第2話「相棒」

 (第二話)「相棒」


 名古屋に入った橙子は、さっそく柿山を呼び出した。意外にも、柿山は既に名古屋に先乗りをしていて、30分後には会えると言って来た。名古屋駅近くの珈琲チェーン店を指定し、ご丁寧にもマップを添付して寄越した。


 橙子は大きめのトートバックを肩から下げ、白のスキニーに黒のサマーニット、足元は黒のコンバーズ、、、という姿で、後ろに束ねた長い黒髪を軽やかにスィングさせの店に足を踏み入れた。口元には淡いピンクのルージュが品良く引かれている。


 柿山は店の奥に追いやられた感のある「喫煙可」のテーブルで待っていた。目印の茶色の鞄を脇に置いていたが、一眼ですぐにわかった、ーーーである。


ーーー鷺森です、よろしく。


 橙子は、この男とのペアは初めてであった。故に、柿山という捜査員がどういう経歴で、どんなスキルの持ち主なのか、全く情報がない。


ーーー柿山です。今回はウチのとご一緒出来て光栄ですよ


 頭髪に混じる白いものと面相の皺の数がこの男の歳を物語っている。木戸から送られて来たファイルには、(52歳)とあったが、歳以上に老けて見える。ただ、白い半袖のワイシャツから覗く二の腕の筋肉と胸板の厚さは、何か格闘技で鍛えていることを橙子に教えている。


ーーー使い捨てのに エースも糞もないでしょ


 柿山は口元を”への字”に曲げた含み笑いを寄越した。そして、鞄の中から一枚のCDとファイルを取り出し目端で辺りを伺いながら橙子の前に差し出した。


ーーーこの、、、結構デカイぞ、、、で、かなり厄介だ。


 橙子を捉える柿山の重い視線で、存外大袈裟ではないことを知る。


ーーーで、、、アゲるネタは何?


 小野田を何の容疑で逮捕出来るのか、そのネタの糸口は何なのかーーーと、柿山に問うた。


 柿山は煙草の紫煙をそっぽに吐きながら重く口を開いた。


ーーー反社会勢力との関与か、、、贈収賄ってとこだな。ただ、、、企業舎弟だと認定できても

   そっちの線でのは難しいだろう、ハッカーの線もガードは固い。


    それより、、、


   柿山は一呼吸置こうとしていた。橙子"はマルボロ"に火を点け、柿山の言の先を待つ。


ーーー「」も動き出してる。


 柿山は殊更声のトーンを落として言った。


ーーー(東京地検、、、)

    政治家への?それもかなりの、、、、大物なのね?


ーーー そうだ 

 顎を軽く引いて、柿山は応えた。


 橙子はこの捜査がかなり長引くことを覚悟した。そして場の重い空気を払う様に声音を上げて柿山に問うた


ーーー柿山さん、って関西の出、でしょ?


ーーーええ、出処は大阪ですよ。府警に入ってそれから愛知県警、で、、、公安にも。


 柿山は大阪の二流私立大卒で、ボクシング部だったこと、そして就職に困ってノンキャリの警察官採用試験を受けたら受かってしまったことを自虐っぽい笑みで話し始めた。


ーーー隠しても、関西人ってどっかで、語尾の抑揚に出ちゃうのよね


ーーー鷺森さんも、、、ですね?

ーーーふっ、どうせ、全部調べがついてるんでしょ? それより、、、


 橙子は煙草をもみ消しながら、身を乗り出す様にして柿山の耳元に囁いた。


ーーー私の、経歴を消して、潜入用の新しいIDを作って欲しい、、、


 橙子が言い終わる前に、柿山は鞄から、大きめの茶封筒を取り出し橙子に渡した。

その中には、免許書、パスポート、そして別人のプロフィールファイルが入っていた。それに名古屋市内の「伏見」にアパートまで確保されていて、鍵が二本入っていた。

 橙子はこの男の特命捜査官としての能力を認めざるを得なかった。


ーーー流石ね、、、完璧だわ


ーーー言っときますけど、俺、”後方支援”が専門なんで、鷺森さんはでせいぜい手柄

   上げてくださいな


ーーー「危険手当」上げてもらわんと、ワリ、合わんなぁ、、、


 (ちっ、、、)


 つい軽口を叩いてしまった自分を恥じた。


 斎藤亜希サイトウアキーーーこれが、新しいらしい。


                             (第二話 了)


 

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