第15話「遭遇」

第十五話ー「遭遇」


 小野田は矢神真咲を連れ東京に来ていた。


タクシーの車窓から「スカイツリー」の灯りを見つめながら、酔いと疲れによる睡魔に抵抗あがらっていた。

小野田は腕時計に目をやり、ふーっ、と重い息を吐いた。深夜0時を過ぎている。

「神楽坂」の料亭で「金融庁」のを接待した帰りだった。

 毎月一度は、こういう「ご挨拶」と言った表向きで情報収集を兼ねた接待をし、「財務省」や「金融庁」などの高級官僚に飲み食いさせた上に手土産を持たせて帰らせていた。


 小野田はそのたびに、「官僚」というに吐き気がするほどの嫌悪感と、一種の絶望感に襲われる。それは、この国は本当にこれで良いのかという、青臭い正義感とかではなく、金、女、地位ーーーそんなものに簡単に靡き「国益」さえも失いかねない「機密情報」を流すこの者共が、実質的にはこの国を操っているという動かしがたい事実が厳然とあるからだ。


 この国の「官僚統治」をぶっ壊したいーーーそれが小野田の密かなる野望となっていた。


         ーーーーーーーーーーーー

 小野田と真咲を乗せたタクシーは首都高速に乗りホテルのある品川方面に向かっていた。

一台の車がその黒の車体で深夜の闇に身を隠すように、そのタクシーを追尾していた。ハンドルを握るのは「東京地検特捜部」の検事、羽田健太であった。助手席には検察事務官の黒沢圭子を乗せている。羽田も黒沢も「東京地検特捜部」に配属されて最初の仕事に期するものがあった。


ーーー羽田検事、さっき小野田が接待していたのって、【SESC】の役人ですよね、そんな開けっぴろげに接待受けていいんですか?

 

 【SESC】とは「証券取引等監視委員会」のことであり「金融庁」に属する審議機関である。金融や証券、保険に関する事案を所管している。


ーーー俺が聞きたいよ、せめて帰るときは裏口からこっそり帰ってほしいもんだよな。


 黒沢圭子がこんな風に嘆き、怒るみたいなものには、ある意味「なれっこ」になってしまっている自分がいて、ひょっとしたら自分もあんな官僚と同じではないかと思う時があった。


ーーーところで、小野田に付き添ってる、あの女性ひと、「笹川法律事務所」の弁護士ですよね、これもどうなんですか?「官僚」を接待する場に「弁護士」が同席って、、、


 この黒沢圭子という女、先は検事を目指しているとあって、妙に”悪”を許さないというのが随所にあって、羽田も扱いに窮するところがあった。


ーーーまっ、ギリギリ、、、、セーフじゃないの? そこにの事実が無いのなら、ヤツらは顧客クライアントが第一だからな。


羽田はふいに、数年前に高視聴率を上げていたテレビドラマで、主人公の検事が「特捜」の検事に静かに言ったセリフの欠片を思い出した。


  「悪に、小さいも、大きいも、ないんじゃないんです?」


 羽田は、この国のである「東京地検特捜部」に属する検事達のプライドの礎としてある、「を許さず」ーーーという「特捜」のが自分の背中にも見えるんじゃないかと、胸の奥がざわざわと波立つのを抑えられなかった。


 タクシーが品川のホテルに横付けされるのを確認すると、羽田は黒沢を車に残し二人の後を追った。

 小野田の腕にぴったり寄り添い、フロントでカードキーを受け取るまでその腕の手を解こうともしなかった。

羽田は小野田オトコが受け取ったカードキーはだけなのを見逃さなかった。


ーーーふっ、そういうことか。


 羽田は、矢神真咲がFDCの顧問弁護士である前に、小野田の”女”であることを

エレベーターの中に消えた二人を観ながら悟った。


 羽田は今日はで終わりだなと、大理石張の柱の陰から身を晒したその時、斜め左の柱にも閉まるエレベーターのドアに視線を釘づけにしている人影に気付いた。

 黒のパンツスーツに身を包み黒のキャップを目深に被る女だった。


ほどなくしてその女と視線が合った


ーーー(あれは、、、っ)


 羽田の脳の奥深くから、鷺森橙子サギモリトウコの名が蘇ってきた。それは五年前、自分の前から消えた女の名だった。

 女は数秒の間、羽田の視線を受け止めていたが、やがて足早に逃げるように立ち去った。

 

色の分からないインクの波紋が羽田の胸の中で、じわじわと滲み出していた。


                (第十五話ー了)




 

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