第40話「手打」
第四十話ー「手打」
「FDC開発」に家宅捜査が入ってから、一ヶ月が過ぎようとしていた。
結局、「大川組」は若頭補佐が「暴対法」で起訴され、「FDC開発」も総務部長の駒井が、書類送検されたが、この男と地検は「司法取引」をしたらしく、おそらくは起訴保留となった。名古屋地検は本社の「FDC.COM」への執念が深く、小野田を筆頭に、柴田、滝川と主要幹部が送検起訴された。
この間、財務部部長だった木下が、役員の丹波を担ぎ出し、マスコミに対して謝罪と今後の企業ガバナンスの徹底を訴えて、株主からは一定の評価を得ていた。木下は、その後の臨時株主総会で役員に昇格し幹部不在のFDCの実質の経営代行をするまでになった。
木下は明石が使っていた役員室に入り、それまで座ったことのない心地の役員の椅子にどっかりふんぞり返って電話をかけている。
ーーー木下さん、、、うまくやりましたね。
ーーーいえいえ、私は会社存続第一にこの身を犠牲にする覚悟でやって来ただけです。何の私心もございません
ーーーほぉー、何もないと? 私にあれだけのヤバい橋を渡らせて会社を自分のものにしたアナタを誰が、私心がない、などと言うんでしょうね、、、
木下の、スマホを持つ手に汗が滲んだ。
ーーー小野田社長は一命を取り留めてしまわれましたが......
ーーーそうですね、困ったもんです。
まっ、あの男は頭がいい、先生との関係を喋っても何も特にもならんこと位はわかっているはずです。まさか、我々にまで裏切られたとは疑わないでしょう。
ーーーええ、おそらく「鹿島急便」の鹿島社長が手を回したと考えるでしょうね
ーーーふふ......あとは「東京地検」に手を引かせるだけです。そっちは絶好の隠し球があるんで、早々に手を引くでしょう。
ーーー隠し球?、、、ですか。
ーーーええ、この国がひっくり返るような、「隠し球」ですよ。
木下は、今日の朝倉が、やけに饒舌になっている意味が分かった気がした。
ーーーーーーーーーーー
赤坂の料亭で、袴田幸太郎の前に二人の男が畏まって座っていた。
一人は、「警察庁長官」の岸辺、そしてその横が、「検事総長」の福島である。
ーーー福島さん、特捜部がイロイロ、張り切って動いてるみたいですね......
福島はいきなり話を振られ狼狽するが、一応この国は「三権分立」の法治国家であり、自分はその「裁く」側の頂点にいる人間としての誇りと矜持が、政界の「妖怪」にも毅然と対峙させた。
ーーー 巨悪は裁かねばなりませんから
ーーーふふ、そうですな。悪を蔓延らせては「正義」が立ち行かんですからな
袴田は手酌で猪口に酒を注ぐと、ぐいっ、と一飲みし「警察庁長官」の岸辺に睨みを効かせた。
ーーー岸辺さん、こんなもんがウチに持ち込まれましてね
袴田は朝倉に目で支持し、小型のPCを開いてメモリチップの中身を開いて見せた。
岸辺は瞳孔を拡散させ、今しがたまでの血色の良い顔から血の気が引いて、ガタガタと震えだした。
それを見て、福島もPCの画面を覗き込んだ。
ーーー......なんと!!
ーーーコレの出処は粗方押さえてある。ただ残る一枚が、今名古屋地検が扱っている「小野田」という男が持っている可能性がある。
岸辺は小刻みに震え俯いたまま、袴田と福島とのやりとりを聞いている。
ーーー先生は、いかがしろと?
高潔な声音で福島は袴田に尋ねた。
ーーー コレが世に出ると我が国の「警察組織」の威信は地に落ちるだろう、いやそれだけではすむまい。国が転覆する危険すらある。
ーーー左様ですね。
ーーーこの一件を貴方に預けたい。「検察」が「警察組織」のトップを粛清し世に巨悪を許さじ、と示すか......
ーーー目を瞑れと?
袴田はニヤリを笑い皺枯れた手を振る。
ーーーいやいや、一国会議員ふぜいにそんな事が言えるわけないじゃないか
ただね......「検察」も一昨年の大阪での不祥事の際は、事を最小限に抑えて呉れたのは、この福島さんじゃなかったのか、、、と思ってね。
やはり、組織に生きるものは、互いに手を携えねばならんでしょ?特に国家一大事の時は。
袴田の鋭い眼光が福島捉えて離さなかった。
ーーーコレの出どこの「FDC.COM」の小野田を起訴しそれを「検察」の手柄ってことで......手打ちできないかね?
むろん、小野田は別件で罪状を積み上げても構わんよ。
福島は苦り切った顔で横に座る岸辺を見た。
ーーーまっ、、、あとは君に任せるよ。くれぐれも高所大所からの判断を願うよ。私が言えるのはそこまでなんでね......
袴田は、大きな腹を抱えるようにして立ち上がり、部屋を出て行った。
秘書の、朝倉はPCからメモリーチップを引き出し、岸辺の前に差し出した。
ーーー失礼します。
この国の治安と法を預かる巨大組織のトップ二人が密室で手打ちをした。
第四十話ー「手打」 了
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