穏やかな声音で応じた。


 ーーー大丈夫よ、ちょっと出血が多かっただけだから

 ーーー表に刑事が居るんだろ?

 ーーーたぶんね。


 小野田は、身の回りを探るように視線をぐるぐる部屋の中にめぐらせ


 ーーー俺の着ていた背広に財布が入っていたはずだ、それとKeyケースも。

    それを探してくれ。

 

 橙子は簡易ベッドから立ち上がり、小野田の所持品が収められたビニール袋を見つけ、それを小野田に見せた。


 ーーー財布の中にメモリーチップが入っている、それと、keyケースの中に付いてる一番小さな鍵、それは三友銀行の「栄支店」の貸金庫の鍵だ......うっ、ぁ、、


 小野田は背中の傷の痛みを堪えきれず、顔をしかめた。


 ーーーもういい、後で聞くから

 ーーーだめだ、表のデカに気づかれる前......に、っ


 橙子は何か重要なメッセージがあるのだろうと翻意し小野田の言葉を待った。


 ーーー貸金庫にもUSBメモリーが一個入ってる。このメモリーチップとそれををアンタに預けたい......どうするかは任せる


さらに小野田は腹に力を入れて続けた。


ーーー俺と明石を襲った奴らは同じ人間からの指示だろう、だいたい察しはつく。俺を殺らなきゃ、困るやつ......そんな奴は一人しかいない.......


 橙子は高度な「機密情報」がその二つに隠されているんだろうと瞬時に察したが、すぐに刑事の顔に戻って小野田に応えた。


 ーーーもう、バレてると思うけど、私は「警察庁」所属のよ?その私に預けるっていうことは、全て明るみ出るということよ、分かってるの?


 ーーーああ、分かってる。けどな、中身を見れば、アンタも納得するはずだ、俺が、いつだったかアンタに青臭い「正義」を語った理由......が、、、うううぁ、、っ 


 また、小野田は顔をシカメた。


 ーーー分かったから、もう喋らないで、、、

 ーーーデカの亜希さんでも、ライターの亜希さんでもいい......

とにかく、任せる......


 小野田は、弱り切った身体に残るわずかな気力で橙子に託し終えると、穏やかな表情に戻り、何も語らなくなった。


 ーーー小野田っ!


 橙子の声に気がついた看護師が慌てて駆け寄って来た。




   第三十八話「信頼」ー了



 

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