第35話「妖怪」

第三十五話ー「妖怪」


 深い顔の皺が笑うとより深く刻まれ、この男が歩んできた人生を物語っていた。袴田幸太郎は、政府与党の重鎮としてその権勢を八十の齢が近くなってもなお衰えることはなかった。今、現在も「政友党」幹事長として党の金庫を預かり金の力で一癖二癖ある他の長老議員を押さえ込んでいた。

 政界ではこの男は「妖怪」と呼び誰も逆らうことはなかった。


ーーーやったのか?


 袴田の野太い声に朝倉はピクリと肩を竦めたが、すぐに袴田の公設第一秘書としての責任と誇りの顔を取り戻し、応えた。


ーーー小野田の絶大な信頼を得、異例の抜擢を受けて可愛がられていたにも関わらず主人を裏切るような男は信用できません。あの男は知りすぎてましたので、いずれ危難の元になると考えました。


ーーーそうか。福島か?


 福島とは、福島和也 七代目「隅田会」会長のことである。袴田は関西の「大川組」より、関東の「隅田会」との関係の方が深かった。アメリカからの圧力で「暴対法」が改正されたのち全国のヤクザ組織が苦境に陥った時も、袴田は警察組織に圧力をかけ、幹部であった福島和也を守らせた経緯があり、今では汚い仕事はすべて福島の息のかかった闇の組織が実行していたのだ。


ーーーはい、事後報告で申し訳ありません。


ーーー来年は選挙があるやもしれん、今年中にややこしいことは全部綺麗にしとくに越したことはない。


ーーーはい、何があろうと先生の身に降りかかるようなことにはなりません。

ところで、先生......明石が持ち込んだあの「機密ファイル」、いかがしましょう?


 袴田は葉巻に火を点け一服の紫煙を吐いて


ーーーふふ、あれは使える。公安も警察庁も、握られたも同然だからな。明石以外にアレの存在を知っているのは、誰だ?


ーーーFDCの社長の小野田と常務の滝川の二人です。うち滝川は明石がバラしたサイバーテロの一件で名古屋地検に締め上げられ起訴有罪は確定です。余罪含めて当分出てこれないはずです。


ーーー残る一枚は、小野田か......


 妖怪の目がギロリと光った。


ーーーーーーーーーーーーーー


小野田は、明石の死を知り、一層疑念の雲が広がり黒くなっていくのを感じた。


ーーー(俺を裏切り、そして何者かに消された......)


 今度は、目には見えぬもっと大きな黒い力と対峙することになるのかと、小野田はこの先の自分の運命を誰でもいいから教えて欲しいと思った。


 小野田は、滝川から渡されたメモリーチップをもう一枚コピーした。オリジナルは貸金庫に預け、もう一枚は常に持ち歩くことにした。

 どうやら、滝川が拾ってきたこの「埋蔵金ファイル」がいよいよ「最後の切り札」となる予感を強める小野田だった。


            (第三十五話ー了)

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