第36話「殺気」

第三十六話ー「殺気」


 小野田は、自分が留守中に誰が会社を切り盛りしていたのか気になり、人目を避けるようにして出社した。


 明石が殺された後、役員として残っているのは柴田と丹波だけであったが、柴田は「大川組」との関わりを自分と同じくマスコミに書き立てられ、とてもじゃないが出社できる状態ではなかった。いずれ、記者会見など開き「反社会勢力」との関わりについて釈明、謝罪をしなければならなかった。


 丹波は根っからの技術屋さんで、マネージメントできる男ではなかったので、小野田は今の会社をコントロールしているのが誰なのか一刻も早く知る必要があった。


 社長室に入ると、そこには丹波と木下が待っていた。


ーーーおはようございます。お疲れ様でした


 木下の擦り寄るようなその声音が小野田には苦々しく聞こえた。しかし、丹波によれば自分や明石が居ない間、管理、財務、そしてマスコミ対応まで幅広くこなし切り盛りしてくれたようなので、小野田としても礼を言わざるを得なかった。


ーーーああ、木下、留守中はご苦労さんだったな、本当に助かったよ。今後も俺が留守の際はよろしく頼むぞ。


ーーーはい、、、しかし、社長、、、


ーーーん? なんだ


ーーー当面は出社されないほうが宜しいかと、、、マスコミの目もあります。今は当社にとって一刻も早く「誠実」な対応を世間に示さねばなりません。


ーーーそれじゃ何か、俺や柴田が居ると邪魔だって言うのか!


 小野田はコメ髪に青筋立てて声を荒げた。


ーーーいえ、滅相もないです。ご理解ください。「FDC.COM」は1000人以上の社員を抱える上場企業なんです。社員には家族も居ます。お耳に痛いことですけども、我々はその雇用を守らねばならんのです。

 木下は禿げた頭を小野田にペコペコ下げて懇願した。


ーーーすまん、、、お前の言う通りだな


 小野田は、ここんところの厳しい状況や明石の死で、社長としての冷静な判断能力に欠けていたことを胸のうちで反省した。


ーーー公判が開かれ、裁判が終わるまでは俺は表に出ないようにしよう。ただし、毎日の業務報告はメールでいいが、月次の「試算表」と「キャッシュフロー」に関しては必ず俺んところに報告に来てくれ。


ーーーわかりました、そのように致します。



 小野田に頭を下げる木下の口角に狡猾な笑みがあったのを誰も見ていなかった。


ーーーーーーーーーーー


小野田は自分が「裁判中」の身だと言うことを忘れていた。どこに行ってもマスコミや何かに尾行されている気がして、気の休まる時がなかった。


 「栄」の外れの商業ビルの地下一階に小野田が「隠れ家」としているBARがあった。久しぶりに飲みたくなり「栄」の繁華街に身を隠しながら歩き、少し人通りの少ない裏通りに出てきて、タバコに火を点けようと立ち止まった。


 小野田は刑事や検事の取り調べが長く続いたせいか、彼らの「匂い」には敏感になっていて、今も自分は誰かに尾行されていると分かっていたが、ただそれは奴らの体から滲み出る「刑事デカ臭」とは違う、もっと黒い殺気だったものを微かに感じていた。


 小野田が再び歩き出すと、その「黒い影」も付いて来た。





  第三十六話ー「殺気」  了

 


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