第21話「銃弾」
第二十一話ー「銃弾」
太平洋の向こうで45代目のアメリカ大統領が決まる朝、橙子は丸腰で小野田に会いに来ていた。
「FDC.COM」ー受付【23】ーーー
橙子はエレベーターに乗り込み案内パネルを一瞥して【23】階を押した。
エレベーターの奥の壁が鏡張りになっていて、橙子は自分の姿を写してみた。
ベージュのパンツに黒のスタンドカラーのシャツ、その上に焦げ茶色のジャケットを羽織っている。耳元のダイヤのピアスが小じんまりと光っている。
ルージュは少し濃いめに引いているが、グロスは重ねていない。
エレベーターの扉が電子音と共に開いた。
受付嬢という仕事をするために入社して来たような、笑顔の可愛らしい女子社員が橙子に視線を向けている。
自分にはもう無いプリっとした肌の張りが遠慮なく主張してきた。
ーーー斎藤と申しますが、小野田社長おねがいします。
ーーーお約束はされてますか?
ーーーいえ、アポイントは取ってませんけど
受付嬢の顔から笑顔がフェードアウトしてゆき、お決まりの文句が返って来た
ーーーお約束の無い方は取り次げない決まりになっておりまして、申し訳ありません。
橙子は、軽い息を漏らし、仕方ないわねーーーという顔で声音を落とした。
ーーー言葉が足りなかったようね、、、小野田の婚約者です。聞いてもらえば分かりますから
語尾を強めに、私は小野田に選ばれた女なのよーーーと、韻を含ませて詰め寄ると、若い受付嬢は、慌てたように内線電話を繋いだ。
ーーーあ、受付ですが、小野田社長に斎藤様という女性の方がお見えですが、、、
内線電話の先は秘書課であろう、秘書が小野田に尋ねているに違い無い。
「斎藤様という女性の方」ーーー、これで小野田が思い出せばチャンスはある。
しかし、そんな女は知らないーーーと返って来ると、橙子は一気に惨めな女に成り下がってしまう。
橙子は「出たとこ勝負」に出た。自分でも呆れている。
ーーー(ダ・メ・も・と、、、)
女も三十過ぎると妙に肝が座るーーー橙子は最近そう思うことが多い。
ほどなくして、受付嬢の顔に緊張が走り、小走りに受付カウンターから出てきて、バカ丁寧に最上階まで引率して呉れた。
ーーー受付でなんて言ったんだ、、、 普通は何と言われようがアポなしには取り次ぐなと言ってあるんだが?
小野田は、早く聞かせろ、と言わんばかりに橙子の顔を下から見上げる。
ーーーアナタの婚約者よ、って。
一拍の間があってから、健斗は手を叩いて少年のように笑いだした。
健斗が見せる混じりっ気の無いこの笑顔は、きっと至近距離から撃ち込まれたリボルバーの銃弾のように鋼の盾をも砕き飛ばすに違い無い。
橙子は、今日この男に会いに来た理由が分かったような気がした。
(第二十一話ー了)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます