第37話「黒影」

第三十七話ー「黒影」


 橙子は、保釈中の小野田をずっとしていた。


それは別に「本庁」や県警の「マル棒」に指図されてのことではない。明石が何者かに殺害されてから、胸騒ぎが増幅し刑事が「容疑者」を尾行するという仕事に理由をつけて小野田を見守っていた、と言う方が正しい。


 ただ、橙子は自分の素性が既に小野田に知れていたことは、分かっていなかった。

 小野田を尾行するものが自分だけではなく、入れ替わり立ち代り、人を替え四六時中べったり張り付いているのを目にすると、もはや小野田は「法の裁き」から逃れられないところにあって、今更自分は何をしたいのかと呆れることもあった。


 ただ今夜は何か様子が違うと言うか、いつもは感じる「同業臭」ではなく別の得体の知れない気配を感じていた。

 橙子は腰に隠し持った「特殊警棒」の在処をもう一度確認した。


 小野田が立ち止まり、煙草に火を点けるのを電柱の陰から覗き見て居た。

 そして、一煙の紫煙が立ち上り、再び小野田が歩き始めたその時だった、脇の暗い路地からから勢い良く飛び出して来た黒い人影が小野田の背中に何かを突き立てているのを見るや、橙子は息を止め駆け寄った。


 その黒い人影は橙子に返す刃で切りかかって来た。橙子は瞬間、身を左に除け、すぐ立て直してその黒影の膝にローキックの一撃を見舞うと関節の痛みに耐えかね地面に膝をついた。そこを見逃すことなく、「特殊警棒」を全開にして脳天から一撃を加えるとグキッっという何かが砕ける音とともに、小野田の横に倒れ伏した。

 橙子は現行犯逮捕すべき犯人をそのままにし、小野田を抱きかかえると、その右手に生暖かい小野田の血がべったりと着いた。


ーーー小野田ッ!!


 小野田はその声に薄く目を開けると、ニヤリと笑って


ーーーあぁ、さん、ですか、、、


 橙子は一瞬たじろいだが、もはやどうでもいいことで、早くこの男を病院に運ばねばと気が焦った。


ーーーアンタ、強いんだな、フリーライターとは思えんな、、、ふふ

ーーー黙って!、喋らなくていいからッ! 今、救急車呼ぶからっ!!


 小野田は橙子の手を握り、首を横に振って、うめくように言う


ーーーダメだ、医者ならこの近くに俺の知ってる闇の医者が居る、、、そこまで俺を運んでくれ、、、たのむ、、、っ


 小野田は薄れる意識の中で必死に橙子に訴える。


ーーー分かった、わ、、、


 橙子は、小野田の横で倒れている犯人の右手に手錠をはめ、もう片方を路肩の鉄のチェーンに繋いで放置した。


ーーー橙子は、表通りまで小野田に肩を貸し、タクシーを拾おうとするが、なかなか掴まらない。


 ついには小野田は意識を失い、橙子の腕の中に落ちた。


ーーー小野田ッ!! 小野田ーーーッ!!


 何度、声を枯らして呼んでも小野田は目を開けなかった。


ーーー 、、、ケントッ!!  ダメだ、死ぬなぁーーーーーっ!!


 橙子は小野田の顔を胸の中で抱きしめ、叫び狂った。


ーーーお願いっ!!


 白銀灯の光が地面に流れ出る鮮血の赤さをを冷酷に浮かび上がらせ、血の海はどんどん広がっていった。



 第三十七話ー「黒影」  了

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