第13話「相場」

(第十三話)ー「相場」


 十月も月末に近づき、テレビやネットのニュースでは、アメリカ大統領選挙の話題で持ちきりであった。

 赤いネクタイをした男が巨体を揺すって吠えている映像が、夜のニュース番組はもちろん、昼の主婦向けワイドショーにも頻繁に流れていた。

 そして、日本のメディアは揃ってアメリカのメディアが流す「支持率」の数字を右から左に垂れ流していた。専門家と呼ばれる政治学者や評論家などのほとんどが「民主党」候補が勝ち、アメリカ史上初の女性大統領の誕生を予想していたのだ。


ーーー森、、、オマエはどっちに張る?

ーーーなんだ、かんだ言っても、でしょうね。

ーーーほんとうに、そうか?

ーーー社長は、、、、ありだと?

ーーー「売りだ」、、、、売りだな、、、


 小野田は外国為替市場の「ドルー円」相場が、選挙結果を受けて「ドル安、円高」に振れると観てショート(ドル売り)を仕掛けていたのだ。もしが起きると、ドルが売られ、円が買われる展開になるーーー、というのは金融評論家ならずとも誰でもわかる理屈だった。


ーーーあの、赤ネクタイのオヤジが勝つよ、、、

ーーーその自信のはなんスか?

 小野田はニヤリと笑って言う

ーーー「相場師」のカンだ、、、、な


 カンでは無かった、小野田は一般の大手メディアが連日伝える「支持率」の数字には目も呉れず、全米各地のローカル局やさほど有名でもない「世論調査」サイトの流す数字を連日追いかけていた。


     ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


FDCは傘下に【FDC証券】を抱えている。インターネットの急速な普及でPCやスマートフォンを利用して簡単に株や外国為替の取引(トレード)が出来るようになったここ十年で、その顧客市場は拡大する一途であった。


 小野田も、学生時代から海外の「FX業者」に口座を開きのトレードという世界で、100万の金をわずか1年で1億にし、それを起業資金に宛て今の会社を立ち上げたのだ。

             

”レバレッジ800倍”ーーーとは、預入証拠金の800倍の取引ができるという文字どおり梃子テコを効かして大きな取引ができる仕組みで、元金が少額でもハイリターンが期待できる取引だがその分、全てを溶かすのも一瞬である。

             

小野田は、【FDC証券】のトップには明石が連れて来た、若干29歳の森祐介モリユウスケを抜擢していた。森は早稲田の政経を卒業後、メガバンクに入社し、いきなりそのディーリング部で頭角を現し、天才的とも言える「相場判断」で数々の鉄火場を潜り抜け華々しい投資実績を上げ続けていた。それゆえに数々の外資系ファンドや海外の銀行からも誘いを受けていた逸材であったが、小野田は社長の椅子を用意し、口説き落とした男である。


 森は社長の椅子が魅力で引き受けたわけではなかった。その女っぽい顔立ちには似つかない根っからの「相場師」の血が流れていて、デカイ「相場」が張れたらどこでも良かったのである。しかし銀行の堅い組織の枠では色々なシガラミと制限が彼を縛り日々悶々と過ごしていた。そして30歳を機に海外に出て大きな金を動かしたいとずっと渇望していた。そんな時、小野田に出会って、一晩中「相場」について語り合い、飲み明かした。森は小野田の野性的とも言える「相場観」と冷酷なまでの相場度胸は同じ「相場師」として共感し尊敬できた。何よりも男として惚れ込み、この男に付いて行こうと決心したのだった。

 森は小野田の期待通り、株、為替ともに不敗に近い投資成績で大きな利益を会社にもたらしていた。


そんな森であったが、小野田の投資判断を知り、自信に揺らぎが出始めていた。六月にあったイギリスのEU離脱の是非を決める「国民投票」の結果の

「まさか」を思い出していた。

あの時は、危うく大きな損失を出すとこだったが、最後はギリギリ、マイナスを回避するまで取り戻したのだが、メンタルがボロボロに壊れ、5年分ほどの命を削った思いをしたのだ。


ーーー(また、、があるのか?)


 森はコンピューター画面のを見るのが怖くなった。


                   (第十三話ー了)


 


 

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