第5話

 6004Fはゆっくりと、徳重方面へと動き出す。

「丸の内、出発。進行信号確認。進路表示確認、進行」

 運転士が確認の声を出し、左右のレバーを引く。ドアのコックは既に閉の位置に操作されているため、問題なく動き出した。営業列車では通常行われない形である。

 列車はポイントに差し掛かると、右へ折れる。ガタンという音が各車両へ、間隔を空けて二回。また、今度は左へ。

 運転士は左のレバーをゆっくりと奥へ。力行状態が切られ、惰性で走る状態となる。次に、右側のレバーを小刻みに押していく。徐々にブレーキが掛かり、車両止めの少し手前で緩やかに停止。

「運転指令へ。T1206K、無事に入線、停止しました」

 彼は非常ブレーキの位置までレバーを押し出す。非常ブレーキ作動を知らせる放送は、車両が停止状態なので作動しない。そしてそのままいつもの習慣で進行方向レバーを真ん中に戻し、鍵を抜く。

「あ、ダメっ!」

 森岡がそれに気付き叫ぶが、その時にはもう、電車は反対方向へ動き始めていた。

 丸の内の引き込み線、それは単純に車両を留置する場所ではない。むしろ、通常時は留置に使用されない特殊な線路である。

 車両はポイントを通過する。CTCによる自動操作で、線路は切り替わっている。右に進行方向を変えず、真っすぐに進む。そして営業線には使われていない、急な上り斜面。四十五パーミルを、ゆっくりと駆け上がる。

 線路はその上り坂を維持しながら右へ曲がった。桜通線丸の内駅ホームをオーバークロスするためのカーブ。速度も確実に上がっていく。

「……T1206K、連絡線を通過中」

運転士が無線で指令室に報告する。通称、丸の内連絡線。徳重車庫(野並・徳重間が開通するまでは中村区役所駅検車場)が地下式で大規模な検査が行えないため、鶴舞線赤池駅の先に設けられた鶴舞線の車庫・日進工場へ回送するための単線線路である。

『警察、いるんだろ? ありがとな、わざわざ逃げ道を作ってくれて。あ、今度止めたらボーン、な?』

「ちっ、計画通りって訳ね」

 車内スピーカーを通し初めて流れる、犯人の声。森岡にしては珍しく舌打ちをした。桜通線は結局中村区役所で行き止まり、つまり市内にしかいけない。しかし鶴舞線なら犬山、いや、岐阜まで行くことが出来る。

 それに従わないかのように、運転士は車掌用の機器で非常ブレーキをかけようとする。

「何してるんですか!」

 森岡が止めると、運転士は泣きそうな顔をしている。

「このままじゃ、鶴舞線を逆走するんだ!」

 桜通線の回送車両は連絡線を通ると赤池方面ホームへ一回停まり、折り返す形を通常取る。戻ってくる場合も同様で、伏見方にある片渡り線で同じホームへ進入、そこから連絡線に至る形。よって浅間町せんげんちょう方に渡り線はなく、このままでは浅間町のさらに先、浄心駅まで鶴舞線を逆走する形となってしまう。

「それは、指令室が何とかしてくれると、信じましょう。私達にはどうしようもありませんから」

「それに、俺のせいじゃないか!」

「非常時ですから、仕方ないです。ミスはあります」

 森岡は警察手帳を見せ、言う。

「私達が逃がすとお思いで?」

 窓に、青いラインの入ったタイル張りの壁が映る。

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