第3話「過去」

(第3話)「過去」


 柿山が用意した中区伏見のアパートは2kの間取りで、必要最低限の電化製品は既に揃っていた。もっとも橙子にしてみれば眠るためのベッドさえあれば良いと言う考えなので、どうでもいいことだったのだが、柿山の細かい気配りに少し驚いた。


 さっそく柿山から渡されたCDを開いてみた。小野田の写真が何枚か保存されている。全てのようで、望遠レンズで撮られたものと思われるアングルのものばかりだった。添付されているファイルの中の小野田の項目をめくってみると、身長178cm、75kg と均整の取れたスペックで、面相はイケメンである。


ーーー(ほぉ、、、)


 一見すれば品の良い若手実業家という印象であるが、橙子は職業柄その切れ長の目の奥に隠されたこの男の過去の複雑さを直感で感じていた。38歳という年齢にしては、初対面の人間を威圧する気配の大きさが感じ取れた。


 柿山が自分の稼いで来たのであろう、小野田の出生の情報が興味深かった。


 出生地:京都府京都市 

 父 小野田順次(健斗3歳の時失踪、金沢市内料亭で板前)

 母 希和子(現在も京都市内で飲食店経営 65歳)


 母親の希和子は元は京都祇園の売れっ子芸妓であったが、小野田順次の子を孕んだのを知り廃業し京都から姿を消すも三年後京都に戻り祇園のお茶屋相手に仕出し屋を開業ーーーと、柿山が得た情報が手書きで書かれていた。

 

 橙子は父親の順次のに何か引っ掛かるものを感じ、順次に関する調査報告が他にないか頁をめくるが、何ひとつ書かれていなかった。


ーーー(小野田順次、、、何者なにもんなの?)


 祇園の芸妓を孕ませたというなら、相手もそれ相応の人物だと普通に察しがつく。京都の老舗の旦那なのかそれとも、大物財界人なのか。


 

ーーー(いや、待てよ、、、売れっ子芸妓だったなら、他に贔屓筋パトロンが居たのかもしれない)


 柿山に電話して問い合わせた。


ーーーねぇー、父親の順次の情報って、これだけなの?


 柿山は電話を受けるなりいきなり詰問されたのが面白くなかったのか、仏頂な声音で応えた


ーーーああ、それだけだよ。出処は石川県の能登だ、金沢の料亭で板前をしてたって情報はあるが特に際立った経歴は見当たらねぇーな。希和子との接点が浮かんでこねぇー、なんせ相手は祇園の売れっ子芸妓だ、普通の稼ぎじゃ遊べる相手じゃない。ただ、、、


 柿山が電話の向こうで押し黙った


ーーーただ、なにっ? 


ーーーいや、こっから先は、俺の邪推みたいなもんなだけどね、、だったんじゃねーかと。


 柿山のその推理を要約すれば、小野田健斗の実の父親は小野田順次ではなく、他に居るのだが故あって表には出れず、順次を”身代わりに”戸籍上の父親”にさせた、、、ということである。


ーーー身代わり?、、、代理の父親?、、、じゃぁ、本当の父親は誰なのよ?


ーーー希和子、つまり小野田健斗の母親の芸妓時代のパトロンとされていたのがだな、、、

【共生会】三代目会長、岩田耕造だった、っていうのは、公然の秘密なんだよ。


 【共生会】は、名古屋を本拠とする、広域指定暴力団【大川組】直系直参の暴力団であった。その会長、岩田耕三は、昔でいうところの”任侠道”を地で行くような、昔気質な、であった。

 子分、若いもんの面倒見も良く、愛知県警の4課ですら”一目”を置く親分であったらしい。


 だが、‘92年の「暴力団対策法」に始まる様々な暴力団壊滅の為の法律で、次第に昔ながらのだけでは暴力団も食えなくなり、とどめは2012年施行の改正法で、かなりの暴力団組織が廃業や解散に追い込まれたのだった。


 【共生会】の岩田耕三は、2013年に「解散届」を県警に出そうとしたが、本家筋の【大川組】は若頭の篠田瑛一を四代目に立て解散を阻止したが、岩田はそのまま廃業引退をしたのである。


ーーーで、岩田は今、どこに?


ーーー京都だよ。嵯峨野で優雅に隠居生活らしい。


 橙子は、柿山のが真実のように思えて来た。


ーーー(小野田健斗は、岩田耕三の息子、、、)


 橙子はもう一度小野田健斗の写真を見た。仕立てのいいスーツに身を包み自信に満ち溢れた表情で橙子を見返している。


ーーー(この男の体にはの血が流れている、、、)


 橙子の身体の一部が微かに痺れた。



                          (第三話 了)

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