第20話「公平」
第二十話ー「公平」
橙子は缶ビール片手に思案していた。
「FDC」→「東海コンサルタント」→「大川組」ーーーこのトライアングルの関係を小野田にぶつけて見るかどうか。
小野田はどんな反応するだろうか、否、今度はあの京都の時の様にあっさり認めることは絶対ないだろう。
それよりも、その後どう動くかを見たいのである。ただそれは危険な賭けでもあった。そこまで踏み込んでくる自分をただのライターだとは思わなくなるだろう、危険と思えばバックの「大川組」が動いて来るかもしれない。
なかなか決断出来ずにいた時、Macからメール着信の音がした。
【久しぶりです、元気ですか?】ーーー
そのメールの送信元は「羽田健太」であった。
橙子は羽田から再び連絡が来たことの驚きよりも、羽田が自分のメールアドレスを残していたことの方が驚きであった。
メールの内容は、この十月に「高松地検」から異動になり「東京地検特捜部」に配属されたことを他のとりとめない近況の中に織り交ぜて報告して寄越したものだった。
先日の夜の「遭遇」に関しては何も書かれていなかった。
橙子は五年前、”ある一件”があって自分から羽田の元を去った経緯もあって、直ぐには返信を書く気にはなれなかった。
ただその一件のあったずっと前から、羽田が地方勤務となり遠距離というハンデもあって二人の間に少しずつ隙間風が吹いていたのも事実だった。
橙子は「国家II種」の試験に合格し、「準キャリア」として「警察庁」に採用された。そして、その美貌とムエタイで鍛えたスリムなボディーは、お堅い「警察組織」のイメージアップ戦略の広告塔として使われるようになった。
「警察庁長官官房総務課ー広報室」そこに異動になったことが、”あの事”の始まりであった。
「広報室」で忙しく活躍する中、橙子は徐々に羽田と会う時間も少なくなり女としては寂しさを覚えていた。そんな時に出会ったのが、「長官官房総括審議官」の松平公平であった。松平は45歳の若さで総括審議官まで上り詰め、いずれ長官官房長は間違いなく、それ以上も望めるだろうという警察庁内でもエリート最右翼の男だった。しかし、松平はそんなエリートではあるが他のキャリア官僚と違って志も高く警察組織の改革に燃え、高潔で部下からの人望も厚かった。
橙子は、この松平に抱いてはいけない感情を抱いてしまったのだ。
松平も上司の勧めによる高級警察官僚の娘を妻に迎えていたこともあり、最初から愛情あっての結婚ではなかった。
その二人が、同じフロアですれ違うことから始まりいつしか男と女の関係になってしまっていた。人目を憚っての逢瀬を三年続けたが、ついにそれが松平の失脚を狙う者たちのリークで公に出ることになり、結果、松平は失脚し妻とは離婚、青森の小さな市の警察署長として飛ばされた。
橙子は暗に辞職を迫られたが首を縦に振らなかったが故に、「組織対策犯罪対策部」という女性には過酷とも言うべき部署に廻されたのだった。
警察上層部の者は、いずれ根を上げて辞めて行くだろうと踏んでいたのだったが、、、
橙子は記憶の糸を辿るのを止めビールを呷ったが、その味はいつになく苦かった。
結局、その夜はキーボードを打つことなくMacの電源を落とした。
ーーー(公平さん、、、どうしてるんだろ)
ずっとエリート街道を歩いてきた男が、華やかな第一線から追われた心の内は推し量れないほど折れ荒んでいるに違いなかった。
橙子は、今でも松平公平を愛したことを悔いてはいなかった。
(第二十話ー了)
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